第9話 お兄様6

 その日はギルドの仕事は休みだ。普段ならハーモや新しい仲間と共にギルドに貼り出された仕事やハーモの受けた薬師の弟子向けの仕事1日かけて行ったり、時には町の外で一泊する事もある。

 しかし、今回はハーモと二人で日暮れ前に仕事を切り上げて戻ってきた。早めの夕飯をとり一度帰宅。身を清めて、外行きとは異なる少し飾り気のある服装に着替える。ギルド受付の制服に似たジャケットだが色味が明るく記事に光沢がある。

 そして再びハーモと日暮れの街で合流する。彼も普段の汚れて良い服とは違う綺麗な皺のない服に着替えている。


「ねえ、セイくん。僕の格好変じゃないかな。こういう服は着慣れなくて。」

「少なくとも僕から見たら似合ってるぞ。それより体は全身ちゃんと洗ってきたな?」

「そういう事聞く?ちゃんと洗ったよ言われた通りゴニョゴニョも」

「まぁ、なんだ。これから行くところで見せる可能性も高いわけだし、綺麗にしておくに越したことは無い。」

「それはわかるけど、こんな服まで着飾る必要は有るのかな。」

「それは解らないが、ギルドの受付をしている時の感覚だと多少着飾って身綺麗な様子の方が女性が来てくれる感じがする。だからそういう格好しておいた方て悪い事は無いと思うよ。」

「確かにセイくん受付してるし、そういうのはあるのかも。」


 話しながら二人で向かって居るのは夜のお店だ。ヘンリーさんが町を出る時に餞別にと手配してくれたのだ。僕らももう入れる年齢なので初めての体験を緊張しながら歩を進めている。何分初めての経験なので何に備えれば良いかも判らず、思いついた身嗜みだけ二人で整えた。

 町の歓楽街にヘンリーさんから教わった場所へ行く。その一帯だけそうした雰囲気の建物が建ち並んている。歩く女性の服装も露出の多い人が増えている。

 看板の無い建物のドアをノックする。するとドアが少し開けられたのでヘンリーさんから貰った紹介状をそこから差し入れる。

 入るように声がして恐る恐る足を踏み入れる。

 中は意外にも普通の宿屋の受付の様な作りだった。促されるままに受付にてギルドの登録証を提示して本人確認をされる。


「ここは誰かの紹介が無ければ客を取らない方針でね。客を選ぶ分だけ後悔はさせないよ。」


 受付にいるフードを目深に被った人物が教えて話す。その声からは性別も意思も読み取れない。


「アンタ達の事はヘンリーから聞いて調べさせて貰ったよ。と言ってもギルドの受付をやってるお前さんは殆ど調べる事も無かったがね。そっちの坊やもね。調べる甲斐の無い客はこちらとしても大歓迎だよ。」


 これは暗に問題おこしたら私生活まで介入してくるという脅し文句含めた牽制だろう。ハーモも理解したのか神妙な顔付きだ。


 そして初心な僕たちはお店の人に言われるままに別々の部屋に案内された。

 僕が通された部屋に居たのは僕より少し歳上の人。驚いた事に見知った顔だった。偶にギルドへ依頼を持ってくる給仕服の女性だ。向こうも僕を認識してか含みのある笑みを浮かべる。

 そして僕の短い夜は終わっていた。

 大人になる前に絞り尽くされてしまった。不甲斐無い。あんな手法で魔法やスキル無しに限界と思った先までいかされてしまった。


受付に戻るとハーモが上の空で待っていた。無言のままその日は帰った。

もっと稼いでまた来よう。

何も言わなかったが、ハーモと目で約束をした。


 ハーモと二人、お金が必要な理由が出来てからギルドの依頼を受ける頻度は増えた。僕はギルドの職員としてハーモは薬師見習いとしてやるべき仕事はあるが、それでも休日の前夜から合流して町を出る事も増えた。評定が上がった事で受けられる依頼も増えた事が理由だ。採取もしつつ、魔物、魔獣、その他害獣の駆除として町から離れた場所へ出向く事になる。

 夕食を屋台で買って食べながら町をでる。夜は町への入り口は閉ざされるが、門の近くに旅人や商人が集まりちょっとした村の様になっている。門の近くならそれなりに安全ではある。

 そんな中をハーモと話しながら歩いて行く。


「こないだはどうだったセイ君。僕は最初とは違う人だったよ。でもその人の方が僕には合ってたな。」

「そうなのか。僕はまた同じ人だったよ。」

「そうなのかい。それで今回は最後までさせて貰えたの?」

「それが今回も、駄目だったよ。こちらも色々と手は尽くしたけど、上手に出来たらしてあげるってさ。」

「うわぁ、セイ君それで良いの?一応お金払ってるのに。」

「良くないけど、色々解るようにしてくれてるからなぁ。やり方を指南されてる感じが、家で鍛錬してた頃の感じで」

「ああ、満更でも無いのか。そういう意味だと、本当にお客に合わせた良い人をあてがってくれる良いお店なんだね。」

「そうだね。ヘンリーさんに感謝しないと。」


 最近、ハーモとは合うたびにこんな話をしている。


「それでさ、あれから少し気になる事があってね。セイ君の意見も聞きたいなって。」


 ハーモが切り出した話題。異性に身体を触れられる経験から女性の手に目が向いたらしい。洗濯等の仕事をしている女性の手が荒れているのが気になったと。

 給仕をしている人等は薄手の手袋をしていたりと見えるようにしていないが、彼の相手が昼はそういう仕事らしい事もあって意識してしまうらしい。


「あかぎれに治癒の薬を使うのも勿体無いというか大袈裟だし、セイ君に頼まれて作ってるニキビ薬は肌に良いからさ。手に使える物があったら喜ばれ無いかなって思って。」

「それは僕も良いと思う。兄様の許嫁も手が荒れていたから。」

「あと僕自身も調合する時に手袋をする事が多いからそれで手が荒れがちなんだ。」


 自身の需要に加え他者の需要が確認出来たので思いついたそうだ。この人の為から発想に至る性格はとても好ましい。ハーモの魅力だと思う。


「でも、今までの素材だと作るには足りなくて、薬師より錬金術に近い作業になるんだ。」

「魔法的に変質させた素材が要るのか。」


 水薬を作るときに、その効能を高めるのに魔力を帯びた水を使うことは多々ある。そうした魔力に寄って性質を変えるような作業はそれらは薬の調合とは異なる性質の能力を要する。

 自然にそうした水や植物が存在することもあるし、そうした素材の収集は普段もしているが、今ハーモが作りたい物はそれでは足りない様だ。

 今回のように泊まりで町を離れて素材集めをする様になり新たな採取場所の開拓をしたいのだろう。

 本人に意図を確認すると、間違っていなかった。こうして集める素材の種類も増やして行くことになった。そうなると同時に魔物等との戦いの機会は増える。イヤスエの代わりに買った片刃の長剣を普段は使いながら、時折イヤスエを抜く。最近は訓練中に幻視する着流しの男に一太刀返せる様になった。次に進む段階だろう。


 町の付近で素材集めをする時はベルクとリアの二人と活動する事が最近の流れだ。二人は主に魔物を狩ることを目的としており、ランクも近しいので、よく鉢合わせることもあって、同行する様になった。どちらも持ち前の才能で、活躍している。特にリアはその桃色の髪の色が示す様に炎と光の魔力に高い適性を持っている。光の魔法には回復魔法があり、小さな傷は瞬く間に治せるので非常に有り難い。彼女を引き入れたい上位の冒険者はかなり多いだろう。

今のところベルクとの関係もあって二人でセットのような扱いなのでそうした勧誘は控えられている。今回は町から離れるので二人の同行は無い。


「薬師の間では結構知られているのだけど、この奥の泉に湧く水が魔力を帯びているんだ。ただ泉から流れ出るとただの水になってしまうんだ。」

「採取の容器とか器具は持っているんだろ?」

「今日はそれで鞄はいっぱいだよ。」


 話しながら普段と違う林道を進む。それなりに人が通る様で轍がしっかりと残っているし、獣や魔物の気配も無い。のんびりと歩を進める。

そして日暮れ前には目的地に到着した。

 日が沈み暗くなった森の中で仄かに泉が光っている。実際には泉の底の砂が発光している様だ。この光が一時的に水に魔力を帯びさせているのだろう。

 ハーモが早速採水していく。僕は警戒しながら野営の用意だ。少し離れた場所に焚き火をおこし、魔除けの香をたく。他にも水を取りに来る人がいるのだろう。少し拓かれておら、焚き火の後も残っている。石と土で作った簡単な竈もあり、作業自体は直ぐに済んだ。採水を終えたハーモと夕食を終えた頃には日はすっかり落ちていた。


「セイ君、本当にそんな休憩時間で平気なの?」

「平気だよ。この間ハーモも体験したろ?自分に対してなら更に効果が高くなるから大丈夫さ。」


 夜の火の番の持ち回りに付いて、殆ど僕が受け持つ事に関してハーモが気にしている。

 さらなる成長を遂げた僕の気功術は睡眠等の回復効率を向上させた。普通に眠るより数十倍の回復効果をもたらすようになった。

少しの時間で一晩ゆっくり眠ったのと同じ効果が得られる。

 これは決して夜のお店を延長して朝帰りを繰り返す中で、身に付いた物では無いと主張しておく。


「確かに前回気功術をかけて貰ってから休んだら朝まで寝てられない位に回復したけど、まだ実感無いよ。」

「なら今回も気功術をかけるから、起きたら一緒に火の番をしてくれよ。寝てても良いけど心配なら起きててくれれば良い。」

「そうさせてもらうよ。」

「まぁ、こっちが先に休ませて貰うけどね。直ぐ起きるからそしたら交代な。」


 僕が先に少し休み気功術で完全回復した所でハーモと交代。

 その後、ハーモも朝まで寝ていられない程に回復し元気が有り余ってしまったので一緒に火をみながら、人目が無いのを良いことに夜の話で盛り上がった。


 そして空が白んできた頃まで何事も無く過ぎた。木々の合間から深い青に染まった空が覗き、焚き火を消して二人で朝日が綺麗だねえと呑気に話している時に、その気配を感じた。


 それは重く不確かな足取りだった。何か二足歩行のものがこちらに近付いている。それだけはわかった。


「ハーモ、何かくる直ぐに逃げられる様に。」


 ハーモが身構え荷物を纏めるのを背に、気配の方へ向き直り剣を構える。


 二足歩行で移動するとなると、小鬼か、それにしては気配が大きい。以前の大発生の時に生き延びた大型の上位種かもしれない。ハーモの用意が出来次第逃げるつもりだったが、もう一つより大きな気配を感じて判断が鈍る。


「ハーモ、荷物を纏めたら先に逃げろ。僕に構うな迷わず真っ直ぐ逃げろよ。」

「そんな、一緒に行こうよ」


 ハーモ、その躊躇いは嬉しいけど今は迷わず逃げて欲しかった。

 そんな僅かなやり取りでの合間に最初の気配の主の姿が木々の合間から少し見えた。

 それは若い男だった。僕達より少し歳上の、服装から戦士というより魔法使いだろう。そして、その背には土気色の肌をした別の男を背負って居た。

 一瞬、魔法使いの男と目が合う。意図的にこちらに向かっている。明らかにこちらの事も認識している。そして、荒い呼吸をした男が藪を割って姿を現す。

 その頃にはもう一つの大きな気配の姿も見えた。巨大な体躯のそれは一見すると熊だ。しかし、その背後で揺れる細長い尾は鱗に覆われ先端に毒液を滴らせる蛇の頭がついている。複数の動物の頭を持つ魔物。合成獣と呼ばれるものだ。魔獣の中でも一般的で良く知られているが、同時に組み合わせによって対策が異なる厄介な相手だ。

 基本的に群れを作らない、というか組み合わせが異なると互いに異種とみなすらしい。小型の物は何度か遭遇した事はあるが、こんな大物ははじめてだ。

 これは不味いかもなぁ。


 魔法使いらしい男が僕の横を通り過ぎる。息を切らせ声もかけられないが申し訳無さそうな視線をこちらに送る。

 そしてそれを追って熊の合成獣が飛び出してくる。藪を掻き分けるように突き出された右前足。鋭い爪が太い腕の先についている。その付け根。人間で言うなら小指を切り飛ばす様に一振り。毛皮を吟味するように、しかし迅速に振り抜く。

 前足の一部を切り落とした。そこで熊の目線が僕に向く。強い敵意だ。これが野生の熊なら混乱して逃げたりすることもあるかもしれない。しかし魔物はそうはいかない。明確な他の生物への悪意、害意をもち、それらは自己の命より優先される。こいつらはそういう存在だ。意識がこちらに向いた。直ぐに僕へ標的を変えて飛びかかってくる。こちらも横に回避する。

 幸いなのはイヤスエに見せられた着流しの剣士のそれより脅威を感じない事だ。虚実もない。

 避けながら胴体へ一太刀浴びせるも硬い毛皮に阻まれる。末端でなければ半端な攻撃は通じない。

より集中し、右前足の薙ぎ払いに合わせて斬り込む。しかし、軽い手応えと共に剣が折れる。

姿勢が崩れた所で熊の牙が迫る。潜り抜けるように避けるも肩に何かが引っかかる。尻尾の蛇頭が服に牙を立てていた。幸い毒牙は服の下の鎖帷子に阻まれたが、こちらの動きが制限される。折れた剣に残った刃で尻尾を斬りつける。半端に切れ込みが入った所で無理矢理引きちぎり何とか距離を取る。

 同時に収納からイヤスエを出して構える。

さっきまでの剣と異なり使い慣れた様な馴染む感覚。イヤスエも獲物を前に昂ぶっているのか。対人でない獣相手の剣技がイヤスエから流れてくる。その動きは間違いなくサーダ家に伝承される技の派生だった。故に身体は既に知っている。飛び掛かりを避けて横に回る。四足を付いた所で胴を斬る。背骨に触れるか否かの所から肋を避けるように斬り込む。

 熊の合成獣はそんな傷もお構いなしに再度飛びかかろうとするが、力んだ瞬間に傷から内蔵が飛び出す。飛びかかる勢いも大幅に減じられた。そのまま倒れ込み起きがらない所に後ろから傷口へイヤスエを付きこむ。痙攣する熊の体内で鼓動する心臓の感触に刃を通す。手にした剣から歓喜に似たものが湧き上がるのを感じて危険が去ったと実感する。

 どうやら何とかなった様だ。

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