第11話 お兄様8

 朝の鍛錬をする前から予感はあった。熊の魔物を斬った時にイヤスエが血を吸い活性化したのを感じた。最近は一太刀返せるようになったあの着流しの剣士が、何かまだ実力に制限がかかって居るのをひしひしと感じていた彼が、少しその制限を解かれるのではと、期待が少しと、不安が多量。


 気功術を発動し意識を集中させる。そして現れたのはいつもの着流しの剣士。その隣にもう一人。

狼の頭の毛皮を被り顔を隠した人物。両手に短剣を持っている。

 いやなんで長物じゃないんだよイヤスエ使えよ。

 まぁ、何となく情報は流れ込んで来て理由は解る。過去のイヤスエの持ち主が戦って倒した相手だ。そしてその魂を喰らい尽くした相手。

 どうやら生前は森で狩猟を生業とする人物だったもよう。才覚は凄まじいものだったが、魔獣含めた獣相手の技が主体であった為に本流の人間を倒すための対人主体のイヤスエの持ち手に敗れた様だ。


 凄い殺気。僕の身体乗っ取る気満々だ。過去に何人か奪ってる様だし。

 そうはさせまいと、飛びかかってくる男にこちらも応じる。ただ飛び掛かるだけの動作に、この男は数え切れない程の虚実をまぜんこんでいやがる。しかも本人の中で体系化されてる気配もある。天才かよ


 幸いな事に向こうの時間切れまで耐えきって、以前のように幻に斬られる事は無く済んだ。向こうの技が対人を想定してないからこそだ。ただいくつか対獣の知識や身のこなしを知ることが出来た。

 次はもっと消耗せずに熊の魔獣を倒せるだろう。


 鍛錬も終わったし、今日もギルドで書類作業だ。ハーモもスキルが成長し暫くは薬師としての作業に集中するらしいし、クリフさんとエクドネアさんからの謝礼も、二人の怪我の調子が良くなってから渡される予定だ。

 エクドネアさんは意識が戻ったらしいとは聞いた。クリフさんは両足の状態が想像より悪かったそうで、ハーモの応急処置を受けたエクドネアさんと状態としては同程度だったそうだ。

 ギルドの補助ありでも結構治療費がかさんだ様で、謝礼の額は期待できない。

 本気で高いものをたかるつもりも無いので、前より一段高級な化粧水を買ってハーモに再現させようか等と考えている。もしくは服だな。見た目重視の洒落たやつ。狩り等には着ていけない性能の割に高いんだよなあ。あの手の服。


 そんな事を皮算用をしながらペンを走らせていると、僕宛の書類があった。ギルド登録者の救助手当等の書類だ。ハーモとクリフさんの署名付で僕が魔獣の討伐及び要救助者の運搬にて多大な貢献があった事で、支給される手当の取り分が多くなるとのこと。

 あの二人、黙ってこんな書類に署名してたのか。気持ちは伝わったのでクリフさんから謝礼貰うのはどうでも良くなった。

 そしてもう一枚。気功術の治療について検証する為にギルド指定の施療院に出向く様にと。

 特に秘密にしていた訳では無いのだが、何となく面倒で気は進まない。


「ちゃんと出向いて非常勤申請しとかないと、副長に私用で使われかねないから従っとけな。」


 ラウさんがこちらも見ずに声をかけてきた。内容はとても有難い助言だ。


「今日の午後にでも行きます。」

「そうだな。今日は受付業務は休んで指示書に従い出張だな。直帰して良いぞ申請してあるから。」


 ラウさん、普段気功術の練習させてもらってるけど、頼れる先輩である。お言葉に甘える事にした。


 施療院で本職の回復術師に快生功と治癒功を見てもらう。治癒功では継続的に使う事で古傷や後遺症を和らげる事が出来るが直接的な治療は気功以外の魔法に劣ると評価。快生功の疲労回復や他の治癒効果を高めるものは高く評価された。治癒功と快生功を合わせたものでなら、漸く他の属性の初歩的な治癒魔法に並ぶといった評価である。

 その評価を元に施療院の回復術師を助ける助士として町の施療院に登録されることになった。この認定がされると施療院で働いたり、依頼中の治療行為に報酬とは別の手当が出たりする。助士なので少額ではあるが、労力の変化無しに手取りが増えるのだ。ノーリスクローリターンのコスパは無限大である。


 そんな日々を過ごして、休日前の夜を迎える。一度、帰宅し身を清めて、いざ歓楽街へ。

 人助けして得た臨時収入で行く娼館は何だか普段より開放感がある気がする。


「ハーモが今夜は来ないのは意外だったなぁ。」


 彼も僕にいくらか譲ったとはいえギルドから貰っている筈なのだが。

 1人でちょっと寂しい気分でいつものお店に向う。最近、本番までするに至り、今夜も楽しみだ。予算もあるので延長も視野に入れている。


 いつものお店、いつもの相手。何処かの貴族か金持ちの家に務める給仕らしきお姉さん。色々と手練手管を教えてくれる。

 今夜はいつもと変わらない筈なのに空気が少し違う。お店の空気が少し緊張を帯びて固い印象だ。

 心で首を傾げながら受付を済ませて部屋に通される。


「ねえ、最近登録された施療助士のセイシロウって、セイちゃんよね?」

「そうですよ。凄いなあもうひろまってるんだ。助士なんで僕の回復術では商売出来ないレベルですけどね。」

「そうなの。もしかして今まで私にも何か使ってた?」

「使って無いですよ。」

「そうなの?じゃあちょっと使ってみてよ。」

「良いですよ。」


 軽い気持ちで快生功を使う肩周りに気功を流す。結構こってるな。左右でこり方も違う。


 お姉さんが少し熱を帯びた息を漏らし口を抑える。

 その手の動きと気功の流れ方から指と肘に軽い異常を感じる。多分、突き指か脱臼した古傷だ。

 快生功をから治癒功に切り替え古傷を癒す。


「え、凄い」

「大怪我を治したりは苦手ですけど、こういうの治すのに向いてる術なんですよ。」

「もっと早くに使って貰えば良かったわね。とても良かったわ。じゃあ今夜は今まで教えた事とこの術、特に肩に使ってくれたのを合わせて気持ちよくして貰おうかしら。」

「はい、喜んで。」


 今までより少し激しい時間となった。しかし楽しい時間は直ぐに過ぎてしまう。決して僕が早いわけでは無いと思う。多分。


「ねえ、セイちゃん。料金は要らないから少し延長出来るかしら。」


 そんな提案に躊躇い無く応じる。


「ありがとう。ねえ、入ってらっしゃい。」


 まさか複数人と?と少し期待したが、まぁ普通に部屋の掃除だのをしている客を取れる年齢にない少女が入ってくる。でも見ない顔だな。新しい子だろうか。幼くしてこういう所に居るのは、あまり喜ばしい理由では無いだろう。


「サクラ、脱ぎなさい。」


 少女はサクラと呼ばれた。まだ十歳にもなって居ないのでは無かろうか。というかサクラってサーダ領の、僕の故郷の方で使われる名前だ。ウチの領から来た子だとするなら少し悲しい現実だ。


「ええ、この子?まだ子供?」


 言われるままに脱ぎだしたサクラと呼ばれた少女。流石にこういう趣味は無いと言おうと思ったが、サクラの肌を見て言葉を飲み込む。


「ちょっとね、事情があるのよ。」


 簡素な服の下に隠されていた少女の肌は大小様々な赤黒い痣と、肩やよく見れば指先が腫れている。


「メノウさん、これで良いですか。」


 消え入りそうな声でお姉さんに問いかけるサクラ。お姉さんメノウって言うんだ。お店で世話になるだけで詮索一切してないから今知った。

 それより少女の身体だ。


「触って良いですか?」

「ええ、その為に延長したのよ。この子は表に出せなくて。診療記録も残せないの。」


 これ深入りしたら危ない奴だなあ。黙って少女の身体に触れる。服の下の打撲痕。敢えて顔は殴らず、主に下腹部、ヘソより下を入念に、素手でなく道具で殴っている。肩と指先の腫れは、足首も酷い。触れて少女の身体が熱く感じるのは、幼子の高い体温でも彼女の興奮でも無く、単純に怪我による発熱だ。肩や足首は一度脱臼させて関節をはめ治している。筋が切れないように丁寧な仕事だ。悪質極まりない。


「喉も潰されている。消え入りそうな声なわけだよ。」


気功術の補助にと十手を荷物から取り出すと、短い悲鳴と共にサクラが顔を強張らせる。成る程、この手の棒状の道具突いて痣をつけたか。

指も同じ道具で巻き込むようにしてやったな。


「大丈夫よ。このお兄さんは私の事が好きだから。サクラに痛いことして私に嫌われたくないから。」


 メノウさんがサクラを落ち着かせようと言葉をかける。

 僕も十手を手放す。するとホッと息を吐いた。そして何か、恐らく謝罪の言葉を言おうとしたが唇に指を当てて遮る。


「声を出すのも痛くて辛いだろ。無理しなくて良い。」


 僕の言葉にメノウさんが表象を変える。


「お姉さん次からはこういう時は先に言って下さいね。使った方が僕も気持ち良いてすが、こっちに使うべきですから。」

「そうするわ。今回は先にセイちゃんの術がどんな物が知りたかったのよ。」


 先ずは少女の身体を蝕んでいるであろう痛みを和らげる。関節の腫れを引かせる方向で治癒功をかける。同時に快生功にて解熱と痛みの鎮静をはかる。気功による治療の効果を感じて少女が痛みや恐怖とは異なる息を漏らす。傷を完全に治すには至らないが、自然に治るのを促進された状態にはする。

 同じ痛みでも治っていく時のそれは、瘡蓋を剥がすような拒絶感の無い痛み。そこまで持ち込む。


 集中して視界への意識が消えた。気が付くと心配そうに僕を見上げる少女の顔があった。

 その表情をみて、少々から離れる。


「サクラ、大丈夫?治ったの?」


メノウそんが少女に触れるとまだ痛そうに顔を歪める。それを見て僕に厳しい視線を送る。


「僕の気功術では一度では無理ですよ。でも、本人の感覚としては大分楽になった筈ですよ。」

「そうなの?サクラ」

「はい、さっき迄は動かなくてもどんどん痛くなっていたけど、今は動いたり触ら無ければ痛く無いです。」


 声も掠れていない。それを確認して十手を手に取り寝台に寝そべる。延長です。少し休みますベッド借りますね。

 本当に疲れたのでそのまま少し休んでから帰宅。自室で再度瞑想してから就寝した。

 本当に疲れた。




 最近常連となった少年を返した後に少女を寝かしつけたかメノウは深く息を吐く。少女の身体に見える痣は未だに消えては居ない。見た目からは治療が行われたのか疑わしいが、少年の使った治療の魔法の効果は自身で体験したので、少しは効果があったと思いたい。

 あまり表だって言えない素性の少女である。この場に居る理由も。そういう生まれの人間はどこにでもいる物だが、この少女はそれに加えて少し事情がある。このまま客を取れる様になり、そのまま誰かに身請けされるか、自立が出来れば幸運だろう。

 寝顔を見下ろし思いにふける。ふと、その寝顔が安らかな事に気が付く。昨夜までは苦しげに浅い寝息だった物が、ゆっくりと深く呼吸をしている。


「成る程ねちゃんと治療の効果はあったと。次はちゃんと延長で相手してあげないとね。」


 少しの安心を得て、先行きがくらいばかりで無いことに胸を撫で下ろした。

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