2.6 閑話、接続譚

芸術都市、女王の間——————


 芸術都市の王城、その最奥。そこは一つ一つが強い存在感を放つ煌びやかな装飾、豪勢な内装の間だった。だが不思議なことにそれら奇抜な内装は特出せず、全体で調和を保っていた。

 更にその中央、雅な玉座に座る女がいた。その傍らには王権を示す水晶がある。

 女は体を捩り、足を組み替える。その動作が女王の間にいる兵士たちを魅了する。

 女王の間の扉が開き、一人の中年騎士が現れる。中年騎士の後ろには彼と同じく甲冑に身を包んだ少女の姿が。中年騎士と少女は女王の目前に迫ると、片膝をつき頭を垂れる。

「女王よ、命により我ら、参上いたしました。女王の美貌は他の追随を許さず、また損なわれない。御身の威光が都市を包む日も近いでしょう」

「良い、面を上げよ。先の任務ではご苦労だったな、トラザム。呼んだのは他でもない。貴様らには新たな任務を与える」

 女王の言葉に目前の騎士達が顔を上げる。彼らは女王からの勅命を待っていた。

 その声が王の間を震わせる。

 清く透き通っているようでどこか蠱惑的な声音。

 美しさから触れる者に傷を与えるバラのようだった。

「不遜にも我が都市を荒さんとする逆賊共が現れた。その消息を掴んでまいれ。決して逃がすでない」

 女王は中年騎士に命令を下す。聞く者を魅了する甘い声で、相手を惑わす精神汚染を発する。 

「次に会う時は成果を持ち帰ってくることを期待しているぞ」

「…スウザ殿ですかな?」

「であろうな。奴もまだ諦めておらぬようだ」

「承りました。では私達は任務にあたります。都市の制圧に邪魔が入ったことは聞き及んでおります。兵士に話を…」

「その必要はない」

 中年騎士がその間を去ろうとするが、女王が呼び止める。

 その一言一言は相手に重圧を与え、騎士の脳内に響き渡る。

 さすがは“王の証”の保持者、ただ獲得しただけの盗人ではなく、実力で勝ち取ったようだ。

 「なぜです?」と騎士が視線を、己が主に向ける。

 騎士は賊の逃走経路から消息を掴もうとした。

 潜伏場所を突き止めるには至らずとも、ある程度地域を限定できると考えたからだ。

 女王の声音が、その間を支配する。

 彼らに開いた間隔など関係なく、その声が広間全体に広がるほど、その声には神気が宿っていた。

 周囲の装飾もそれに呼応するように震える。

 まるでその音色に喚起しているようだった。

「話をしても無駄だ。なぜなら誰も覚えておらぬ」

「……敵の仕業でありますか…」

「だろうな。逃走経路に何重にも結界が張られていた。半ば迷宮と化していたので感心したぞ」

「……それで私達に任務が渡ってきたというわけですか」

「ああ、そうだ」

 トラザムの問いかけに女王は肯定する。

 彼はわざわざ自身に任務を与えられたことを気にかけていた。

 自身に命令せずとも他の兵士で事足りるのだ。

 むしろ一騎士に命令を下すよりも、全部隊に通達し捜索に当たらせた方が良いと考えていた。

 だが今の説明で事情が変わった。

 敵方に魔術に長けた者がいる。

 いくらあのスウザであったとしても、この都市でそれほどの腕を持つ者を獲得するのは難しい。

 つまり外部より、その戦力を得た可能性が高いのだ。

「確実性を取るためにそなたらに下した。頼んだぞ、我が騎士よ」

「委細承知いたしました。お任せください我が君よ」

 中年騎士は頭を垂れ、理知的にこれを了承する。

 中年騎士の横にいる少女の双眸は床に向けられたままだった。

「そこな少女騎士よ。残る方はお前に任せる。達成の暁には騎士の位を与えよう。命令は以上だ。下がるが良い」

 女王の勅命を受けた少女騎士は、その報酬に目を剥く。

 一時取り乱しはしたが、その事実を飲み込んだ彼女は再び頭を垂れた。

「ッ!ははっ!お任せください!」

 女王は受諾した彼らに、話は終わりだというように頬杖を突く。

 そうして中年騎士と少女騎士がその場を後にすると、彼らと入れ替わる形で兵士が報告に来た。

 鎧の擦れる音を放ちながらかた膝をついた兵士は報告に移る。

「申し上げます!魔女の秘宝奪取に向かった兵が定刻になれども現れず、消息を絶ちました」

 頭を垂れ、報告した兵士に女王は失望するでもなく、叱責するでもなく。冷静に対処した。

「…そうか、まあ良い。半分はこちらにあるのだ、奴も時間はもうあるまい」

 しかし直後彼女は変貌する、聞く者を魅了する静かな讃美歌がその間に響く。

 女王は“王の証”の前に移動する。

 それに意識を向けた女王、数刻だけそうしていたが、眉を曲げながらそれから目を離した。

「やはり変わらぬか…」

 その様は先程までの麗しい女王のものとは違う、敵を見据えた戦人のものだった。

「スウザよ、貴様か?」

 月光を見上げた女王は、ここにはいない人物に問いかける。

 取り逃がしたが今度こそ逃がさない。

 我が願望を阻んだ不敬はどのようにして償わせようか。

 手足をもごうか?それとも指の細部から痛みを与えようか?

 いいや、それすら生ぬるい。貴様には魂から痛みを与えよう。

 女王は待ち焦がれる。力が街を包む時を。力は刻一刻と蓄えられ、終わりは近い。

 月光に照らされたその表情は恍惚とした、非常に卑しいものだった。

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