5話 キラータイガー
ぼくたちはアリシアとレティに連れられて、キラータイガー討伐に向かっていた。
カインが死んでから、キラータイガーの動きは常に注視されていたが、あれからキラータイガーは特に山を出ることはなく、縄張りの中でおとなしくしていたらしい。
一体なぜ、カインは襲われたのだろう。ぼくはアリシアに尋ねてみる。
「キラータイガーは結局あれから町には現れなかった。あれもあいつの気まぐれなんでしょうか」
「私の知る限りにおいては、キラータイガーが縄張りから出るのは、縄張りを荒らした者を追いかけるときくらいだね。縄張りに入ってきた獲物を逃がすことは滅多にないし、自分から縄張りの外に踏み込むことは、よほど飢えている時くらいのものだよ。
つまり、そのキラータイガーは相当おかしな行動をしている」
「なんでもいいじゃない。あたしたちのなすべきことは、あいつを倒すことだけよ。あたしの受けた屈辱、何倍にもして返してあげるんだから」
「ユーリが無事ならそれでいい。アクアも手伝うから、頑張って倒そう」
「ユーリ君、考えるのは後でもいいよ。集中できなきゃやられちゃうよ? キラータイガーくらいなら、いざという時でもわたしたちがどうにかしてあげられるけどね」
アリシア以外の人たちに窘められる。確かに今考えるべきことではないか。
キラータイガーは間違いなく強敵だ。アリシアたちは助けてくれるというけれど、それに甘えることはしたくない。ぼくたちの手でちゃんとあいつを倒したい。今はそれに専念しよう。
それからしばらくして、前回キラータイガーと出会った場所の近くにあるあいつの縄張りに入ろうとしていた。
視界の奥で何かが動いたと感じる。そこをよく見ると、キラータイガーの尻尾らしきものがあった。
「アリシアさん、あれ、キラータイガーですよね。戦闘態勢に入りましょう」
「ユーリ君、よく気付いたね。ちゃんと警戒しているようだね。じゃあ、私たちはいざという時まで様子見するから、頑張ってね」
「わたしたちはこの距離からでもすぐ攻撃できるから、あなたたちは安心して戦ってくれていいよ。ケガしないようにね」
アリシアたちに応援される。よし、アリシアたちの手を煩わせずに終わらせよう。それがアリシアたちへの恩返しにもなるだろう。
「カタリナ、アクア、いくよ」
「そうね。任せておきなさい。あいつをギッタンギッタンにしてあげるわ」
「行く。さっさと倒して、ユーリと遊ぶ」
カタリナもアクアも気合充分みたいだ。
カタリナはぼくたちから少し離れ、ぼくとアクアは慎重に近づく。
それから用意してきた道具を取り出し、キラータイガーに先制攻撃を仕掛ける。
アクア水入りの、こぶしより少し大きいくらいの袋を操作して、キラータイガーに叩きつけようとする。
その袋は相手にぶつかり、少しひるませる。
これは今回用意した策の一つだ。アクア水が入った袋を遠くから操ることで、ぼくはキラータイガーからある程度離れたまま、あいつに攻撃できる。
あれからアクア水を操作できる量が増えたため、いくつも袋を操ることができた。
たっぷり水の入った袋をキラータイガーに勢いよくぶつければ、それなりのダメージを与えることができる。
その隙にアクアがキラータイガーに近づき、殴ったり蹴ったりする。キラータイガーも前足の爪や牙、後ろ足で応戦する。
アクアは服に気を使って相手の攻撃に当たらないようにしているけど、万が一キラータイガーの攻撃がアクアに当たったところで、アクアに大きなダメージを与えることはできない。
アクアは物理攻撃ではよほどの手数と範囲でないと、水でできた体を通過して終わりだ。
水分のほとんどを失わせる手段をキラータイガーはもっていないから、あいつにアクアがやられることはない。
アクアは水分を通過できなくすることもできて、それでキラータイガーに当たるところを固くして殴ったりや蹴ったりしている。
アクアの攻撃の威力では、やつに大きなダメージを与えることはない。それでも、キラータイガーはアクアに気を取られていた。
「今のところ、うまくいってる。この調子だ」
袋が何度か破られるけど、今回はいくつも袋を用意してきたから、そのたびに補充する。
水はその場で用意できるから、袋は軽い荷物としていっぱい運んでくることができた。ぼくは限界まで水を操作していないから、余力でこぼれた水を地面にしみこませる。
アクアは泥には足を取られないし、ぼくはキラータイガーから離れている。
だから、キラータイガーだけが足場に注意しないといけなくなる。
「カタリナ、そろそろお願い」
「ユーリ、待たせるじゃない。じゃあ、行くわよ」
カタリナがキラータイガーに射かける。キラータイガーと接近しているのはアクアだけだ。
万が一誤射してもアクアは大丈夫。矢がアクアの体を通り抜けてすぐにアクアが元通りになるだけだ。
アクアがキラータイガーを足止めしてくれているから、キラータイガーはカタリナのほうへは行けない。矢が何発か弾かれるけど、ここからが本番だ。
キラータイガーが矢を前足で弾こうとするタイミングで、ぼくは矢にアクア水をぶつける。
矢の軌道が変わって、キラータイガーの防御をくぐり抜けて矢が突き刺さる。やつは少しだけ痛がっているが、致命傷ではないみたいだ。
カタリナに気づいた様子のキラータイガーはカタリナのほうへ向かおうとしている。なら、これはどうだ。
ぼくは泥水が入った袋をキラータイガーの目の前に動かす。
そしてアクア水を使って、カタリナの撃った矢を袋に向けて操作する。矢が当たって破裂した袋から泥水がキラータイガーにかかり、やつは視界を塞がれる。
その隙にカタリナは別の場所へ移動し、さらに矢を射かける。
矢はどんどん刺さってだんだんキラータイガーの動きが鈍くなっていく。
このまま行ける。そう思っていると、キラータイガーは足止めしていたアクアを抜けて、ぼくのほうへと勢いよく走ってくる。
「ユーリ!」
カタリナがそう叫ぶ。確かにぼくは危ないけど、まだ打てる手はある。
キラータイガーはまだ視界が晴れていないのか、いつものようにジグザグの動きではなく、ぼくに向かって一直線に走ってくる。それなら、ぼくの用意した策でどうにかなるはず!
案の定、泥に足を取られてキラータイガーはぼくの手前で転ぶ。
念のため用意しておいた保険が成功したようだ。ぼくとキラータイガーの間の地面を、戦闘中にぬかるませておいた。キラータイガーはそれに引っかかったわけだ。
駆け寄ってきたアクアがキラータイガーの上に乗り、抑え込む。
少し経つと、暴れていたキラータイガーの動きはどんどん鈍くなっていく。カタリナの矢に塗っておいた毒が効果を発揮し始めたようだ。
毒矢ではあるが、万が一誤射で矢がアクアに当たったとしても、スライムにはほとんどの毒が通用しない。
当然、ぼくが用意した毒はアクアには効かないものだ。
ぼくはとどめを刺すため、剣をキラータイガーの頭に振り下ろす。それを受けたキラータイガーは痙攣した後、動かなくなった。
「やったわね、ユーリ、アクア。これならあたしたちは随分強いと言って良いんじゃない?」
「ユーリ、勝った。後でいっぱい撫でて」
「ぼくたちは倒したんだ。キラータイガーを、カインの仇を。やったよ、カイン」
念のため少し様子を見るけど、キラータイガーは完全に死んだみたいだ。
準備はしていたけど、本当にぼくたちだけで倒せるなんて。感動しているとアリシアたちに声をかけられる。アリシアたちはとても感心しているように見える。
「三人パーティでキラータイガーを倒せるなんてね。君たちは将来有望みたいだ。
特にユーリ君、君の考えた策は面白かった。危ないところがあったとはいえ、君たちはもう一人前といってもいいかもしれないね」
「まあ、わたしたちがいない本当の本番だったら、うまく行かなかったかもしれないけど。
とはいえ、10人以上いても、やられちゃう人はやられちゃうのがキラータイガーだからね。あなたたちが冒険者になったら、いつかわたしたちと組むことができるくらいになれるかも」
「あたしがいるんだから当然だわ。ユーリのことも、少しくらいは褒めてやってもいいけど」
「ありがとうございます、アリシアさん、レティさん。反省点はありますけど、これからも精進していきたいと思います」
そして、ぼくたちは学園へと戻っていった。ぼくたちだけでキラータイガーを倒したことはステラ先生に報告された。ステラ先生は驚いた顔をした後、
「流石ですね、ユーリ君、カタリナさん、アクアちゃん。私もあなたたちの先生として鼻が高いです。よく頑張りましたね」
とぼくたちを褒めてくれた。ステラ先生に褒められるのはとても嬉しい。ぼくは若干照れていた。
それから、アリシアたちとステラ先生たちで話をするみたいで、ステラ先生はアリシアたちと去って行き、ぼくたちは教室で休んでいた。
「ふふ。ユーリ、あたしたちだけでキラータイガーを倒せたんだもの。あたしたちが冒険者になっても活躍できるのは目に見えているわね」
カタリナはとても機嫌がよさそうだ。当然かもしれない。
キラータイガーは本当に強いと言われていて、キラータイガーを倒せば1人前という話があるくらいだ。ぼくだって浮かれてしまいそうだけど、頑張って気を引き締めている。
「油断は良くないよ、カタリナ。あの戦いだって運が良かった事もいっぱいあったし、何より相手が最初から分かっていたわけだから。対策を練ってから挑めたからであって、似たような強さの敵にも勝てるとは言い切れないよ」
「相変わらずユーリは真面目ちゃんね。今日くらい浮かれておけばいいのよ。それにしても、今日は本当にいい日だったわ。アクアもそうは思わない?」
「ユーリと一緒なら毎日がいい日。でも、今日はいっぱいユーリの役に立てたから、確かにいい日かも」
「ありがとう、アクア。今日はわがままを言ってくれてもいいよ。何でもとは言えないけど、できるだけ聞いてあげる」
「アクアは本当になついてるわね。あんた、アクアに変なことをしないようにね」
「カタリナ。羨ましい? ユーリにおねだり」
アクアは表情をあまり見せずにカタリナにそんなことを言う。
アクアの言葉を受けたカタリナはぶぜんとした表情になり、それから腰に両手を当ててぼくの方をにらむ。
でも、かわいらしい物だ。今日は本当に気分がいいから、カタリナの態度が全く気にならない。
「羨ましくなんてないわよ。ユーリ、あんたアクアにおかしなことを教えていないでしょうね」
「おかしなことって何さ。アクアは教えてもないことを知っている時があるんだよね」
そんなこんなで話して時間をつぶしていると、アリシアたちがやってくる。
「ユーリ君たち。今日は楽しかったよ。カーレルの街を尋ねることがあったら、私の所へ来るといい。先達として、いろいろ面倒を見てあげるよ」
「アリシアがこんなことを言うなんてほとんど無いことだからね。ユーリ君たち、気に入られてるみたい。わたしも気に入っちゃった。あなたたちと一緒に冒険するの、楽しみにしてるね」
「ありがとうございます。機会があったら、よろしくお願いします」
「じゃあ、またね。今度はもっと成長した姿を見せてくれ」
「さようなら。また会えると嬉しいです」
そしてアリシアたちは去っていく。その姿を見たカタリナは少し不満そうにしていた。
「なによ。みんなしてユーリユーリって。あたしがあんたたちのリーダーなんだからね」
「分かってるよ。ぼくが中心に話しかけたから印象に残っているだけでしょ」
「ま、そうでもなきゃあんたなんか覚えたりしないか。今日のところはこれでいいでしょ。ユーリ、アクア、また明日ね」
「じゃあね、カタリナ」
「ユーリ、アクアたちも帰ろ」
「そうだね、行こうか」
そうしてぼくたちは帰っていった。
それにしても、今回は反省点が多かったな。特に最後、キラータイガーに近寄られたのは危なかった。
どうすればもっとうまくやれただろうか。そんなことを考えながら夜を迎え、今日もアクアと一緒に寝る。
アクアが進化してからそんなに経っていないけど、アクアと一緒に寝ることに慣れてきたな。
こうして、キラータイガーの一件は終わったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます