ふづきに雨
梅雨が長引いているのか、なんなのか、よく降る雨だ。外に出るには傘が要るだろう。傘をさして、荷物を持って歩くのが面倒で、出かける気がまったく失せる。
床に寝ころんだまま、机の上に手を伸ばす。手探りでつかんだリモコンをテレビに向けて、適当にボタンを押すと、やかましい音楽がテレビから流れてきて、さっきまで部屋の中を支配していた息苦しい雨音がかき消される。締め付けられていた胸が楽になったような気がして、ゆっくりと息を吐き、肺の奥底まで吸う。少しずつ、呼吸が落ち着いていく。
目元は熱い涙で濡れていて、頬も火照り、首から下は空調の風で冷え切っているのに、顔だけはいつまでも熱かった。けれども、新たに流れてきそうになる涙は何とかこらえることが出来て、耐えられた自分を褒めてあげたくなった。
ひとりで居るからこんな気分になるのだ。誰かがわたしのそばにいてくれるならいいのに、と、思いつきのように自然に考えて、その考えに気が付いたら、また、じわりと涙がにじんだ。サッカが家の中に居ない期間が長すぎるのだと思った。誕生日も梅雨も、ひとりきりで過ごすことになるなんて、考えてもみなかった。それを実際に過ごしてみれば、そのとき、そのときの一瞬は良いかもしれないけれど、後から、覆しようのない孤独にすべてが塗り替えられていくような気がして、怖ろしいのだ。たとえば、ひとりきりの誕生日。たとえば、ひとりきりのお風呂上がり。たとえば、ひとりきりの食事、返事のないただいまと行ってきます、太鼓判のないお出かけ着。誰とも相談しないでつけたテレビと、どちらも興味のない音楽。サッカのことを、サッカが居ないという事実と結びつけて思い出すごとに、わたしはひとりぼっちになっていくような気がした。
外に出るのが面倒なのにしたって、落ち着いてみると、ひとりで街を歩くのが怖いのだ。そこにはたくさんサッカがいる。けれどもどこにもサッカは居ない。そうしてわたしは外に出てもひとりぼっちになってしまうだろう。
テレビから流れてくる音楽が変わった。静かなピアノに乗せて、低い声で女性が歌い出す。さっきまでと随分違う、静かな音だ。窓の外で降る雨の音が、聞こえてきてしまう。
雨が降っているから、外に出たくない。まるでもっともな理由付けは、果たしていつまで通用するだろう。仰向けになって目元をこするのに、視界はまだぼんやり、ぼんやりとにじんでいて、目元にあふれる涙も止まってくれそうにはない。ため息を吐く。天井に向けて一度、両手をうんと伸ばす。左手の端に指輪がきらりと光っているのに、目をつむる。閉じたまぶたの上へ、腕を重ねて置く。
真っ暗闇がどこまでも広がっている。
テレビの音よりも雨の降る音の方がうるさかった。
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