第3話 お兄様1

 僕が生まれたのは国の中でも田舎と言って差し支えない。農村だ。それほど高くない山の並ぶ中にその山からなごれてくる水が集まる湖があり、その湖から流れる川にそって広がる農村。自然の恵みに溢れ自給自足が成り立ち、産業が村の中で完結している内向的な環境の村だ。そこの長であり国から貴族として認められている家系に生まれた。

 この田舎を治める貴族が我が家系。特に目立つ産業も無い所だが、大きな特徴がある。それが我が家が代々開いている道場にある。

 かつて、初代が建国の際に王と共に戦乱を戦い抜き国を拓く礎となってから、数多の戦乱を戦い抜いてきた。当初は国境を守る位置にあったこの領地も周囲の国を併合するウチに国境から離れた。隣接する領地は嘗ての敵国であったが、時代と共に隣国に現れた巨大な魔物を倒すために派遣されたりと武勇を示す共に友好を築いた歴史を持つ。

 そしてこの道場で学ぶものは、国に選ばれた精鋭のみである。選びぬかれた才能と信頼のおけるものだけに伝えられる、質を以て量を覆す為の技を磨く場所である。

 それ故に内向的ではあるが外部との繋がりは太く、閉鎖的な田舎では無い。


 この日は僕が成人と共にある儀式を受ける日である。

 門下生達の前で上手から父、兄、僕の順に座り先ず父が演舞を行う。使われるのは道場と共に代々伝わる霊剣。剣を使った嘗ての継承者達の技術と経験を全て記憶しているという霊の宿った剣だ。

 父が剣を抜き演舞を行い、次いで兄が父から剣を受け取り同様に行う。兄は既に継承者として認められている。

 そして、僕の番が回ってくる。兄が鞘を完全には付けずに少し高抜いたまま剣を僕に渡す。このまま受け取り兄が手をはなせば鞘は落ちるであろう。

しかし、僕が受け取り兄が手を離すと鞘は地に落ちず刃をそのうちに収める。そして決して抜けることは無かった。そのまま鞘つけ演舞を終える。

僕は継承者として選ばれなかった。それはわかっていた。継承者は兄弟であればその内一人しか選ばれない。兄が選ばれている以上、僕が選ばれる事は無い。

 そして何より僕自身が兄が継承者に相応しいと最も理解している。


 その晩、夕食後、兄に呼び出され道場を訪れる。


「来たな。セイ」

「はい、兄様何か話があるとか。」

「そうだ。どうしてもお前に謝らねばならない事があってな。」


首をかしげる僕に兄は語りだす。兄が前世の記憶を持つ所謂転生者というものであり、この世界が兄の前世では遊戯の為の仮想世界であったこと。簡単に言うと空想の物語の舞台であるのだと。僕に取っては当たり前のレベルやスキル等は兄にとっては存在しない、あり得ないものなのだとか。


「本来はセイ、お前がこのサーダの家と技を継ぐはずだったのだ。」


 兄の告白は続く。兄のしる世界では兄は継承者となるもその才能に溺れ道を誤る。そして成長した僕に敗れ命と共に継承者の座を失う。その際に僕が成長する前に排除しようと様々に策を弄するが、僕とその仲間に討ち破られるのだそうだ。


「ですが、兄様は道を外れた様には見えませぬが。」

「それはそうだ。その破滅の道を黙って歩むような真似はしない。このまま真剣に家を継いで剣に生きる覚悟は出来ている。だがそうなるとセイ、お前のこれからが心配だ。この兄に勝る才能を持ったお前をこのままに出来ないしそれに何より俺の記憶の通りならもうじき国に危機が訪れる。それを座して待つわけにも行かぬ。」


 継承者となった僕の仲間というのが、大きな使命を帯びた人物であり、その人物の為にサーダ家はその力を使うという。そして、僕はその激しい戦いに身を投じるそうだ。


「お前はシリーズの4までゲストで出てくるよ。その頃には期間参戦の公式チート扱いだ。」

「ちょっと言ってる事が解らないです。」

「それもそうだな。ともかく、俺は継承者の儀を辞退してお前に譲るべきだった。だがこうして今、継承者となりお前の本来の地位を奪ってしまっている。その事に付いては釈明のしようも無い。」

「釈明も何もツキノさんの為でしょ?」


 僕の言葉に兄はヌガっと奇声を漏らす。

 ツキノさんは住み込みで道場とサーダ家の家事を務める使用人の娘であり、兄の婚約者だ。美人というより愛嬌のある笑顔が朗らかな人だ。少しおっとりしすぎており仕事はあまり手際は良くないがマイペースに黙々と進める姿を見かける。

 兄とでは身分的な釣り合いが取れず、当人もそこまで特段器量良しということもなく、正室に迎えるのは困難に思われていた。たがそこは継承者に選ばれた兄の影響力だ。我が屋では継承者の発言力は大きい。


「ツキノはモブキャラなのだが俺が死ぬイベントの後に、俺対して友好的なセリフを言うキャラだった。実際に接して見れば、誰にでも優しく接して、不器用だが努力家で一途でな。」

「わかってますよ。継承者として最も格好いい姿でツキノさんと契りたいのでしょ。」

「兎に角、そういうわけだからこの家は俺が継がせて貰うし、今後訪れる試練や災難はこちらで対処する。幸いにも前世の知識で何が起きるかと、対処法はわかっているからな。」


 兄の様子を見るに、既にある程度の対策を進めているのだろう。


「それでだ。今後のセイの立場なのだが。」

「それはしきたりに従いますよ。修行と流派の布教の為に継承者になれなかった者は外へ出る。実は結構楽しみなんです外へ出るの。ここの里を出たのは都での天覧試合以来ですから。」


 あの時に初めて見た外の街を。都だけでなく他の街も里と比べると賑わっていて魅力的だった。


「まぁ、セイが良いなら構わないし、外でも通じる様に父上と協力してお前を育てたからな。」

「そうですね、まさか精密な身体操作能力や思考速度を上げるためと言われ算術や書記術をスキルを得るほど座学でやらされると思いませんでしたよ。確かに剣にも他のことにも応用出来て、母上からの覚えもめでたかったですけど。」

「あの座学の修行な、ステータス補正付くスキル習得の為と言っても伝わらないだろうけど、前世の知識で役立つのは知ってたからな。」

「村の母親達や行商人から絶賛されて道場に教室が出来たのも狙い通りでしたか。正直、兄上の女性人気はその辺も大きいですよ。」

「ここまで好評なのは予想外だったな。それよりセイが里を出るならと、それこそお前が生まれる前から色々と用意もしていてな。意志も確認出来たし、渡して置こうと思う。」


そういって渡されたのは一振りの長剣と鍔に鈎のついた金属の棒、そして一本の細い鎖。

先ずは長剣の方。

 なんでも最終的に僕はこの剣に落ち着くらしく、兄によればシリーズ屈指のチート武器。単純な火力でダントツ一位。切った相手の血を吸い魂を削る妖刀で実体を持たない霊等も切れるのだとか。切られた場所は傷が塞がらずちが出血し続けるとのこと。

 呪われてそうだというと、兄は首肯し、鞘で封じているが、抜き放てば刃は血を求め、何も切らずに居ると持ち手の魂を喰らい身体を乗っ取るのだと。家の倉庫に隠され封印されていた物だという。


「継承の儀で使う剣の原型であり失敗作だな。血に飢えた魂と悪意を継承している。たがお前はこいつを制御し霊剣へと昇華させる潜在能力を持っている。」


そしてもう一本。短刀程の長さの鉄の棒、持った瞬間にこちらは兄の思い遣りが詰まっていると解った。

 持つと活力が棒から流れてきて、体調を整えてくれる。素材を聞いて驚いた。数多の魔法金属の合金で且つそれを自然発生した魔法生物に同化させて疑似生命としている。その効果で持ち手を癒やす事に特化させている。思い出した十手という制圧術等で用いられらる武具だ。短刀の使い方の派生で一度使った事がある。


「こいつの能力はそれだけじゃないぞ、持って素振りをしてみろ」


言われるままに持って振る。


「重い?」


身体が鈍く感じる。正しく力を入れて正確に動かねば転びそうな、とても動き難い。2度振っただけで全身の筋肉が悲鳴をあげ、集中力も切れて意識が遠退きそうになる。


「武器としての性能は度外視して持ち手のステータスを上昇させる効果がある。作中では戦闘終了後にランダムでステータスが成長する効果がある。それからスキルレベルの経験値も取得量が増える。素材由来の回復効果と付与したこれらの成長補正で、セイの事を支えてくれるだろう。」

「これ、兄上使いましたね?」

「ああ、付与効果の確認の意味もあってずっと俺が試してきた。今度はお前が役立ててくれ。」


こちらは実は何度か兄が身につけているのを見たことがあったのを思い出した。説明の言葉の意味はは分からなかったが練習の効率を格段に上昇させる効果があるのが解った。任意で修行用と回復用に切り替えて使そうだ。


「気功の術習得を促進させてもくれるぞ。持っただけで治癒功と回復功の使い方が解っただろう。」


 気功と呼ばれるのは魔力への適性が無くても気という特殊な属性、時に“人属性”等と分類されるものにして使う術だ。自分に合う属性出なく、魔力を人に合わせた属性にして使う術といえようか。

修行すればだれでも使えるのだが、魔力効率が悪く効果も地味で習熟にも時間を要する。

 実践に耐えうる様な使い手は大抵老齢であり、衰えた体力を気功で補っている様なものが多い。

だが、その達人の技を若くして習得出来るなら、その恩恵は無視できない物だろう。


「先の剣に比べるとこちらの方は、とても有難いですね。売れば暫く遊んで暮らせるのでは?」

「それも良いだろう。好きに使ってくれて構わない。これはセイの為に作った物だからな。」


そして最後にと渡されたのは細い鎖だ。首飾り等に使われそうな細い鎖。流れ的にこれも相当な品だと思うのだが。


「兄上、これは?」

「まぁ、家の流派には暗器として隠し持った鎖を使う術もあるが、勿論そうした用途も有りだがな。」


 兄の言葉が終わる前に鎖の方が僕に反応した。霊剣の類は意志を持ち持ち手を選んだり、持ちてと共に成長するある意味生きた道具なのだが、この鎖もその一種だ。しかも完全に僕だけの為に作られた品だ。

 細い鎖が伸びて、また枝分れし、僕の身体を覆う。しかし途中で動きかとまる。


「これは取り敢えず急所は守る鎖帷子かな。それにしても軽いし動き易い。」

「霊鎧とでも言うのかな。まだ未完成というか、成長途中だけどね。」


 兄が説明してくれる。霊剣の様な優れた防具を作りたかったそうだ。その割に鎖帷子から二本、分銅が付いた鎖を僕の意志で自在に動かせたりする。遠くまで伸ばすと鎖帷子の面積が減るがかなりの長さまで伸ばせるようだ。


「その鎖で輪を作ってご覧。」


 言われるままに鎖を操作する。描かれた輪から見える光景は謎の空間。輪の内側に穴でも空いた様な状態だ。


「物を収納出来る空間だ。容量は限られているが、中に入れた物は時が止まって保管される。生きた動物何かは入れられないけど、」

「兄さん、これは駄目です。過ぎた道具です。4畳間程度には物が入るじゃないですか。というか魔法鞄じゃないか。」


一体どれだけのお金をかけて作ったのだろうと心配になるが、これと先程の十手があれば最初の呪われた剣を霊剣に昇華させるのに充分な助けになるだろうと言われては、お釣りが来ると言わざるを得ない。

 兄としては僕が霊剣に昇華させることに確信があるようで、僕が家を出るなら絶対に持たせたい品だった様だ。

 鎖の方は何とか最低限の防具性能を確保しただけでまだ育て足りないと兄は言うが、兄の求める基準が高すぎる。

 その意識の高さに僕への気持ちが感じられる。

 兄からすれば本来の歴史を変えて、僕の地位を奪ったという負い目からなのだろうが、そんな前世だのを知らないのだから、尊敬出来る兄が若干過保護だと言うだけの話で、感謝しかないわけである。


「妖刀の銘はイヤスエだ」


 最後に剣の銘を聞き、こうして、僕は故郷を旅立つ事になったのだった。

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