第7話 お兄様5

 周囲の騒がしさに目を覚ます。どうやらぐっすりと眠っていたようだ。周りを見るとみんな慌ただしく動いている。聞こえる会話からどうやら森の奥に配備された部隊の準備も整い戦闘が始まるらしい。一眠りして身体の調子は良好だ。十手の持つ効果で回復も成長も促進される。兄様いわくヤサイ人の様に身体を追い詰めれば追い詰めるほど強くなれるらしい。ヤサイ人というのは星を跨いで戦う戦闘民族だそうな。おとぎ話にある星の勇者の様な存在だと思う。

 少し瞑想し気を身体に巡らせ固まった筋肉を解してから僕も戦う準備を始める。営巣地から逃げてくる小鬼の退治だ。何人かの魔法使いや魔物の使役者が上空から小鬼を探しそれを倒しに遊撃に出る部隊と、小鬼の通りやすい場所に待ち構え迎撃する部隊に別れて行動する。走破能力の低い小鬼は楽な逃げ道を進んで来るだろう。主にそれらを撃退し、はぐれた個体を遊撃隊が倒す。僕は迎撃部隊の後方に配置された。

 そして、戦闘開始の合図代わりに遠く森の中に巨体な黒い魔力の塊が現れるのを見た。

 極大黒星と呼ばれる最高位の攻撃魔法だ。周囲のあらゆる物を飲み込み光さえ飲み込み全てを文字通り闇に葬る魔法。少し遅れて現れた黒星に向かい強風という形で空気が吸い寄せられる。これにはさしもの王種といえどひとたまりもないだろう。

 それでも全ての小鬼を飲み込む事は無かった様で、黒星が消えて暫くしてから小鬼の群れがこちらに何度か現れた。

 後方にいた僕の出番は少なかったが、途中猪に乗った上位種が前方の部隊を突破してきて剣を抜く機会があった。突進してくる猪の進路を避けながら、上の小鬼を斬り、返す刀で猪を斬りつける。向こうが部隊を突破した直後で姿勢を崩していたこともあり、上手く倒すことが出来た。イヤスエも血を吸って何処か満足気だった。

 その後、群れが来なくってから疎らに小鬼が確認され、遊撃隊を増やして対応。そこでも小鬼と戦う機会があった。

 そうして特に大きな危険もなく、小鬼の殲滅作戦は終了した。

 他の場所でも被害はあれど死者は出ること無く作戦は大成功に終わった。

 

 そして再びいつもの日常が帰ってきた。

 今回の作戦で何よりの成果は書記系統スキルの大幅な成長である。もう今迄のギルドの仕事量では物足りない。大分余力を残して日々の仕事を終えられるようになった。その分受付に立つ時間も伸びるし取れる休日も増えた。今は2連休を取れている。ギルドの賃金も増え、今回の小鬼討伐の参加報酬もあった。そしてお金でない成果として、ギルドの先輩達と親しくなれた事も大きい。

 中でもヘンリーさんは良く仕事に誘ってくれて、街のギルドでの暗黙のルールやマナー等、教わらねば身に付きにくい知識を教えてくれた。ノシナの街に馴染めて来たと実感する。そんな様子を副支部長のクニフさんも笑顔で見守ってくれていた。


 小鬼の討伐の後、色々と解った情報がある。先ず大規模な群れには王種が複数おりそれらの上位種の皇種という非常に珍しい存在がいたそうだ。ここ迄至ると元は小鬼といえど歴史に記録される魔王と呼ばれる者に肩を並べる脅威となり得る。なんと驚いた事にこの皇種の個体はあの極大黒星の魔法を下僕を守りながら耐えきり、反撃してきたという。これにはさしもの官民合同の精鋭部隊といえど苦戦は必至と思われた。

 実際に営巣地に入っていた部隊を蹴散らしながら、近くに布陣していた極大黒星の魔法を使った宮廷魔術師率いる部隊目掛けて攻め入って来たらしい。

皇種率いる王種に匹敵する小鬼の上位種の群れに囲まれ、魔法部隊が窮地に陥った時に、今回の作戦の立役者である兄様の部隊が救援に駆けつけ、魔法部隊の退路を確保し、撤退を支援。さらに殿になった兄様が皇種含めた並み居る強敵を単身で討伐したそうだ。

 宮廷魔術師となると所属しているだけで貴族位を得られる部所だ。今回の討伐作戦はその規模から国も力を入れており精鋭を派遣している。当然そうした人材の地位は高い。

 そうした人達の目の届く範囲で獅子奮迅の働きをした兄の評価は当然高くなる。しかし、我が家サーダの家は元々建国から国の為に剣を振るう武術集団を率いる家系だ。

 兄はこれこそ我が家の存在意義であり建国前に王家の祖先に課せられた指名を果たしただけと、追加で提示された報酬を固辞したらしい。

 家の名声だけが上がっている。本来は家を出た僕がすべき役割なのだが流石は兄様だ。

 今や救国の英雄として話題の中心におり、街でも吟遊詩人が兄様の事を歌っているのを耳にする。

 詩の内容は助けた宮廷魔術師の中の女性と、その護衛にいた女騎士に懸想されているらしいが、許嫁がいるとして靡かぬ誠実さを見せているらしい。

 父も妾をもっているし、ツキノさんも合わせて3人位はなら貰ってしまえば良いのにと思う。


 そんな話を聞きながら仕事をこなしていくうちに、評定が8位から7位に上がった。同時にヘンリーさんも6位から5位に上がった。更にハーモが調合のスキルを身に付け薬師として一歩前進。僕も周りも順調な暮らしだ。この日は評定の昇進とハーモのスキル習得を祝いに3人で少し贅沢な食事をした。

 そこでヘンリーさんが少し固い表情で話を切り出す。


「こんな目出度い席で言うのもどうかと思ったが、近々ノシナを離れるつもりだ。」

「という事は次の依頼とパーティーが決まったのですね。」


ハーモが嬉しそうに言う。ヘンリーさんは評定が上がった事で受けられる依頼の質が大きく変わった。6位と5位にはそれだけの壁がある。5位からは上級のギルド構成員扱いだ。個人の能力だけで無くチームを率いたり、国を跨ぐ様な依頼を受けられる様になる。一生5位に上がれない人間も少なく無い。社会的に一角の人物と認められたのだ。

 そうなると必然的に1つの街に留まる事も少なくなる。


「おめでとうございます。ヘンリーさんが更に活躍すればその教えを受けた僕等も鼻が高いですよ。」

「セイは直ぐに追い付いて来そうだがな。まぁ副支部長がお前を他所に譲るとは考え難いけどな。」


 ただ街を離れる事でなし崩し的に組んでいた僕とハーモとのチームは解散となる。それが少し心残りの様子だ。

 その気持ちを吹き飛ばすように僕とハーモで新たな門出を祝い、この日は初めてお酒も飲んではしゃいだ。気功術で無意識にお酒は無害化されて、酔っているのは分けるけど一定以上酔わない感じだった。ハーモは飲むと鼻歌をずっと歌って上機嫌な様子だった。ただこちらの声は聞こえていない様子だ。

 そんな夜を過ごしてから数日してヘンリーさんは新たなパーティーと共にノシナを発った。


 そうして周囲の環境が変わる中、朝の鍛錬の時に異変は起きた。

 イヤスエを構え抜きはしないものの精神をと研ぎ澄ますと、視界の隅に不自然に一人の男性が現れた。着流しで長身。長髪後ろにまとめ粗野な印象を受ける顔立ちの人物。現れ方も不自然だが何より不自然なのは男が肩に担ぐ様に持っている剣だ。どう見ても僕の持っているイヤスエと同じ物だ。男は周りの景色に驚く様に辺りをキョロキョロと見回している。何故自身がここにいるのは理解出来でいないかのようだ。そして僕と目が合う。僕の腰にあるイヤスエに目をやり得心した表情を浮かべ僕に向かって人懐こい笑顔を向ける。刹那男が一瞬で間合いを詰め気が付けば鞘から抜かれていたイヤスエが一瞬見えた。


 そこで目を覚ます。立ったまま眠っていたかのような錯覚。首から方に残る死の感触。殺された。死を自覚させられた。

 何が起きたのか感覚的に理解できる。かつてのイヤスエの持ち主。イヤスエに記憶された持ち主の幻影だ。そして僕と立合い、僕が負けた。気功にして体内にあった魔力がゴッソリと失われている。もし気功術を使えなければ命の危険もあったろう。死なずとも、イヤスエに肉体を乗っ取られたろう。

 そして翌日も幻影は現れた。

 それから毎朝、着流しの男に殺された。2度、3度と見れば最初の一太刀は躱せたが当然それで終わらない。しかも向こうも僕を記憶している様で、避けられる事が増えると、そもそも一太刀目から動きが変わってくる。正直朝からこれは消耗が激しい。お陰でギルドの仕事もあまり余裕が無くなってしまった。何より危険だ毎回確実に一瞬でも失神させられている。

 身の危険を感じたので次の休みにイヤスエに変わる長剣を買いに行く。切れ味は自分の技量で補うので、使い勝手がイヤスエに近く丈夫な物を見繕った。イヤスエは収容空間に収めておく。剣を探すと同時に他の装備も見繕う。ナイフと十手を脇に固定出来るベルトを買った。上からギルドのジャケットや胸当てをつけられるので気に入っている。

 また化粧水等を買い足した。ハーモから貰う以外にも口の中を洗う用の冷たい刺激のある薬等も買った。寝る前に使うと、朝起きた時に口内がシャバシャバしない。また高い固形石鹸を買った。水に少し漬けてその水で身体を流すと凄くさっぱりする。髪を洗っても良いらしい。普通の石鹸で髪を洗うと痛むのだとか、買った時に説明されて初めて知った。

 そうした買い物の結果なのか、最近は受付の時に僕の所に来る人が増えた。また先輩の受付担当にも身綺麗になって良い事だと言われた。


「セイ君に作ったついでに自分でも使ってみたけど、このニキビ治療の化粧水は良いね。この間一緒に仕事行った時に使わせて貰った石鹸も。傷や病気を治す薬だけじゃなくて、生活に役立つ薬というのかな。興味深いね。」


そういうハーモの肌も最近綺麗になっている。採取する薬草もそうした、薬の材料が混じって来た。彼の識別スキルなら材料になるものの区別が付くので、予定に無い物を見つけて採取する事も増えた。忙しいけど充実していると実感出来た。


 その日も何時もの様に事務の傍ら受付の窓口に立っていた。大体のギルド利用者の顔も覚えて来たので、初めて見る顔に視線が止まった。

 僕やハーモと同じ位の年頃の少年少女の二人組。明るい茶色の短髪がパーマなのか乱れているのか、跳ねている少年と桃色の髪と瞳の少女。この様な髪と瞳の色は特定の属性への魔法の適性が高い人によく見られる。二人共似たような安そうな旅装束に見を包み物珍しいしそうにギルドの建物の中を見回している。

 そんな、あたかも田舎から出て来たお登りさんといった様子の二人は他の窓口に立つ歳上の受付さんに気後れしたのか僕の所にやってきて、ギルドの登録を申し出た。

 見た目の通り二人はノシナから少し離れた所にある農村から出て来たばかりで、年齢も僕とハーモと同じだ。少年はベルク、少女はリアという名前。リアは見ての通り魔法の適性があり、ベルクは戦闘に向いたスキルがあった。村はあまり裕福では無いらしくスキルを得たら出稼ぎに出る子供も多いらしい。

 こうして一緒に行動するほど仲の良い幼馴染といった様子で少し羨ましい。僕は家を出るまで歳の近い子供は、兄様の座学の時に合う程度で親しくなれる相手が居なかった。だから少し羨ましい。

 ベルクは9位、リアは8位で登録された。


 新しい友人になれることを期待している。

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