4話 悲しみ

 ステラ先生にカインが死んだと告げられる。それには本当に驚いた。

 いったいどういう事だろう。キラータイガーが出ているのに山に向かったのだろうか。そう思っていると先生はさらに説明をする。


「カイン君は裏道で発見されました。傷跡からキラータイガーの仕業だと考えられます。本来人の多いところには現れないはずなのですが、今回町の中でカイン君が襲われた以上、町の中でも注意する必要があります。

 現在でも町の中での発見がされていない以上、人目から隠れていると考えるのが自然です。みなさんは人通りの少ない所を通らないようにしてくださいね。キラータイガーが討伐されるまで、しばらくかかりますので、みなさん、警戒を怠らないように」


 キラータイガーは基本的に自分の縄張りに入ってきたものを攻撃する習性がある。

 わざわざ縄張りから外れることなんてほとんどないので、キラータイガーが発見された場所の周辺に近づかないだけでも、ほとんどの場合には被害は起きない。

 ぼくたちがキラータイガーに出会ったのは山の奥深くだ。わざわざ町にまで来るなんて、一体どういう事だろう。なにか特殊な個体だったりしたのだろうか。


 ぼくが考え込んでいると、いつの間にか授業が終わっていたようで、カタリナに話しかけられる。


「カインのやつ、死んじゃったんだって。あいつ、本当にろくでもないやつだったし、せいせいするわよね」


 カタリナは悲しみなど一切感じないような顔で言う。ぼくはそれに少し腹を立てていた。思わず言葉が口からこぼれる。


「カタリナ! いくら何でも言っていいことと悪いことがあるよ。そりゃあカインといて嫌なことは一杯あったさ。だからって死ぬべきだったなんて思わない。そんなことぼくの前で言わないでくれ」


「なによ、いい人ぶっちゃって。どうせあんただって、あいつに死んでほしいって思ってたんでしょう。あんたはあいつにいじめられてたもんね」


「いいかげんにしてくれ。ぼくはそんな風には思わない。きみがあいつのことをどう思おうが勝手だけど、ぼくも同じだと思わないでくれ」


「もう! せっかくいい気分だったのに、台無しだわ。お優しいあんたはせいぜいカインの死を悲しんでおくことね」


 カタリナは足音を強く立てながら去っていく。さすがに今のは言い過ぎだ。ぼくはカインが死んだことが悲しかったから、どうにかしてこの気分を晴らしたかった。

 ぼくはそれから授業を聞き流しながら、キラータイガーをどうすべきか考えていた。

 できればカインの仇を討ってあげたいけれど、ぼくがそのまま挑んだところで、前回みたいな奇跡は起こらずにただ死ぬだけだろう。


 討伐隊が来るまで少し時間もあるので、アクア水をもっと別の形で使えないか考えてみることにする。

 どんな使い方をするにせよ、まずはアクア水をもっとうまく動かせるようになってからだと判断したぼくは、アクア水を動かす練習をすることに。


 授業を終えて時間が空いたぼくはまず、どれだけの量ならアクア水を素早く動かせるのか試してみる。

 今のところはコップ一杯が限界みたいだ。コップ一杯を複数動かしてみようとするけど、多くのアクア水を動かすのと同じ速度で動かすことが精いっぱいだった。


 がっかりしたぼくは、コップに入れたままのアクア水を動かしてみることにする。当然コップが倒れ、アクア水がこぼれようとする。

 それを元に戻そうとすると、勢いあまってコップが反対方向に動き出す。

 それを見たぼくの中にある考えが浮かんだ。これなら前より手札が増やせる。ぼくが思いつきを考察していると、授業中は退屈だからか遠くに行っていたアクアが話しかけてくる。


「ユーリ、考え事?」


「そうだね。アクア水、ぼくたちの契約技のことだね。それの新しい使い方を思いついたんだ。ところでアクアは何か使い方のアイデアとかあるかな」


「別に。アクアは近寄って殴るだけだから、そういうのはわからない」


 そういう事らしい。これからアクア水の使い方はアクアに相談することはなさそうだ。


 そうしているとカタリナがこちらに近寄ってくる。カタリナはアクアを物珍しげに見ていた。


「それがアクア? 随分おめかししちゃって。というか、アクアに首輪なんてつけてるのね。あんたやっぱり変態だったのね」


「ペットの証。飼い主なんだからユーリがアクアに首輪をつけるのは当然」


「あんた、こんな女の子にペットだなんて言うの、やめたほうがいいわよ。どこからどう見ても不審者じゃない」


「いや、アクアのほうから言い出したことなんだよ。それに、こんな姿になる前からのことなんだしさ」


 ぼくは言い訳をするけど、あんまりカタリナの言うことを否定できる気はしない。ペットと呼ばなくていいようにアクアを説得できるといいな。

 それはともかく、カタリナに話したいことがあった。


「アクアのことは後にしようか。それよりカタリナ、ぼくはキラータイガーを倒したい。カインの仇を討ちたいんだ。手伝ってくれないかな」


「あんた馬鹿じゃないの? あんたにはカインに恩なんてないでしょう。それだけじゃないわ、どうやってあいつを倒すつもりなのよ。前に手も足も出なかったばかりじゃない」


「手は今考えてる。さっき思いついたことがあってね。それに、ぼくだって何もぼくたちだけでキラータイガーを倒そうと思っているわけじゃない。討伐隊に混ぜてもらおうと思ってね」


「どうやってよ。ただ仇を討ちたいなんて言ったって、ただの学生を連れて行くわけないじゃない」


「そこは、ぼくが今考えてる策が通用するか見てもらって判断してもらうことにするよ。大丈夫。結構自信あるんだ」


 ぼくの話を聞いても、カタリナにはまるで信じている様子はない。半信半疑ですらないように見える。カタリナはこちらの顔を見ながら首を横に振った。


「あんたの自信なんて信用ならないんだけど。まあいいわ。許可が出たなら一緒に行ってあげる。私をあんな目に合わせたこと、あいつに後悔させてやるんだから」


「ありがとう、カタリナ。それで、アクアも手伝ってもらっていいかな?」


「当然。ユーリのいるところが、アクアのいるところ」


 それを聞いたカタリナはため息をついてうんざりした様子になる。

 カタリナって本当にすぐこういう顔になるけど、今回はいつもよりため息が大きい。機嫌を損ねちゃったかもしれない。


「ユーリ、あんたアクアまで巻き込もうっての? あきれた。あんたは本当にどうしようもないわね。アクアも嫌なら断っていいんだからね。こんなやつに付き合うことはないでしょ」


「別に嫌じゃない。アクアは好きで付き合ってる」


「あらそう。どいつもこいつもばっかみたい。よかったわねユーリ、アクアが従順で」


 カタリナがまたぼくを馬鹿にしてくる。

 なんだかんだと言いながら、ぼくのやることに着いてきてくれるからカタリナには感謝しているけど、この物言いはどうにかならないんだろうか。いつもの事だから慣れているとはいえ、嬉しいわけではない。

 まあ、いまさらカタリナが優しい言葉遣いをしたところで気持ち悪いだけか。


 話がまとまったのでこれからのために修行をすることにする。思い付きを検証してから、うまくいったらその練習もして、アクア水の操作できる量を増やす訓練もしないと。


 その日の夜。ぼくはアクアと話していた。

 アクアのペットという立ち位置を変えたいと説得を繰り返してもアクアは譲らず、結局アクアのペット扱いは続けることになった。恥ずかしいのがこれからも続くことになる。


 それから、なぜカインの仇を討とうと思っているのかを話す。カインはあまり好きではなかったが、ぼくたちがもっとうまくやっていれば、カインは死ななくて済んだんじゃないかと思えたから。それに、嫌な奴ではあったけど、実際に死んでしまうと寂しかった。


 しばらくの間話していると、ぼくの話を黙って聞いていたアクアが話し出す。表情はあまり変わっていないけど、優しげに見える。ぼくの気分の問題かな。


「ユーリ。カインはもう死んだけど、アクアはずっとユーリといる。たぶんカタリナも。だから、心配しなくてもいい。これからは寂しくない」


 アクアにそう慰められる。アクアはぼくの頭を撫でている。

 アクアは本当にずっと一緒にいたからぼくの一部のようなものだ。アクアと離れるなんて考えられなかった。だから、アクアがずっと一緒にいてくれると言ってくれたことはとても嬉しかった。


 カタリナがぼくとずっと一緒にいるなんてあまり信じられなかったけど、それが本当なら嬉しいことだ。

 カタリナは憎まれ口ばかり言ってくるけど、ぼくにとっては大事な幼馴染だ。

 少し落ち着いたので、今日もアクアと一緒に寝ることにする。アクアと一緒に寝るとぐっすり眠れるような気がしていた。


 それから数日が過ぎて討伐隊がやってきた。

 隊というくらいだからそれなりの大人数かと思っていたけれど、どうも2人みたいだ。

 短剣に軽く防具を装備をしている赤くて短い髪に高い身長の若い女戦士。

 もう1人は赤い羽根をしたハーピー。愛嬌のある顔立ちをしている。

 その姿を見て、ぼくは驚く。風刃のアリシアと、その契約モンスターであるレティだ。とんでもない大物が来たな。


 ハーピーは鳥系モンスターからまれに進化するモンスターで、素早い動きで空を飛んで敵をかく乱する。

 また、空への攻撃手段を持たない敵には一方的な攻撃ができるとても強いモンスター。

 レティはその中でも圧倒的な速さを持ち、ナイフ投げにおいても百発百中といわれている。彼女に任せているだけでも、たいていの敵は倒せるほどの強さを持っている。


 だが、アリシアはさらにその上をいく。

 ハーピーとの契約技である風を使って、物を飛ばしたり、自分が加速したり、相手を妨害したりといった風使いがよく行う技も使いこなしているそうだ。


 物を飛ばすことは風の正確な操作が必要なうえに、それだけでなく、自分がうまく投げて狙い通りにいかないなら、風で軌道を変えようとしてもうまく当たらなかったり、威力が出なかったりする。

 自分の加速は高い身体能力がなければ、風に耐えられずまともに走ることもできないことはよくあることで、他にも、動きに合わせて的確に風を操作できないと加速どころか減速してしまう。

 妨害は使うこと自体は簡単だけど、的確に妨害することは結構頭を使うらしい。


 それらを使いこなしているだけでも、一流といえるほどの実力者といえるが、なによりの彼女の武器は、代名詞でもある風刃である。

 圧倒的な風の力ととても細かい制御がなければ、風で物を切り裂くことなどできないが、彼女はそれを他の戦闘行動を行いながら複数発射できる。

 不可視の刃が、ただでさえ高い戦闘技術を持つアリシアから飛んでくるのだ。

 人であってもモンスターであっても、彼女の前で10分耐えたものはいないという。


 彼女たちならば、キラータイガーであっても容易に退治できるだろう。

 だけど、ぼくはそれを望まなかった。完全に自力でとはいかなくても、ある程度キラータイガーにぼくの恨みを思い知らせてやりたかった。それがカインへの手向けとなると信じていた。


「では、キラータイガーの居場所はすでに把握しているということだね。それなら、地図を用意してもらおうか。一応最低限の調査はしているけど、君たちのほうが現場の理解は深いだろう?」


「わかりました。すぐに用意しますね。いつ頃討伐に向かわれる予定ですか?」


「地図の用意ができればすぐにでも。私たちはいつでも戦えるよ」


 ステラ先生とアリシアがそう会話していた。地図を準備するのにそうはかからないだろう。


 今しかない。ぼくは意を決してアリシアに話しかける。


「あの、アリシアさんですよね。ぼくたちをキラータイガー討伐に連れて行ってもらえませんか」


 それを聞いたアリシアは真剣な顔になってぼくたちの方を向いた。その顔がちょっと怖いくらいに思えて、ぼくは少しだけ緊張した。


「君は? ここの生徒か。物見遊山で向かうにはキラータイガーはお勧めできないかな。もっと弱いモンスターだったらそれも良いんだろうけど」


「遊びのつもりではありません。ぼくたちはあいつに見逃されただけで、あいつが気まぐれを起こさなければ死んでいた。それは分かっているつもりです。

 ですが、友達が殺されたんです。何もしないままではいられない。ぼくが考えた策をみて、それが通じないというのなら置いて行ってくれていい。でも、そうでないなら。どうかぼくたちを連れて行ってほしい」


「そうね、あたしたちはやられたままでいたくない。あいつに負けた悔しさは、あいつをコテンパンにすることで晴らしてやるわよ」


 アリシアは納得した顔をして、それから思案する。


 どうだろう、アリシアはぼくたちを連れて行ってくれるだろうか。


「そうか、君たちが……遊びで言っているわけではないというのは分かった。なら、見せてもらおうかな、君たちの策を。ステラさん、それでいいかな?」


「ユーリ君たちが無事でいられると判断したならかまいません。危険なモンスターに、突発的でない形で挑むことは得難い経験になるでしょうからね」


 どうやら第一段階は突破したみたいだ。

 その後、アリシアたちに促されてぼくたちが策を見せると、アリシアは感心した様子になる。


「レティ、君はどう思う? 私は見込みはあると思うけど」


「ユーリ君って言ったっけ? これが通じなかったらすぐに退くこと。それが守れるならいいかな。少なくとも全くダメということはないんじゃない?」


「そうか。なら、決まりだね、ユーリ君、カタリナさん、それにアクア。ついてくるといい。大丈夫。うまくいかなくても私たちがどうにかしてあげるよ。挑戦もいい経験になると思うよ、学生さん」


 キラータイガーの討伐に向かえる。

 ぼくはとても興奮してカタリナたちの方を見る。カタリナたちはうなずいてくれた。よし、みんなでキラータイガーに一泡吹かせてみせる。


「ありがとうございます! よろしくお願いします、アリシアさん、レティさん」


「ええ。あなたたちに頼らなくてもあいつを倒してやるわ。あたしたちがね」


「ユーリならうまくいく。まかせておくといい」


 アリシアたちの説得には成功した。あとは本番だけだ。カイン、きみの仇は討ってみせる。

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