第14話 お兄様10

 娼館で僕に恋人が出来なさそうと言われた事をハーモに愚痴る。今日は午後を休みにしてハーモとあっている。理由はクリフさんとエクドネアさんのお見舞いだ。


「うん、セイ君には暫く特定の相手は出来ないよ。」

「ええ、なんで?変な噂とか流れてるの?」

「いや、そういうのじゃなくてさ。例えば普段、受付で君の隣にいるお姉さんいるよね。」

「いるね。ララキさん。」

「彼女って恋人いるの?」

「そんなの知らないよ。でも狙ってる人は多いと思うよ。」

「そうだね。下手に受付するときに気のある態度を示そうものなら、抜け駆けするなって空気になるよね。」

「あるねえ、針の筵になるよ。」

「勿論、ギルドで長く仕事して付き合いも同じく長くなった人や、ギルドの外で恋人を作ることはあるかもしれないけど、相応に時間がかかるよね。」

「そうだね。でもララキさんも若いとはいえ、それなりに受付歴も長いしそろそろ、浮いた話の一つも出てくるのでは?」

「そうだね。そろそろあっても良いと思うよ。それで、同じ様に考えてみて、まだ受付になって間もない君は?」


 納得させられた。


「もしかして、僕の見えない所でそういうのある?」

「あるよ。君の所に受付行くときは同じチームの男を行かせたりしてる。依頼をもってくるメノウさんや夫の居る人しか君の所には直接来ない暗黙の取り決めが出来てるらしい。」

「ハーモ、一体何処でそんな情報を。」

「こないだ相手して貰ったお姉さんから聞いたよ。抜け駆けする女が居たら教えてって。」

「なんだよそれ」

「大丈夫だよ。そのサクラちゃんが成人する頃には誰も止めないと思うから。未来は確約されてる。」


 頭を抱えたく話を聞きながら、クリフさん達のいる施療院に到着する。見舞いとは言ったが、実際は今日で二人が退院する事もあり、その手伝いだ。

 受付話をすると二人の病室を教えらて、そちらへ向う。

 そこには先客が既におり、男二人の荷物を手際良く纏めていた。


「ああ、セイ君ハーモ君。よく来てくれた。」


 クリフさんが呼び込んでくれた。


「君達が私達の恩人か、話すのは初めてだね。セイ君の方は私が一方的に知っていたが。」

「そうですね、無事というのはおかしいかもしれませんが、こうしてお話出来て嬉しいです。」


 エクドネアさんは大柄で日に焼けた肌で快活な見た目だが丁寧な物腰の人物だ。


「私もクリフも無事と言ってよいだろう。ショーンに比べたらね。」


 彼の言葉に空気が重くなる。クリフさん達はもう一人仲間がいたのだ。


「兄さん達だけでも助かったのよ。無事を喜ばないとショーンさんも助けてくれた彼等にも顔向けできないわよ。」


 語気を強めて言ってくれたのは、先程から荷造りしている少女。僕達とさほど変わらない年齢に見える。

 顔立ちがエクドネアさんに近い。おそらく親類だろう。美人という程では無いものの、何処か暖かみのある風貌。表情のはっきりとでるタイプだ。


「あの、こちらは?」

「彼女はエクの妹でタマキ。退院の荷造りを手伝いに来てくれるんだ。」

「改めまして、タマキです。兄を助けていただき感謝しています。」

「セイです。ギルドは助け合いの為の組織ですから。やるべき事をしただけです。」

「ハーモです。西部の薬屋で働いてます。僕もセイ君と同じく気持ちです。」

「お二人共、そんな丁寧な。」


 恐縮する態度が先程の兄へのそれとのギャップになる。可愛らしい人だ。隣でハーモが見たことのない笑顔を浮かべている。

 まだ体力の戻らない二人に代わり、それぞれの家へ荷物を運ぶ。僕はクリフさんの家へ。エクドネアさんの方はハーモに任せる。


 クリフさんは足の骨は治ったが、筋力が落ちている。恐らく水属性の治癒魔法だ。最も普及している魔法の1つで体内の水に作用して自己回復能力を高めると共に、魔力により再生を補助する物だ。上級のもので無いと、腕の欠損等は治せないが、内蔵へ達する様な刺し傷等にも対応可能で、魔力の消費も他の属性に比べて少ない。

 自然治癒で数ヶ月かかる怪我も数日で治るが反面、数ヶ月安静が必要な怪我ならそれにより衰える筋肉も、当然数日で数ヶ月分衰える。

 本当に数ヶ月分一気には衰えないが、それでも生活に支障が出る程度には実感出来る衰えがある。

 傷自体は治っている為、自力で歩ける程度に回復したら退院するのが一般的だ。クリフさん達も例に漏れず退院だ。

 クリフさんの住む長屋まで荷物を運ぶ。2階建ての長屋で上の階の為、階段を登る必要がある。今のクリフさんで荷物を運び上げるのは困難だ。彼には階段を登ることに専念してもらい僕は荷物を運ぶ。


「悪いな。治療費で金も無くなって、何の謝礼も渡せないのに。」

「気にしないで下さい。ギルドから手当が出ましたから。その為にギルドは依頼の仲介手数料だの互助会費だのを中抜きしてるのですから。」


 話しながら荷物を運びクリフさんの部屋の前に並べる。荷物と言っても依頼で外に出るときの装備一式だ。そこまで多くはない。送れて階段を登りきったクリフさんが鍵を開け、部屋に荷物を運び込んだ所で挨拶して帰る。

 自宅に戻り精神統一してから庭でイヤスエを構える。野盗を、人を切ってからイヤスエが疼いているのを感じる。僕に早く抜けと急かしてくる。


 構えて意識を研ぎ澄ます。気功を纏いイヤスエの侵食に備える。景色がとまり、見覚えのある人影かみえる。

 いつもの着流しの男に、獣の仮面の男。さらに見知らぬ剣士が二人。満面の笑みを浮かべ拍手で僕を迎えてくれる。伝わって来る感情は目出度いものだ。自分の初めてを懐かしみ、僕が苦悩した様を心から喜んている。見知らぬ二人もイヤスエに宿る魂だろう。どうせ碌な人間じゃない。

 思った瞬間、笑顔で切りかかってきた。四人揃って。やはり最低だ。しかも着流し男はいつもと太刀筋が違う。ひたすらに攻撃を躱して耐え忍ぶ。やがて時間切れなのか、一人ずつ消えていき、感覚が元の世界に戻る。

 全身に凄い疲労感と身体に無理な動きをさせた反動が出る。今後はこれを相手にするのか。イヤスエは本気で僕の魂を取りに来ている。気軽に使えない武器だ。

 一体あと何人の剣士が取り込まれているのだろう。人の血を吸って喜ぶ鬼畜達だ。悪霊と言っても良い。もっと強くなりあの悪霊共を魂諸共叩き切ってやる。決意を新たにした。


 気が立っているので落ち着くために夜の店へ行く。メノウさんは今日は入っていないらしい。


「サーダ様が良いのなら空いている者ならどなたでも指名出来ますよ。」

「気持ちのリラックス出来る様なタイプの人は居ますか?」

「それならこちらの者が評判です。」


 お勧めされて部屋へ入る。ちょっとおっとり目のお姉さんだった。メノウさんの様な手練では無いが一生懸命こちらに奉仕しようとしてくれる。ちょっと不器用な感じたけど、その一生懸命な所と相まって癒やされる。あとこっちから触れるとそれに反応して手が止まるのが、こちらのペースで出来て楽だ。メノウさんに教わった様に、優しく触れながらどうされるのが良いか聞きながら、相手の話と反応を見ながらこちらも動いて行く。

 反応が良い為楽しかった。満足した所で、息切れしている彼女のみぞおちから気功術で疲れを癒やし呼吸を整えてあげる。残り時間は疲れの見える彼女の髪を、愛用の櫛で気功術を使いながら梳かしてあげる。乱れていた髪が整うと同時に傷んだ所の合った髪が艶を取り戻す。それを鏡で確認して貰うと、目を細めて嬉しそうな笑顔を向けてくれた。

 こちらも幸せな気持ちになり、ささくれた気分も吹き飛んだ。

 また指名してねと社交辞令を言われながら、笑顔でお店を後にした。今夜は良い夢が見られそうだ。偶にはこうした違う相手も良いなぁ。



 最近店に毎週来ていた少年を相手にした女は部屋を出た彼を見送ると自分の髪を撫でる。手櫛をするだけでその変化は感じられる。メノウという手練手管に長けた女のお気に入り。どんな物かと思えば、しっかり仕込まれていて、更に最後は気功術での回復あり。メノウが独り占めしたくなるのも納得の客だ。特に最後の気功術。良いものとは聞いていたがこの髪の事は知らなかった。疲れていた筈の身体も調子が良い。気功が身体の真ん中から全身にゆっくり広がり中から暖めてくれる感覚がある。冷え症の気味の手足の末端が暖かく心地よい。


「お店に彼の評価上げて、相手の幅拡める様に言わないと。あとあの櫛。多分魔法の品よね。買い取れるなら店の共用品として貰いたいわ。」


 また指名してほしいなと、本心から思える相手だった。そして客を選ぶ店の方針の恩恵に感謝していた。


 スッキリした気分で程良い疲労感を楽しみながら歓楽街を後にする。途中、何処かの店の女性を連れ立って歩くベルクを見かけた。彼もリアが居るのに中々遊んで居るようだ。僕も同伴で夕食を食べに行くサービスを受けてみようかなと思ったりする。その場合、メノウさんは受けてくれ無さそうなので、今日の相手だった人にお願いしてみようかな。

 その為にも、より収入を増やす必要がある。ギルドの仕事と休日はハーモとの仕事。ハーモともっと価値のある採取対象が無いか相談してみようかな。前に生け捕りにした芋虫は中々良い儲けだった。危険は増すがそうした挑戦も成長には必要だろう。家名を上げるという目的にも合致する。

 余り急に難易度を上げる無謀は良くないから、その辺、一緒に行くであろう友人や、先達達に相談して決める。

 漠然と今後の方針を考えながら、自宅の寝台に身体を預けた。

 瞼が重い。

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