第5話 お兄様3
何やら受付の方が騒がしいくなり男、ラウは視線を向ける。ギルドの事務というある意味戦場にあり激務に忙殺される日々から、こうして後ろを振り返る余裕が出来たのは最近入って来た新人のお陰だ。
何処で学んだのか知らないが、書記系統のスキルを多く持ち習熟度も高い少年。室長でもある副支部長が冗談で、そんな子どもがギルド登録に来たら養子にしてやると言っていた。そんなご都合主義の化身の様な子どもが、半月程前にギルド登録しにきたのだ。受付の娘が困った顔で副支部長に報告し、少年故の素直さに漬け込まれ見事にギルドの事務員として席を用意された。
スキルはあるので最初から仕事を回させ最初は混乱していたが、最初の休日を挟んでからは慣れてきたのか、こなせる量が増えていった。昼休憩の時に目を閉じて仮眠をしてるのかと思ったら気功術が使えるそうで、気功で疲労を回復させていた。しかも若いからなのか成長が早い。二度目の休日を挟んでから明らかにスキルの習熟度が上がった様子だ。気功術でもって疲れ知らずなのも変わらず。
副支部長は冗談抜きで養子にしそうな様子だったが、彼の身元をみたら隣な領地を治めるサーダ家の次男と来た。恐らく貴族としての英才教育を受けて来たのだろう。貴族の大変さが伺える。サーダ家の独特の家訓により下野した訳だ。流石にその身分となると副支部長も養子にするには気が引ける様であった。
そして先日はラウに対して気功術の練習相手になってくれと少年は頼んで来た。回復の為に気功術を使っていたら成長して新たな術を覚えたらしい。自分が触れた相手の魔力や体力を回復させ疲労を癒す術出そうだ。気功術は誰でも使えるが熟練に時間を要する。彼には才能があるのだろう。
血統主義の貴族が威張り散らすのもこうした才能ある者だからかもしれない。
少年が何故自分にそんな練習相手を頼んだのか。理由は事務所で働く男がラウと副支部長しか居らず、その日は副支部長が不在だったからだ。
触れた相手を癒すのだ。女性に頼むのは照れや恥じらいがあったのだろう。本当に疲れが取れるならと承諾し、彼の新たに覚えた気功、快生功を試して貰う。その効果としては触れた所から暖かい熱が入って来て身体を解してくれる感覚だった。確かに疲労感は薄れ、何より肩や背中の凝りと目の奥の重い感覚が和らいだ。これには苦笑いを浮かべるしか無い。副支部長が知れば、恐らく秘書として自分の専属にするだろう。
それからは昼の休憩時に彼の気功術の練習に付き合っていた。お陰で仕事も捗っている。
受付を振り返ると件のセイ少年が珍しく慌てた様子で受付に話している。そして渡された用紙、恐らく依頼に関する報告書に何かと記載している。年中無休のギルドだが事務員は交代で休日をとる。今日は彼は休みだった筈だが、疲れ知らずで勤勉なのも考え物だ。
しかし、彼の報告書の内容が回ってきてそれも考えを改める。
報告内容は4匹の小鬼を討伐したというもの。しかし一点だけ異常な事がある。
「雌が一匹いた?」
小鬼の雌は非常に珍しいが存在はする。しかし、それらは大規模な群れに一匹いるかいないかという話だ。しかも群れで非常に大切にされる存在だ。たかだか4匹の群れとも言えない数に紛れて居ることは先ず無い。しかし、とある場合にそれは発生しうる。
「巣分かれしたのか。雌が」
小鬼の巨大な群れが出来たときに、巣分かれが起きる。その時に雌も群れを離れる事があるのだ。メスが複数居るほどの巨大な群れが出来ている場合にだ。規模としては数千から万に至り上位種も確実に存在する。それこそ王と呼ばれる個体が率いる群れの可能性が高い。少年の報告はそんな群れが近づいていることを示唆するものだった。
雌の死体も持って帰ってきたらしい。これは忙しくなるとラウは他人事の様に天井を見上げるのだった。
わかっていた事だが大事になった。流れてくる書類を捌きながら、考え事をする余裕はある。
僕の報告を受けて町は近隣の街や村、更には国にも協力を依頼して大規模な掃討計画を立てている。何と驚いた事に、この小鬼の大発生をサーダ領の次期当主、つまり兄様が予見しており、群れの営巣地まで発見していた。
町からも調査隊が出て、調べた結果、少し離れた山中に大規模な営巣地を発見。予想通り王種の存在を確認した。そして群れの中に腐肉獣を複数確認したという報告を受けた。
腐肉獣というのはアンデッドの一種であり、生前の姿を失った状態でゾンビ化した獣と表現するのが近い。自身から動いたり人を襲う事は無いが無限再生する腐った肉の塊は小鬼の様な魔物の食料や伝染病を媒介する原因にもなる。
今回は腐肉獣により食料事情の良くなった小鬼が一気に増えたわけだ。
そしてこの腐肉獣。発生原因は諸説あるが、魔王と呼ばれる様な強大な魔物の出現の前兆であることは歴史が証明している。
「兄様が言っていた国の危機ってのはこのことかぁ。」
周囲の大人達が何処か不安そうな空気を出す中、僕が落ち着いていられるのは兄がこのことを予見していたからだ。兄様は対策はしてあると言っていた。それは何より信じられる頼もしい言葉だ。
そんな中で僕にギルドから初任給と共に様々な書類が渡される。一月もほぼ毎日事務に携わっていたら、何となく書き方もその書類の意図もわかってくる。
今まで宿の部屋を借りていたが、ギルド近くの長屋に僕の部屋を手配してくれる様だ。もっとも家賃や諸々の費用は給料から天引きとなるし、部屋の掃除や料理などの家事は自分ですることになる。
特に荷物のない僕には引っ越しは簡単に終わる。正確には収納空間に荷物を詰めているのて手荷物になるものが無いというのかな。
その初任給から毎日の食費等を残して余ったお金が僕の自由に使える物となる。先日の小鬼退治でも報告内容が重大だった為、追加の報酬があり、少し手に余る額だ。贅沢をしてみようと思うが特にこれというのが浮かばない。屋台巡り等も思いつくが、故郷では他の門下生と当番で自炊をしていたのもあり、食べ歩きより作りたい欲求がある。しかし休日以外は自炊する体力と時間を残せない。
そんな休日にふと目に付いたのは理髪店の看板だ。確かに髪は伸びてきた。
少し緊張しながらドアをくぐる。中では妙齢と言える年頃の女性が珍しい物を見るような視線を僕に向けてきた。
他に客は居ないようで促されるままに鏡の前の席に座る。鳶色の髪と同じ色の瞳。鏡に映る自分を見るのはいつぶりだろう。
「アンタこういう店は始めてかい?」
「はい、鏡を見るのも久しぶりです。」
「だろうね、男でこういう店に来るやつは珍しいよ。来ても中身の無い奴が多い。」
「そうなんてすか?」
「ああ、そうさ。男なら見た目より先ずは能力だ。稼げる様になってからって男は多いからね。そして稼げる様になったらこんなチンケな店には来ないもんさ。」
自虐混じりの話に苦笑いだ。
「でもね、見た目を取り繕うのだって悪か無いさ。アンタみたいに若いのはこれから詰め込めば良いからね。まぁ任せときな。男を少し磨いてやるよ。」
そう言われて後は身を任せるだけだった。
気が付けば鏡には别人が映っていた。髪の色と瞳の色から自分だと判る。こうして見ると兄様と結構似ている。少し僕の方が目尻が下っていておとなしい印象を受ける。また幼い印象も受ける。
「まだまだな所はあるけど将来性は十分だね。ただこれに満足して、磨くのを怠ると直ぐに曇っちまうよ。」
そこからは本当に話が進む。最低限の髪を整える櫛と手鏡位は持てと、店主に紹介された雑貨屋へ向かい勧められるままに、折り畳み式と手鏡と櫛を購入。櫛は色々な素材や装飾のものがあったが、飾り気の無い丈夫そうな合金の選んだ。これが以外にも掘り出し物で気功術への親和性が高く、髪を梳かしながら回復功や快生功を使うことで髪の質を回復させたりする事が出来た。今は亡くなった鍛冶師が手慰みに作って二束三文で売った飾り気の無い地味見た目の品らしいが、恐らくその鍛冶師が気功術の使い手だったのだろう。それなりの使い手が持てば直ぐに判ったのだろうが、それなりの使い手が少なく、それなりになる頃にはこうした品を改めて欲する事が無くなるものだ。故に売れ残っていた。
そこから雑貨屋に紹介された服屋で自分に似合う服を見繕って貰う。ここが一番出費した。
最後に服屋に紹介されて薬屋へ行く。何を買わされるのかと思えば、小さな小瓶に入った透明な薬を買わされた。寝る前に1滴水で薄めて顔に濡れという。
「ニキビの治療薬と思いな。」
店主に言われて迷わず購入した。最近少しだが、額の隅に出来て気にして居たのだ。怪我と違い気功術でも治らず、かと言って潰すのも躊躇われた。だが異物感の様なものがあり気になって居たのだ。
そうして気が付けば半日で使えるお金は消えていた。ちなみに小瓶の薬で洗顔してた翌朝にはハッキリわかるほどニキビは小さくなり、その翌朝には消えていた。肌も手触りが良くなった様な気がする。
そんな事があってからギルドではたまに受付の仕事を任される機会が出て来た。そうすると見られているのを意識してしまい。休憩時間や少し手が空いたら手鏡で髪を確認してしまうようになった。
そして受付をすることでギルドを利用する様々な人を目にする事になる。そこからの縁も先々に生まれて来ることになる。
またその流れでギルド職員の制服を支給された。まだ裾をつめているがいつか詰めなくても良くなる事を願う。
「あら、カワイイ新人さんね」
僕をみてそう呟いたのは給仕服の女性。それに対して僕の隣の受付孃が一月程前から働いてる新人だと僕を紹介する。それに合わせた会釈すると笑顔を返してくれた。
街にすむ貴族の所の使用人で雇用の創出兼ねて雑用の様な物も含めて依頼を出すために度々ギルドに顔を出している。
僕は受付が忙しい朝と夕方に受付に立つだけなので、単純な依頼の受領と結果報告の窓口を主としている。なので彼女な応対は慣れた他の職員が行う。
こうして受付の業務もこなすようになると、ある程度の街の人間の顔も覚えてくるし顔見知りも出来てくる。
「今度の休みに一緒に依頼を受けないか?薬草の採取に行きたいのたけど、最近は小鬼の事で危ないからさ。」
「君が採取に集中してる間に、僕が周囲の警戒か。」
「小鬼の討伐の報酬は君が全部取って良いよ。採取の方の報酬は半々でさ。悪い話じゃないだろ?」
「小鬼の報酬もこみで半々で構わないよ。」
同じ年頃の少年に誘われる。僕が休みに依頼を受けているのを見て気になったそうだ。
小鬼掃討計画は進んでいるが、まだ実行はされておらず、その間に街の周囲に現れる個体数が増えている。周知されて皆が警戒しているので大きな被害は出ていないが、街の近くの森の浅い所で採取等の仕事をしていた若い者には影響が大きい。仲間を募り纏まって仕事を受ける事が増えている傾向にある。彼もそんな少年の一人だ。
そう考えると事務で生活に困らない収入がある僕は恵まれている。鍛えてくれた兄様に感謝だ。
先の小鬼討伐から少しだが僕もイヤスエの扱いの訓練をした。と言っても単純に気功を流して喰わせる事でイヤスエからの侵食を阻止する方法を編み出しただけだ。
また鞘から抜かず棍の様に扱ったり、長い刃渡りを利用して、鞘を半端に抜いて露出させた刃で斬る方法の練習をした。そうした技術もサーダの技体系にあり基礎を教わって居たので、何とか動けた。それを実践投入する時が来たわけだ。基本となる歩法や身体捌きは変わらないので下手な事にはならないだろう。
そして休日。ギルドの制服でもなく、新しく買った服でもない。汚れてもよい古い服を鎖帷子の上に羽織りギルドで待ち合わせる。
「改めて自分はハーモ。今日は宜しくねセイシロウ君。」
「セイシロウ・サーダだこちらこそ宜しく。」
互いに手を差し出し握手を交わす。そして街の外へ歩いて移動する。思えばこれが同世代の人間との初めての外出となる。ノシナの街で初めての友人が出来るかもと、少しの緊張があった。
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