第6話 お兄様4

「隣のサーダ領の次男が下野してこの町に来ているって噂はやっぱりセイシロウ君の事なんだね。でもまさか国の選抜者のみが学べる流派を知る君がギルドの受付をしてるなんてね。」

「受付は少し手伝ってるだけだよ。朝と夕方の忙しい時間だけで、後は奥で書類仕事がほとんどだよ。」

「それでも凄いよ。書記系統のスキルが無ければ仕事にならないって聞くよ。」

「書記スキルから得られる身体の精密な操作能力が技を磨くのに役立つと教わったからね。覚えさせられたんだ。」

「教わってスキルが得られるのが凄いよ。僕なんか識別のスキルくらいしか持って無いから。」


 そんな自己紹介も兼ねた話をしながら街を出て暫く歩く。短く切り揃えられた金髪に、僕より少し背が低く華奢な印象の少年。ハーモの背中にはかなりの容量の背嚢が背負われている。中身の重さを軽減する魔法の鞄らしい。街で魔法薬を作っている錬金術師に弟子入りしてその人から借りている品だという。

 薬草の採取依頼は街のそうした錬金術が合同で出資している物もあり、弟子の修行と賃金を兼ねた物となっている。そうした依頼はその背景から受けられるのは錬金術師からの紹介があった者とその仲間に限られ、報酬も相場より少し割高だ。

 ハーモは識別のスキルしか無いと言うが、僕が知る限り識別はかなり珍しく、その評価も高いスキルだ。習熟すれば薬師なら調合過程や出来上がった薬の効果や状態が判別出来て、品質向上に役立つし、探索などでも魔物や野草の判別等で役立つ。調合のスキルが無くてもある程度のまでは薬の調合は可能であり、彼ならば安価だが高品質な薬を作る素養が既に備わっている。もしハーモが生産系統のスキルを得たらなら既存のレシピの安価な代用品を見つけ出せる可能性がある。そうなれば彼は一般人ではいられず貴族位を得るなり高い社会的評価と地位を得るだろう。将来性の塊だ。そうした打算も込でも仲良くなりたい。


 暫く歩き森に入る。ハーモは迷わず足を進める。どうやら良い採取場所を知っている様だ。僕は周囲を警戒しながらハーモの指示に従い先行し安全を確認する。今のところ小鬼やその他の危険な動物の気配は無い。道中、ハーモが食べられる果実を見つけて採取していた。小さいが甘い果汁が喉を潤し美味であった。

 そして森の中で倒木により開けた場所に出る。そこには日光が樹木に遮られず、地面から背の低い草が一面に生い茂っている。


「なる程、これは薬草も生えていそうだね。」

「そうなんだ。それじゃあ僕は採取に集中するから、周りの警戒をお願いね。」


彼の言葉に頷き僕は倒木の周りを周回しながら辺りを警戒する。特に危険の気配は感じられない。

少し気を抜いて周囲を好奇心で観察する。故郷の山と生えている植物は同じ物が多いが、見たことの無いものもある。ふと倒木の陰に見知ったキノコを見つける。大きく傘が開いていて全体的に分厚い。

 その傘をいくつか採取する。


「そのキノコ、毒は無い様ですけど固くて食用には適さないのでは?」

「薬の材料にもならない感じ?」

「滋養は少しありそうですけど、もっと柔らかくて食べやすくて滋養のあるキノコが市場で買えますよ。」


 僕の行動にハーモは首を傾げるが特に止めはしない。

 

 そうして互に干渉はせずするべき事をしながら時間が過ぎる。特に外から何かがやってくる事もなく。時折小型の動物が通り過ぎる気配があった程度だ。

 そんな中でふと、倒木の付近の草むらから何かが動く気配を感じる。少し大きめだ。狐か山犬かそれくらいの気配だ。


「ハーモさん、何かいる。倒木から離れて下さい。」


 僕が声をかけるとハーモは慌てた様子で従ってくれる。気配はその場から動いて居ない。一息に鞘をしたままのイヤスエで気配のする場所へ一振り。何か弾力のあるものを打ち据えた手応えあり。

そのまま打ち上げる様に追撃。草の中から跳ね上がってきた来たのは子犬程の大きさの乳白色の芋虫だった。

 手応えは仕留めた感触は無い。落下した場所へ今度は刃を抜こうとしたところでハーモから待ったがかかる。


「こいつは生け捕りにして師匠へのお土産にしたい。」


虫型の魔物の幼虫は危険性が低く薬師にとっては希少な素材の塊なのだとか。生体からしか採取出来ない物もあり、その為に飼育する事もあるらしい。生け捕りの依頼も出されて居るが、捕らえた生体は依頼を出した者達で順番に品を貰っているそうだ。つまりここで自分達が生け捕れば順番を気にせず持ち帰れるわけだ。ハーモは背嚢から生け捕りにした魔物を入れる袋を取り出し、僕が打ち上げた魔物をフクロに詰めて封をする。


「セイシロウ君、予定変更だ。薬草はもう良いから帰ろう。」

「わかった。それで報酬はどうなるの?薬草はそこまで回収出来たわけでは無いけどギルドに届ける?」

「今日は急いで師匠の所にコイツを届けたい。その時に協力者として君を紹介して報酬は相談する。大丈夫。この魔物を渡せば薬草の採取より多くくれるよ。」



自信有りげなハーモに従い、街に戻りハーモ学ぶ薬師の工房兼店舗にお邪魔する。

 結果としては大いに歓待され予想以上に現金を得られた。また以前、別の薬屋で買ったニキビに効く言われた化粧水と同じ物がここでも作られて居ることを知った。


「ハーモ、これ作れる?」

「まだ売れるレベルでは無いけど一応は。僕の練習品で良ければ差し上げますよ。」

「貰うのは気が引けるから、安く売ってくれると嬉しいな。」

「こちらとしても、それは嬉しい話です。」


 こうして街の薬師と縁が出来た。その日は時間もあったのでそのまま店舗の方で経理のお手伝いをした。ギルドの事務に比べると規模が格段に小さいので楽な仕事であった。店舗の方を預かる薬師の奥さんから帰り際に明日は朝から来てくれと冗談を言われたので、笑顔で流した。

 


 そんな平和な日々を過ごしている中でも僕の関与の無いところで世界は動いている。

 その日、事務の仕事の傍ら受付に立っているとき、見知った顔がギルドに入って来た。

 入って来た兄は受付に居る僕を少し見て、驚きを露わにする。そして他の受付窓口には行かず僕の所やってきた。


「セイか、随分と垢抜けたというか。それにギルドで仕事をしてるとは聞いて居たが、まさかこういう意味で仕事をしてるとはな。」


 かなり驚いた様だった。そして兄様は隣の受付さんに書類を渡し、一緒に来ていた門下生達と応接室に案内されていった。


 その後、ギルドに緊急の依頼が張り出される。

 内容は小鬼の営巣地の殲滅。国とギルドの上位者、そしてサーダ領の精鋭が協力し大規模な営巣地の包囲作戦の準備が出来たという事だ。

 大まかな作戦としては、今迄行ってきた小鬼が巣分かれして拡散するのを防ぐ索敵と討伐。そしてこれからは軍の人員を使っての完全包囲と精鋭による大規模攻撃だ。攻撃能力の高いスキルや魔法を使える精鋭に寄って一気に営巣地を強襲。逃げ出す生き残りは包囲した軍が。そして激しい攻撃を生き残った上位種を大規模でないか、個々の戦闘能力の高い精鋭によって各個撃破という流れだ。兄様率いるサーダの門下生達は各個撃破の役目を受け持つ。


 この作戦は小鬼を逃さない為の人員が兎に角多く必要になる。当然ながらギルドに入りたてでまど評定の低い僕でも駆り出される位には人手が欲しい。一部の特例を除き、ギルドの登録者は全員駆り出されたと思って良いだろう。

 僕はと言うと、街から離れた森の中の開けた場所に設置された官民合同部隊の天幕の下で、相変わらず書類作業である。昼夜を問わず。物資や人員の管理のため、それも国の税金が投入それているために、それはそれは細かい作業が多く。一層激しい戦場だ。

 ここに来て多分二日だ。気功術で回復しているはずなのに疲れが抜け無い。初動の忙しさのピークが過ぎ、急場しのぎだが、体制が整い漸く休みのために天幕から出てきた。

 ちょうど昼食時の様で、食事が配られている。匂いに誘われるようにフラフラと歩いて行くが、覚束ない足取りは足元の小石に躓き転びかける。


「おっと、危ねえ。」


そんな僕を支えてくれたのは厳つい顔の大男ヘンリーさんだ。でもこの人、僕が天幕で寝泊まりすることになったときに、こんなガキに使わせるより、俺達戦闘員に天幕を使わせろと抗議して来た記憶が。


「悪かったな坊主、あの天幕の中がどんな修羅場だったのか知らなかったんだ。」


 心底心配するような声で話しかけながら、僕を食事の席まで運び料理を取ってきてくれた。


「まさか、まる二日以上も飲まず食わずで書類と格闘させるなんてな。あの天幕がそんな所とは知らなかったんだ。あいつらを見るまでは。」


ヘンリーさんの視線の先には国から軍ともに派遣されてきた文官達が休んでいる。皆、疲労がありありと顔に現れている。


「天幕で休んでると思ってたのにあんな様子で出くるから、気になってた中を覗いたら、あれなら外の方が遥かにマシな有様だったよ。」


 ヘンリーさんから貰ったスープは美味しかった。

 食べて少し瞑想し疲労を癒して天幕へ戻る。


「もう、戻るのか?ちゃんと休まなくて大丈夫か?」

「心遣いありがとうございます。もう一息で作業も落ち着いて休める様になるのでそこまでは頑張らないと。」

「そうか、なら外の事は気にせず頑張れるように俺も気張らないと。」


 ヘンリーさん、強面だけど良い人だなあ。ギルドでは評価は6位。新人抜けてから長年伸び悩んでるし、素行も良い話は聞かないけど話してみると良い人だった。

 ヘンリーさんに限らず他の年長者も優しい視線を向けてくれる。皆良い人達だ。


 実際の周囲の考えとしては、最初は本気で不満を持っていたが、基本的に事務的な作業を苦手とする者達が戦闘員となる背景もあり、歓迎の空気は無かった。しかし最初の晩に天幕の明かりが消えず、夜の静寂に小さくペンの音が絶え間なく聞こえてきて、こっそり覗けばずっと仕事をしている。交代で夜の見張りをしてその様子が一晩中続いた事が知れると、不満は同情に変っていた。物資の目録等が作られる様を見たのも合わせて特に若いセイシロウに対して同情的な者が増えたのだった。



 翌日、ようやく最初の忙ししさを乗り切り、天幕の外で訓練をうけたり出来るようになった。小鬼の包囲にはまだ森の奥の方の部隊が準備出来ておらず、こちらはその配備待ちである。僕も凝った身体を解しながら型の練習をする。今回十手は懐にしまい人に見えない様にしている。イヤスエは正直古いし見栄えもしないが十手は見る人が見れば価値が判る。かと言って鎖帷子の収納空間に入れるとそれはそれで見られると目立つし、収納すると恩恵が受けられない。分不相応な道具はトラブルの元だ。


「なぁ、坊主。その剣、明らかに打ち損じの魔剣だろ。何でそんなもの使ってるんだ?」

「家では同じ型の普通のを使って居たのですが、出る時に持ち出せたのはこれだけでして。」


ヘンリーさんに聞かれたので嘘をついた。するとすんなり信じてくれた。

 魔剣。我が家に継承されるユキムラを始めとした霊剣も含まれる。普通の剣には無い特性を持つ強力な武器だが、打ち損じと呼ばれる失敗作は使用に大量の魔力を消費したり、むしろ弱体化する事も多い。イヤスエはそうした品と見られている様だ。

 誤魔化しながら話をしているとどうやら気功を通さないと抜けず切れ味もナマクラと思われている。気功術が使える僕だから辛うじて使用に耐えるが、普通なら二束三文にもならない。

 そして魔剣の特徴として一度魔剣として作られると打ち直しに影響することだ。

 名のある魔剣が折れた時に打ち直し二振りの新たな魔剣に生まれ変わるというのは少なく無い話だ。ただし、それは名剣に限る。名剣は打ち直しても性能等が引き継がれ名剣のままなのだ。同様に打ち損じの不燃ゴミも悪い所が引き継がれ品質の悪さは変わらない。

 イヤスエ、お前も一応銘のある剣なのに見くびられてるなぁ。まぁ盗難の被害に合いにくいので悪い事ではない。『盗賊も置き捨てる打ち損じ』とは偶に耳にする言い回しだ。

 金と知識のない若者が魔力を感じられると打ち損じを買って苦労するのはよくある失敗談なのだ。


 そうして年長者とも打ち解けて、その流れで気功術で疲労回復等をしていたら、更にチヤホヤされた。だけどそこに国の文官が混じり彼等の疲労を回復させたことで半ば強制的に国の天幕に連行されひたすらに気功術で回復をさせられ続けた。

 開放され天幕から出た頃には丸一日経っていた。

 士官はいつでも受け付けるとギルドカードに何か魔力を込めながら言われたがよく見て居なかった。

 なんだろう精魂果てたとはこういう感覚だろうか。目の焦点が定まらない。周りの視線が気になるので手鏡で顔を見れば、目の下に濃いくまが出来、生気の無い顔があった。疲れたなぁ。呟いたつもりが口は動かず声も出ない。近くの木の根元に座り込み目を閉じるとあっという間に意識は途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る