第12話 お兄様9

「昨夜はそんなで、ちょっと疲れが残ってるよ。ハーモはどうしてた?別の店にでも行ったの?」

「いや、ちょっとお店に行く余裕が無くてさ。」

「手当も僕に全部譲ったわけじゃ無いし、金に困ってるわけじゃないだろ?」

「ちょっと思う所があってね。大きな買い物をしたんだ。」


そして、見て欲しい物があると言って懐から何やら包を取り出す。中には成形された宝石のような物が入っている。魔力も感じる。


「これは?」

「魔石を加工した物だよ。従魔石って知らない?」

「知ってる。これに使ったの?」

「少し足りなくて分割払いにした。」


 中々に思い切った事をしたな。


「え、空だよねこれ。それでその値段ってどんな上物買ったのさ。」

「えっと、封魔石状態から戻る時に身体の再構成が出来て、あと従魔状態でも上位種へ進化出来る奴。」

「盛ったねえ。」

「こういうのは将来への投資だと思って。一番高いの行きました。」

「2個も?」

「この封魔だけのクズ石のセットならと負けて貰いました。分割もそれが条件で。」


 随分とまた。


「ねえ、セイくんこのクズ石、買ってくれないかな。」


 遠慮がちに結構大胆なこと頼んで来るな。提案してきた値段は相場より少し安い。硬貨を渡して石を引き取った。


 従魔石、その由来やらは諸説ある。世界には魔獣を召喚する魔術が存在する。召喚術と呼ばれるその魔術にも様々な種類があり、その一種だとも言われるし、魔獣を使役するスキルの一種とも言われる。何にせよどちらのスキルも用いずに魔獣を従える為の道具が従魔石だ。魔石に魔獣そのものや、魔獣の一部を封じて、任意に召喚する物だ。使い捨ての物もあるがハーモの買った物は違う。魔獣は封じられた状態で時が止まる物が多いが、ハーモの買ったそれは魔獣を従魔として別の存在に魔術的に改造する様な物だ。主に従う代わりに、従魔石が無事なら不死身の身体と永遠の命を得られ、無限に成長出来る。ただし主と契約していなければ封じられたままとなる。

 こう聞くと凄い代物の様に聞こえるが、強い魔物を封じられる魔石は、その魔物の何十倍も強い魔獣の物が必要であり、材料の確保からして非現実的だ。先日討伐した熊の魔物の程度では、無力な羽虫程度しか従えられないし、それを育てて使うには、それこそ孫の代までかかると言われている。


「それでねセイくん、従魔にも宛があるんだ。そもそも何故僕が、従魔を求めたかにもなるのだけど」


 ハーモの話すところに依ると、単純に戦いに向いたスキルへの自身の適性の無さだ。そして先日の様な場面で足手まといになるのを避けるために逃げる事も出来なかった。

 ならばせめて偵察や囮となる従魔でも使える様になっておこうと。


「小鳥でも体当たりで一瞬の目潰しが出来れば、もしくは上空から遠くの様子がわかればと思って。」

「うーん、小鳥でも従魔は難しいのでは?」

「小鳥ならね。この時期ならまだ卵の状態が狙える。卵の状態で魔獣化しているものを見つけ出すんだ。それで心当たりがあるから、これから一緒に来て欲しい。」


 そんなハーモに連れられてやってきたのは、以前腐肉獣が現れ小鬼の大量発生を起こした場所だ。強力な攻撃魔法の跡が抉られた地形に現れている。


「あの規模の腐肉獣が小鬼に独占されていたとは考えにくい。きっと小型の鳥の魔獣等も近くに営巣して居たと思うんだ。腐肉獣が居なくなれば、餌が無くなり場合によっては巣を放棄してるかもしれない。」


 もしくは近くに営巣していた鳥が腐肉獣によって魔物化してその卵もという事らしい。確かに通常よりはハーモの求める物がある可能性は高くなって居るが、元が低いのでそれでも望み薄だ。

 駄目で元々であるのは解って居るので、後は兎に角身体を動かす。付近の森で木の上を見上げて歩く。

 それでも目当ての物は見つからない。簡単に見つからないのはわかっていたが、全く成果が無いのは中々堪える物だ。日が暮れて夜の支度をする。

 疲れから二人共口数が減る。無言で二人で焚き火を見ている。眠気が湧いてきた頃に、小さな物音に意識が覚醒する。


「ハーモ、警戒。」

「ん、なに?」


 驚くハーモを他所に神経を研ぎ澄ます。小枝を踏む音。それも複数を。小さな足、それも蹄の様な足ではない。しかし、大型の獣の気配は無い。それだけ隠密に長けた魔獣か、もう一つの可能性は二足歩行する存在だ。小鬼のたぐいか或いは。


「気付かれちまったらしょうがねえな。」


 言いながら出てきたのは、見るからに素行の悪そうな男。

 どうやら小鬼でなく野盗の様だ。隠れている気配は4つ。目の前の男含めて5人か。


「そっちのガキ、何か高い宝石を買ってたよなぁ。ありゃ子どもには過ぎた品だと思わねえか?どうだい俺に預けて見ねえか?」


 隠れた気配が僕とハーモを取り囲むように動く。こちらを逃がすつもりは無いようだ。だから迷わない、迷えない。イヤスエを抜く。可能な限り速く鋭く。それ以外の意識は削ぎ落とす。揺らめく焚き火の灯りより速く。男の身体が倒れ、首から上は転がり森の闇に消える。

 異変を察して、気配が一つ止まる。次はそこだ。

 何度も斬られた着流しの剣士の太刀筋を思う。先日出て来た毛皮の男の体捌きを習う。今の自分は知っている。ほら、一息で森を駆け闇に隠れた気配を斬る。手応えはイヤスエの歓喜の震えに消される。取り囲む為に散開した野盗を各個撃破する。僕が脅し文句も聞かずに斬り掛かって来るとは思わなかったのだろう。不意を付かれ何も出来ぬまま彼等は静かになった。


「セ、セイ君今の人は」


 最後の一人を斬り焚き火に戻ってきた僕にハーモが問う。


「ごめん、もう暗いけどここを離れよう。」

「うん、そうしよう。」


 ハーモは何も聞かず夜営の用意を片付けて、さらに夜の闇の中先導してくれた。

 僕は緊張が何時までも抜けず彼に付いていくしか無かった。


 どれだけ歩いたろう。森の中で少し開けた場所に再度夜営の用意をハーモがしてくれた。


「ハーモはもう休むと良いよ。僕は眠れそうに無いし、気功術を使えば一晩位なら平気だから。」


 どんな顔、どんな声色で言った言葉か。戸惑いながらもハーモは横になり寝息を立て始めた。

 僕の手はイヤスエを強く握りしめて全く力が抜けない。

 心は正当防衛だと納得し忌避感を感じていないが、身体がそれに従わない。瞬きを忘れ目が乾き涙が溢れてくる。恐怖とも悲しみとも異なる違和感に近い感情が身体を支配している。

 初めて人を斬った。殺めた。

 受け入れがたい感覚に苛まれる。早く帰りたい。



 友人が突然現れた野盗らしき男に斬り掛かり、そのまま森に消えて。ハーモはその間、事態を把握しきれていなかった。ただ、戻ってきた友人の表情と返り血からただならぬ様子を感じて、闇雲に森を進んだ。

 その先で再度夜営の用意をする所で漸く憔悴した友人の有様を認識して、何が起きたか察した。しかし、夜間の無理な移動と夜営の用意に体力を消耗していた彼は、友人を気遣う用もなく眠ってしまった。

 目覚めた時、朝日の下で、涙で顔を濡らす友人の姿に自分の不甲斐なさを恥じるのだった。


 それからどう帰ったのかは二人共記憶は曖昧だ。町の入り口で衛兵に森で起きた事と、襲われた夜営の場所を伝え詰め所で暫く待機させられる事になった。

 日暮れ前には確認に向かった者が戻り四人分の遺体を確認した事を報告。一体は血溜まりと肉片はあったが他は見つから無かったそうだ。

 遺体の一つが身体に入れ墨を入れており、人相も似ていた事から手配者であったと確認が取れた時点で開放された。


 重い足取りで帰り、食事も取らずに寝台に横になりそのまま朝まで天井を見ていた。

 翌日からの仕事は受付業務は控えさせて貰った。


 そして次の休日前夜。ハーモが仕事終わりに訪ねて来た。


「今日は行くかい?行くなら僕が料金は持つよ。」

「なら行く。てか肩のそれは何だ。」


 2日もすると案外落ち着いて来るもので、5日も経てばほぼ元通り。その時には大分気持ちも持ち直していた。

 そしてハーモの右肩に小さな芋虫がへばり付いているのが目に止まった。


「その話は歩きながらするよ。長い話でも無いし。」


 着替えて歓楽街へ向う道すがら話を聞く。

 あの後、ハーモは再び町の衛兵と共に現場検証の為に戻ったそうだ。その時に、行方不明の死体を持ち去ったのが大型の魔獣であった場合も考慮され、付近で小鬼の残党狩りをしていたサーダの頭首。つまり僕の兄様が同行したそうだ。

 僕に負担をかけまいと対応を引き受けてくれた事には感謝しかない。

 そして、同行中に話を聞いた兄様がどこからか見つけてきた卵を獣魔とした。それから孵ったのがこの芋虫だという。


「鳥の卵や小動物しか頭になかったから、虫の卵は驚いたよ。君のお兄さんの話だと結構大きくなるらしい。」

「兄様の勧めなら間違いないと思う。」


 兄様は変な知識を持っているが、その知識は大抵は合っている。偶に過剰な成果を生むので、この虫の大きくなるというのを過小評価は出来ない位が注意点だろう。

 話している内にいつものお店に到着した。


「それじゃあハーモ、延長料金含めて頼むよ。」

「お手柔らかに頼むね〜、僕の財布事情しってるんだからさ」


 今夜も延長してサクラちゃんの傷を診るだろうから、延長は無料だが知らないハーモには惚けて脅かしておく。

 人の金で遊ぶのは気持ちが良いなぁ。


 さて、今夜もメノウさんと手ほどきを受けながら楽しい時間を過ごし、少し余力を残して延長戦だ。

 延長時間より少し前にサクラちゃんが部屋に入ってくる。先週よりも大分表情が柔らかい。


「まだ痛む?」

「動いたり触ると。でも前より痛く無いし、じっとしてたりゆっくり動くなら平気です。」

「でもまだ痣は残ってるんだ。何とかなるかい?」

「出来るだけやってみます」


 現在、自分が使える気功術で回復効果のある物は3つ。治癒功、回復功、快生功だ。治癒と回復は名前や効果こそ似ては居るが、別物扱いである。

 治癒は自然治癒の効果促進。回復は機能の回復。

 治癒は大怪我の場合自然治癒なので後遺症が残る。また適切な処置をされずに曲がってしまった骨折後の骨も治せない。

 回復功はそれも治せる。が、兎に角使用者が消耗する。自分に使う分には問題無いが、他者に使うのは現実的で無い。そしてその回復も機能の回復に重きを置かれている。

 例えるとナイフが手に刺さった状態で使うと治癒功なら治る過程でナイフを押し出すのたが、回復功ではそうした事は起こらず刺さった状態で手が普段の機能を取り戻せる様に回復する。

 当然、動かすと刺さったナイフが再び傷を付けるし、ナイフを抜けば血もでる。燃費が悪い上に融通も効かないのだ。

 快生功は心身の疲労回復と各種症状の緩和が効能だ。疲労回復だけでとても優秀でいつもお世話になっている。症状の緩和は外傷に対しては痛み止めや、引き付けを起こした相手を脱力させたり麻酔に近い効果を持つ。ただ根本的な治療効果は薄い。病気等には有用な面もあるが、病気の元や毒を消せるわけでは無いので、自然治癒する様な軽い物を抑える程度だ。

 またそのどれも他の魔法の回復術と比較すると瞬間的な回復効果で著しく劣る。


前回は快生功で痛みを和らげ治癒功で腫れと皮下の内出血を少し治しただけだ。今回は治ってきた部分に回復功をかける。主に脱臼していた関節部分にだ。治癒功で痣も小さくする。

 次いでにメノウさんの肩の凝りにも快生功を使う。疲労や加齢由来の腰痛、各所の凝りには回復功と快生功のセットが効果てきめんである。回復功は滅茶苦茶魔力を消耗するので本当に後は寝るだけの状態でしか使いたくない。もう帰って寝るだけのなので大盤振る舞いである。前回、メノウさんには快生功だけで握った手の肌を潤しただけだが、今回はこっちもサービスしたい気分だ。

 無意識に人を殺めた事への罪悪感から献身的な気分だったのかもしれない。


「セイちゃん、この術があるなら貴方こっちの世界でも生きて行けるわよ。」

「燃費悪過ぎて週末に一人か二人相手するのが限界ですよ。」

「いえ、前にしてくれた程度で十分だし、大口の相手に今回の術みたいにすれば大丈夫よ。」

「でも家を出た身としては代々の流れに従い外で流派の威を示すのもしたいので。専業はちょっと。」

「そうなの、惜しいわね。」

「メノウさんの紹介で、今みたいに延長サービス兼ねてならやれなくも無いですけどね。」

「それでも助かるわ。サクラはちょっと事情が違うけど、無茶な客に怪我をさせられる娘は居るから。大半は事故見たいなものだけど、顔を腫らしてしまって暫く収入が減る子も居てね。」


 この業界で働く娘の中には切羽詰まっている娘も少なく無い。単価を上げるために無理なサービスに乗り、軽症でも見える所に怪我でもしたなら。当然治療費出すほどの余力は無いし、客の単価も落ちる。

 足元観て高利息の後払いで引き受ける闇医者もいる。

 まぁ、その点でギルドで顔が知られて悪どい事のしにくい立場。そもそも収入が安定していて金に困って居ない。そんな自分は確かに都合が良い。


「まだ居ないけど、恋人とか出来たら来る頻度は下がるしそれでも良いなら。」

「あら、それなら暫くは安心ね。」


 何か含みのある笑顔のメノウさん。


「サクラが大きくなったらセイさんの恋人になる!」

「ありがとう。待ってるね。」


 サクラちゃんの優しい言葉。

 理髪店の店主さんにも助言を受けて身嗜みも整えてギルドの受付にも立てているし、見た目は悪く無い筈なんだけどな。

 素行の良さは勿論だし。歓楽街通いも。休みの度には多いのかな。


 少し気になる事が増えた休みだった。因みにハーモから延長分の料金は貰わなかった。

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