第4話 お兄様2
街!
故郷の里を離れて領地から出て隣の領に入る。ウチの狭い領地との交易の相手でもあり、国内の他の領地とも整備された街道で繋がる交通の要所。兄から貰った十手に体力回復されながら早足にやってきた。幼い頃から修行として野山で過ごした経験もあり、靴ずれや野宿での気温差に苦しむような事は無い。順調な足取りで到着した。
以前来訪したこともあるので迷う事も無い。ただ今回は家との関係は使えないので新たに身分証をつくる必要があった。ただし、街の守衛も隣り合うウチの領地の事情は知っている。兄が後継者として評判も良いため、僕が遠からずこうして一人で街に来ることは予想されていた。事情が知られているので話も早い。
そんなわけで手始めにギルドに向かう。ギルドでは継続的な求人や日雇いの仕事を斡旋してもらえる。そこに登録されギルドメイツになることで身分証も発行される。家とは離れて個人としてやっていくなら最初にすることはギルド登録で間違い無いだろう。
幸いにも人の少ない時間の為、特に待つことも無く受付に対応してもらえた。
文字の読み書き計算は兄に修行の一貫として身に付けさせられている。すんなりと書類に署名する。
「では、こちらの石板に触れて下さい。」
言われるままに石板に手をあてる。鑑定の石板だ。大まかにだが触れている人物の持つスキルや魔法適性。また賞罰の類が解る物だ。仕組みは知らないけど複数の神の恩恵で作られた物らしい。
剣術や書記術、転写、描画、算術、速読と表示されて行く。
「お名前はセイシロウ・サーダ様で、技能は」
石板を見ていた受付さんが言葉を切る。人当たりの良さそうな美人のお姉さんから表情が消えている。
なんだろう不安になる。あ、気功術が表示された。本当に体得出来ていたのか。兄様凄いな。
こうして観ると同世代に比べてスキルの数、特に座学で得た物は多いと思う。不自然に見られたのだろうか。
「少々お待ち下さい」
そう言い残し受付さんはカウンターの奥へ行ってしまう。事務の人達が書類と向き合う中で1番大きな机の座る如何にも偉そうな人に何か話している。あ、偉そうな人がこっち見た。目があった。凄い眼力だ。道場の師範や上位のお弟子さんにも負けない迫力だ。
受付さんが何か書類を渡されて戻って来た。
「ええと、お待たせしました。次にこちらの未記入の紙に、こちらの書類の外枠にある紋様を転写して貰えますか。」
「書記系のスキルのテストですね。わかりました。」
この書類の紋様は見たことがある。色々と文書を作成するときに便利な魔法を付与する一種の魔法陣だ。見様見真似で写し取るのは不可能な代物だが、転写スキルがある程度の習熟するとその効果も含めて転記する事が出来る様になる。そしてそこまで習熟すると精密な身体操作がしやすくなる恩恵が得られる。そうなると剣の修行にも役に立つ。
手早く書き写して、紋様が一瞬光り、効果を発揮している事確認し満足して視線を上げると、張り付いた笑顔の受付さんと、その後ろに満面の笑みを浮かべた、先程受付さんに書類を渡した偉い人が立っていた。
「セイシロウ・サーダ、サーダ家の子だよね。長男が継承者になったから次男が野に下るとは聞いていたけど、君の事だね。」
「はい、僕も兄様から沢山教えてを受けて、尊敬する兄様が無事継承者となった事を誇らしく思います。」
「君に書記術を教えたのは?」
「兄様です。剣を振る以外にも己を高める方法があるのだと、座学も指導されているのです。里の母親達からも好評なんですよ。」
「成る程ね、新たな継承者は歴代でも稀にみる傑物との噂は耳にしていたが、どうやら噂は事実だった様だね。」
兄の凄さを理解してくれるこの人はとても良い人だ。強者は強者を知る。この人も剣に生きていれば名のある剣豪となった様な人なのだろう。剣以外で身を立て、人の上に立っているのが感じられる。
「次はこの書類を見てくれるかな。」
「これは魔導式の書類ですか?」
「判るのか。つまり算術もそこまでの習熟にあると。解いて見せてくれるかな。」
言われるまま、式と数値を記入する。
「ありがとう。これで申請は終わりだ。ようこそノシナの街へ。登録証が出来るまで少し待っていてくれるかな。」
偉い人に言われ素直に従う。待っている間、貼り出された依頼書を見て時間を潰す。小型のモンスターの討伐や薬草の採取といったものから、国境付近に現れた大型のモンスター討伐の依頼までその内容は様々だ。里にいた頃に修行で討伐した事のあるモンスターの依頼もある。だけど、登録仕立てでギルドでの評価の低い僕には受けられそうに無い。
1からのスタートなのだと実感するが不安は無い。それよりもこれからの生活への期待が胸を満たしている。
暫くして受付に呼ばれて登録証を受け取る。渡されたのは十段階ある評価の8位の記載があるカード。
「書記スキルの習得数とその習熟度からの評価となっております。」
評価に付いて受付さんが説明してくれる。最初に貰える評価は最下位の十位から才能のあるものは7位迄と幅がある。いきなり7位の評価を貰えるのはかなり特別だが、高度な教育を受けた貴族の子息が8位から始まるの事は珍しく無い。僕の家も田舎の領地とはいえ貴族ではあるのだ。兄様から高度な教育は受けているので妥当と言える。
それからギルドの設備に付いて説明を受ける。食堂や訓練場、依頼の報告窓口や納品場。何故か先程の偉い人が説明に加わる。クニフという。受付や事務のまとめ役でギルドの副支部長だった。
このギルドでは魔法による書類の管理が導入されており、先程の紋様が付いた書式に記載された情報が特別な魔導具によって保管され、その内容を閲覧、印字、更には記載された情報の計算等が出来るそうだ。この街で登録された情報はリアルタイムで遠くの街のギルドで閲覧も可能だという。
しかし、情報の取り込みには先程の紋様が書かれた用紙が必要であり、効果を残して転写するにはスキルとその習熟が必要。さらに速記等が無ければ一枚作るのも時間がかかるのだと。
「一度登録さえしてしまえば、その後の業務は格段に楽になるのだけどね。習熟した書記系スキルの持ち主は貴族や商会に取られてしまって常に人手不足だよ。」
確かに大手の商会や貴族に仕える文官に求められる技能であるし、どちらもギルド職員より給与面の待遇は良さそうだ。クニフさんの視線が物凄い強い圧を向けている。
気が付けば受付の奥に机と椅子を用意して貰い、渡された書類の転記や計算をしていた。
中には僕の雇用契約書も混じっていた気がする。宿の手配迄されており、あれよあれよとギルドの事務職員としての働く事になっていた。帰り際に今日の報酬としていくらか貰った。宿の支払いは済まされており、当面の生活基盤が整ってしまった。
出だしとしては、良いスタートを切れたと思う。
街に付いて初日の内に仕事も宿も見つかり、順調に思えた。慣れぬ宿の寝台でもよく眠れた。朝は起きてから鍛錬を行う。これは故郷にいた頃からの日課だ。兄から貰った十手の効果で故郷にいた頃より訓練の効率が良い。汗を流し宿の朝食食べてギルドに向かう。そして受付さんに案内されて昨日と同じ席へ。そこからはひたすらに書類作業だ。
これが思った以上に激務である。スキルの効果で何も無いより負担は少ないとはいえ、量も質も半端では無いし、ギルドが利用されればされるだけ仕事が増えていく。これらを止めると依頼の支払いが止まるなど大きな影響が出るので止められない。十手による回復効果があってなお、その日は疲労が残った。翌日も同様で夜は疲れ過ぎて眠れない状態となる。
これには危機感を覚えた。たがそこで助けになったのが十手による気功術の習得補助だ。
気功術での回復を試みて瞑想していると、想像以上に補助効果が大きく、術による疲労回復効果が大きく伸びた。それにより数分の瞑想により作業の疲れをほぼ回復させる事が出来る様になった。
それが働きだして、一回目の休日を挟んでからの事になる。
こうなると今度は余裕が出来てくる。怪我をしない事務仕事ならいくらでもこなせる様になってくる。書記関係のスキルも向上があり激務と感じた仕事を余力を持ってこなせる様になった。任される量も増えたが問題にはならなかった。二度目の休日を迎えた時にはこのままやっていける自信を得ていた。
3度目の休日を迎えた時。僕は何時もの仕事とは別の目的でギルドを訪れた。
いつもは受付の裏に周り奥の事務所に向かうがこの日は依頼の掲示板で足を止める。受けるのは小鬼の討伐。人型で背丈が半分程の小型の魔物だ。野生の猿の仲間ほどには知恵があり道具も使う。しかし身体能力としてはそこまで高くはない。しかし群れを成すため数の脅威がある。そして何より種として雌が極端に少なく他の胎生の動物の腹を借りる習性がある。特に自分たちと姿の近い大型の動物を好んで使おうとする。また性格も残虐且つ悪質だ。最近、街の近くて小鬼が営巣しているおそれがあると報告があり、調査と可能なら討伐の依頼が出ている。
勘を鈍らせない為にも、こうして依頼を受けるも良いと思ったのだ。日帰りで街の近くの森に入るだけだが、油断せず緊張を保ちたいと思う。
小鬼退治は故郷の里でも経験がある。基本的に害獣であり、早めの駆除が求められる。獣道や落ち葉の下に残る足跡を探す。
今回、この討伐依頼を受けた理由は兄から受け取った妖刀の為だ。十手を携えた鍛錬は本当に効率的なのだが、妖刀イヤスエを用いた訓練は気軽に出来るものでは無い。鞘から抜くと持ち主の意識乗っ取ろうとするとか、体よく厄介払いされたのではと思う。
生き物を切れば大丈夫とはいえ、農家で家畜を締めるのに使わせて貰えないか頼むとしても、こんな妖刀で締めた家畜の肉を食べたいかと言われれば自分は嫌だ。
だが小鬼に関しては試し切りに使っても心は傷まないし、食用にもしない。何より喜ばれる。
試し切りに最適と判断した。鎖帷子の収納空間からイヤスエを取り出す。僕の背丈に少し足りない位の長い刀身は抜くだけでも技術が必要だ。鞘に入ったままだと特におかしな感じはしない。
そしてこの鞘がまた特徴的だ。中程に握りが付いており、鞘を付けた状態で剣を棍として使う事が想定された作りになっている。肩紐等と合わせた剣を抜かない制圧術も教わっているが、その使い方を想定された作りの鞘はあまり見たことが無かった。
妖刀イヤスエを携え山道を探る。小鬼は身体能力も高くないので、崖や急斜面を通ることは少ない。藪に分け入る事はあるが、基本的には獣道、普通に人が通りやすいと思う所は連中にとっても通りやすく、もしいるなら痕跡が残っている。
「痕跡があることは良いことでは無いのだけどね。」
程無くして小鬼の足跡を見つける。まだ新しく繰り返してつけられた物でもない。居着いたばかりで数も少ない事が読み取れる。
その足跡を追うと藪の中に小鬼の気配を感じる。密集した低木の下寝床を作って居るのだろう。
集中して気配を探る。気功術を用いてさらに五感を研ぎ澄ませる。気配は4つ固まっている。
何をしているか知らないが纏まっているなら一気に終わらせる。
腹を括り妖刀を抜き放つ。抜き切る前に既に僕に干渉しようとする意志を感じられる。そして気に変換された僕の魔力に触れてそれを侵食、否、喰らい始めた。同時にイヤスエに込められた曾ての持ち主の経験や技術、そして何より怨念ともいえる感情が流れ込んでくる。
兄のが十手を作り渡した理由が解る。気功術が無ければ直ぐに正気を失い意識を奪われるだろう。
なればこそ早く済ませて鞘に収めるのだ。食い尽くされる前に気功を込めた全力の一振りで藪もろとも小鬼の気配を斬りつける。
一瞬、妖刀の怨念と気力が混じりそして、過去の持ち手の技術が僕に宿る。
今の実力に見合わぬ、しかし過去一番研ぎ澄まさせた一振りは狙い通りに対象を両断する。
身体に染み付いた動作で集中を切らさず鞘に戻す。
息を吐き膝から崩れる。
切り裂かれても藪は少し上背を下げただけで変わりない。しかしその下の気配は消えた。
息を整え立ち上がる。
この妖刀は気軽に抜けない。しかし、抜いた時の全能感、全身に漲る力と経験。感じられる強さ。強さだ。家に伝わる霊剣と同じだ。技を継承し使い手を育てる剣なのだ。だが当時に呑み込まれる危険もある。宿る意識達は自分が強くなろうとする欲求が強い。新たな身体を得て、自身をさらなる高みへと昇らせる。それらを気力で抑え込み振るわねばならない。
だが、その一振りで得られるものは大きい。血を求めるのも解る。宿る意識の中に殺戮を求めさらなる血を求めた剣士も少なく無いのだ。
だが抑え込み振るう事は出来た。同時に過去にこの妖刀を扱い呑まれぬ様に技を探った者の経験も一部手に入れた。
兄はこの妖刀を霊剣に昇華させて僕は最強の剣士に至ると聞いたが納得だ。
僕に限らずそれが出来たなら誰でもそうなれるだろう。これはそういうものだ。
しかし、一振りでとても消耗する。一息付いて、藪の中の小鬼の死体を確認する。討伐部位を取れるなら取って稼ぎも出したいし。
そうして藪を漁り、死体を見つけて自分の血の気が低いのを感じた。
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