第10話 お兄様7

熊の合成獣が息絶えたの見計らったように背後で誰かが倒れる音がする。振り返れば先程の魔法使いの男が膝を付き苦しそうに喘いている。背負われた男の顔には生気が無い。よく見れば服の腹付近が破れ布があてがわれている。そしてその布は鮮血に染まっている。


「ハーモ!治療薬をありったけ頼む!!」


 僕の叫びに少し離れた所で尻餅をついていたハーモが飛び上がり駆け寄ってくる。その間に僕も背負われた男を仰向けに寝かせ気功による回復を始める。気功が通る。まだ生きている。気功による治療は他の魔法の様な即効性は薄い。だが止血くらいなら頑張れば目に見えて効果を出せる。人命がかかってるので出し惜しみは無しだ。十手を握りしめその効果を活かして兎に角容態を維持する事に努める。

 そこにハーモが手持ちの回復薬を振りかける。気功の感覚からその薬が傷を癒やしているのを感じる。そして治っていく感覚から傷が内蔵に達していた事が理解できた。

 筋肉を抉られ腹に大穴が空いていたが、内蔵が飛び出さない様に応急処置をし、自身の背中でその傷口を抑えながら魔法使いの男は走ってきたのだ。その当人は走りすぎてむせ返り、胃液を吐き出している。限界を超えて走ってきたのが伺える。暫くは喋ることも出来ないだろうから事情を聞くのは後回しだ。


 ハーモが何か忙しなく視線を泳がせたかと思うと、おもむろに熊の合成獣の死体に歩み寄り胴体の傷口に手を入れる。何か弄る様に動き引き抜いた手には何かは解らないが内蔵が握られていた。それを懐から取り出した丸薬と共に口に入れ咀嚼し始める。途中餌付いて吐き出しそうになるが両手で抑えて堪える。その時、何かしらのスキルを使ったのがわかった。吐き出したグチャグチャの肉塊を腹に充てがわれた布を剥がして傷口につける。すると肉塊が自然と傷口の奥に入り込み少し血を吹き出したあと内側から蓋をするように傷口を塞いだのがわかった。


「良かった、うまく行ったよ」


ハーモが安堵した様子で膝から座り込む。


「今のは何をしたんだい。内蔵の傷が塞がった様に感じるけど。」

「匂いで内蔵に傷が達してるのがわかったからね、あの熊の同じ内臓を使って傷を埋めただけさ。治療の丸薬と合わせる事で人の内臓を埋めてくれるようにしてね。スキルレベルが一気に上がったよ。うまく行って良かった本当に、あー今になって口の中が苦いし臭い、吐きそうだ。」


 顔の下半分を血塗れにした壮絶な笑顔を浮かべるハーモ。薬師のスキル、調合か何かを使ったのだろう今のレベルに見合わない高度な事を。そしてそれを成功させた。


「使った内蔵が新鮮だったのと魔物の生命力が高かったのが幸いしたよ。」


ハーモも脱力して座り込む。僕も腹の傷から血が止まったのを確認して術を一旦止める。全身の力が抜けて目眩と共に自分も倒れてしまう。

 このまま血の匂いに誘われて他の魔物や肉食の獣が来たら危ないかと思っているとハーモが焚き火の跡に魔除けの香を投げ込む。そこへ魔法使いの男が小さな火の玉を飛ばして煙が立ち昇る。これで暫くは大丈夫。

 やっと一息。大きなため息が漏れた。十手を握る手に力がこもる。呼吸を整えて回復を促す。イヤスエの人達に大分消耗を強いられている。暫く無言で休んでいると


「すまない、巻き込んでしまって、そしてありがとう。本当に助かった。」


 魔法使いの男が話しだした。彼の名はクリフ。組合で受付してるときに見たことのある顔だ。確か怪我をしている男が棍棒と円盾を使う戦士だったと記憶している。そしてここには居ないがもう一人、短弓を使う男を含めた三人で魔物退治などを請け負っていた筈だ。

 この場に居ないので先に助けを呼びに行っているか聞くと暗い顔でクリフは黙り込む。そして途切れ途切れに、彼等の体験を話してくれた。

 狩りの獲物を仕留めた所で先程の熊の魔獣が現れる。短弓使いの仲間、ショーンは不意をつかれ致命傷を負ったそうだ。魔除けの香を焚いていたにも関わらず音もなく現れたという。

 そしてショーンさんを救うべく戦士の男、現在腹に傷を負っているエクドネアさんと共に挑みかかるも返り討ちにあい、エクドネアさんは腹を食い破られたそうだ。

 その後、熊の魔獣は3人が仕留めた鹿の魔獣とショーンさんの遺体を貪り始めたので、まだ生きのあるエクドネアさんを傷口を魔法で凍らせて止血し担いで逃げてきたそうだ。

 途中で熊の魔獣が追ってきて無我夢中で走り、もう駄目かと思った時に人の気配を感じて僕達の所へかけてきたとのこと。


 三人共緊張が解け、息も整った所で改めて撤収の用意を始める。

 先ず熊の魔物の亡骸は大き過ぎて持てないし、解体する余力も無いので置いて行く。爪や頭部は切り取って持って行く。内蔵は薬の使える部分は既にハーモが先程の治療に使って居るのでもう目ぼしい部位は無い。仕留める時に消化管を傷付けたので胴体の肉は臭いが付いている。


「所でセイ君、その打ち損じの剣、何処から出したの?」


 ここでハーモに問い掛けられた。クリフさんの目もある所で。止む無く服の下に仕込んだ鎖帷子を見せて、その機能の一つである収納空間の事を打ち明けた。


「知っての通り僕の実家はアレだからね。家を出る時に貰った物ではこれが一番高価な物だよ。」

「ああ、そこは流石に領主の子息なんだね。防具で生存率を高められるし、服の下に着て置けば隠しやすくて高価な物でも存在を知られなければ盗難の恐れも下げられるのか。」


 黙っていた事に関しては納得してくれた。


「収納量も結構あるけど、一番羨ましいのは重さを無くしてくれてる事だね。収納量と重さ軽減なら珍しいし、高いけど貴族なら持ってて不思議じゃないけど、セイ君のは収納したものの重さは無くなるわけでしょ。」


 良い物をくれた兄様には感謝である。

 

 魔物の四肢と頭を収納する。街に戻ったら死体の処理が不十分で有ることを報告しなければならない。この死体の肉を食べに他の魔物や肉食獣が集まり、それによる被害が出たり、処理を他人に依頼するなら、別途費用がかかるがその辺りの互助体制こそはギルドの存在意義なので巨額の罰金にはならないだろう。そしてそこはクリフさんとまだ意識は戻らないがエクドネアさんが負担する。そのようにクリフさんが同意してくれた。


 即席でタンカを作りエクドネアさんを乗せて、さあ出発という所で立ち上がろうとしたクリフさんに異常を認める。上手く立ち上がれない様だ。顔をしかめているし、顔色も良く無い。

 手を取って補助しようとしたら体温が高い。ちょっと気功を流して疲労を軽減させようとして判った。


「クリフさん、足折れてますね両方共。」


 限界を超えて酷使された足は緊張が解けた今では到底歩ける状態に無かった。

 改めてその辺りの枝で添え木を当てて、クリフさんが背に負ぶさる形で背負いタンカの足側を持つ。


「セイくん、大丈夫?」

「大丈夫だ、これも鍛錬と思う事にする。」

「本当に済まない。この礼は必ずするので今は頼らせてくれ。」


 クリフさんの言葉を励みに気合を入れる。


「高い魔導具かオーブ買ってもらうぞー!」


欲を口に出して立ち上がる。


「僕とエクの命の値段と思えば、安いのか妥当か迷うが任せろ、ギルドの貯金は全部くれてやる。」


 クリフさん気前の良いこと言うなぁ。頑張れる。


 タンカの前をハーモが僕は後ろを持ってすすむ。かなりしんどいがハーモは僕より体力が無いので、そこ迄歩みが速いわけでも無い。なのでゆっくりだが、二人の歩調は合っていた。

 問題は暫く歩き、そろそろ森を出て街道に入るかと言うところで起きた。


「セイ君、こんな時に良くない事態だ。」

「なんだい?休憩の提案なら大歓迎だぞ。」

「そうだね、休みが必要だ。」


タンカを下ろし、僕は背中のクリフさんも下ろす。


「二人を急かすことは出来ないよ。ゆっくり休んでくれ。」


クリフさんは折れた足が痛み出し、熱も出て来て大分口数が減っている。というかほぼ無言だ。


「それでハーモ、疲れただけじゃないんだろ?」


 僕の言葉を背にハーモは草むらに消えた。

 あの様子は便意か。腹痛だろうか。何か変なものを食べたのか。

食べてるな熊の魔獣の内蔵を生で。

 戻って来たハーモに聞いてみると、同じ見解だった。あの時は大急ぎで丸薬と内蔵を混ぜる必要があり、更にスキルの成功率をあげる為に身体の接触面積というか、比喩的になるが深く繋がる為に口に入れたそうだ。その際に少し飲みん込んだ事で食あたりを起こして居る。


「薬は持って来てるのか?」

「普段平気だったから、今回は持ってきませんでした。」


 欲張ったな。ハーモ。


「作れる?」


 無言でハーモが手に持った草を見せる。用を足すと同時に素材も見つけたのか。


「ごめん、また出そう。」


 草むらに再度消えるハーモ。

 中々戻らない。戻った時には明らかに顔色が悪い。


 そこからは余り話したくない。取り敢えずハーモの症状は収まらず体力は奪われ続けた。なので気功術で体力を補いながら薬を作って貰った。症状が出たままに。

 薬の効果はてきめんで症状は収まる。少し休みその時に追加でクリフさんに痛み止めを意識の無いエクドネアさんにも治癒の薬を作って与え、怪我人の容態は更に安定する。僕とハーモの精神面以外は良い方向に向かっている。

 それから暫くは無言で歩き続けた。救いはハーモのスキルレベルがここでも上昇した事だろう。

 実戦の場で追い詰められる事で人は成長するのだ。タンカの前方を持つ彼の背を見ながらそんな事を考えていた。

 やがて森を抜け街道に出て、途中で通りがかった馬車に乗せて貰った。事情を話しクリフさん達の怪我を見せると快く乗せてくれた。また護衛の一部が熊の魔獣の死体を回収しに向かった。その素材は全て譲る事で報酬とするとの事だ。そう言ってくれると後腐れ無くて気が楽だ。

 やがて日が傾いてきたころに、予定より大分遅くなったが町に入る事が出来た。

 長い一日だった。

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