2.4 全能を持つ王、あるいは東方の……

 暴動に乱入し、殺戮を阻止したヒューズは貧民街の番人であるバングの背を追っていた。

 一体どれくらい歩き続けただろうか。

 歩けども目的地への到着は告げられない。

 兵士達を撒くのに利用させてもらった手前言及することは阻まれる。

 なのでヒューズは大人しく彼らの後を追っていた。

 まあ見るからに目的地はまだまだ先だろう。

(都市にこんな所が…)

 ヒューズはその暗闇の深さに驚愕する。

 見つめようとも先の見えない道の先、先頭の人物が持つ松明がなければ迷ってしまう。

 まるで手を伸ばせば、その闇に腕が浸食されるようだ。

 ヒューズは少し、その先に潜む未知に恐怖していた。

 ヒューズは眼下を見下ろす。

 そこには穴があった。

 そう形容するしかない。

 彼の視線の先には闇が続いていた。

 バングら貧民街の住人の後をあったヒューズ、彼を出迎えたのは大空洞だった。

(一体なぜ?)

 ヒューズはその空洞の巨大さに疑問を抱いたのではない。

 彼はここの存在が知られていないことに疑問を抱いたのだ。

 このような大規模な構造の場所が、彼ら以外の都市の住民や兵士に認識されていないなどあり得ないと思った。

 なによりこのような穴。

 直上にいる者は、気が気でないはずだ。

 そこに建造物が建築されていることもおかしい。知っていれば地面の陥没を恐れるはずだ。

 ヒューズらは大空洞の壁面に設置された階段を下りる。

 魂が帰る場所を探すように、彼らはそこに向かっていた。

 足音以外に音は存在しない。まるで眠っているようだ。差し込む光がない事からも、それを錯覚させる。

 終始無言で歩むヒューズ、少し経った頃だろうか。

 階段がなくなり、背後にはまだ空洞が続いていたが平坦な場所に出る。

 バングらはそこに止まる。

「もう着いたのか?まだ下はあるようだが?」

「ああ、ここだ」

「この下には何がある?」

「さあ、それは俺も知らないな。ましてやここを作ったのは俺じゃない」

「作った?」

 好奇心から行った質問に、より懐疑的な言葉が浮き出て来た。

 その言葉に混乱するヒューズなど気にせず、バングは広場の先、扉の前で立つ人物に声をかけた。

「ケーニヒ、遅くなった」

 その人物は騎士なのだろうか。甲冑を身にまとい、腰には荘厳な剣が携えられていた。

 佇まいも騎士らしく凛々しい。

 右に流された髪が揺れ、なんとも好青年を思わせる。

 彼はバング達を確認すると扉へと進むように促した。

「よく来たね、バング。無事だったことは喜ばしい。さあ、入ってくれ。王もお待ちだ」

(…王?)

 ヒューズはその言葉に疑問を抱く。

 なぜ都市の主がここに?都市の頂点に君臨する者ならば、王城にいるべきだ。

 加えてこの芸術都市の王は女王のはずだ。それはあの凱旋で認識している。

 まさか他都市の王が?とも思ったが、そんな間抜けな王がいるはずがないと論理的に考える。

「…いや、ちょっと待った。彼は一体誰だ?」

 疑問が残りながらも避難させて貰っている身なので大人しくついて行ったヒューズはそのまま扉の中に入ろうとしたが、ヒューズの存在に気付いたケーニヒは一団を押しとどめる。

「安心しろ。少なくとも敵ではない……と思う」

 警戒心を強めるケーニヒの前に立ったバングは、そう言って彼を宥める。

 バングもまだヒューズと会って間もない。だが時間稼ぎを手助けされたという恩もあるので、どっちつかずの回答を返す。

 ケーニヒは「彼の素性は?」と聞いたが、バングが「明かせないそうだ」と回答すると、ケーニヒの警戒心はさらに強まる。

 ケーニヒは思考を回す。

 目前の人物を見定めているのだろう。

 ここにいることから、おそらく彼も都市に反抗する者だ。

 正体のわからない人物の侵入は避けたいはずだ。

 そして次の瞬間、……。

「なッ⁉」

 ヒューズはその行動に肝を冷やす。

 ケーニヒは腰の剣に手を掛けて、それを振り抜こうしたのだ。

 敏捷性も驚くほどの速さだ。ヒューズが気を抜いていたことも理由ではあるが、彼は瞬時に目前まで移動していた。

 そうして衛士の首を剣が切断されようとしていた時、それはバングによって阻まれる。

 バングはケーニヒの剣に柄を抑えると説得を始めた。

「待て、殺すのはやめろ」

 ヒューズは思わぬ救助に困惑する。

 彼と自分は赤の他人だ。ここで助けるメリットなどないはずなのに、と考えていた。

 バングは未だ警戒を続けるケーニヒを説得する。

「こいつは住人の非難を手助けしてくれた。俺達は先程まで都市の兵に襲われていたんだ。あいつらもここにいるんだろ?こいつがいなければ死んでいたかもしれないんだ。恩がある」

 その言葉に、ケーニヒは一旦柄から手を離す。

 ヒューズとバングを交互に見まわして、熟考した後にヒューズの通過を許可した。

「……まあ、どのみち意味はなくなるか。分かった。だが私も付いて行くよ。いいね?」

「ああ、問題ない。レッド、代わりにここの見張りを頼む」

 条件付きで許したケーニヒ、当たり前だがまだ信用されていない。

 バングはケーニヒが不在となるため、個々の警備を仲間の一人に任せた。

 一悶着あったが、集団は扉の内部に入った。

 重厚な扉を開けて、暗闇の奥に進む。

 ヒューズはここが隠れる者にとって最適な場所だと実感した。

 なぜなら扉の先も更に入り乱れていたのだ。

 三又の道もあれば、一本道だと思った通路も振り返れば二つに分かれている。

 まるでどころか、正しく迷路だ。

 だがケーニヒに迷いはなかった。彼は迷うことなく道を選択する。

 別れ道を十度繰り返したあたりだろうか、前方より光が見え始めた。

 強い光に目を顰めたヒューズ、直後、彼はその先に見えた光景に驚く。

 開けた空間に出た一同は、彼らは新たな来訪者を出迎える。

 そこは今までの陰鬱した場とは打って変わって賑やかな場だった。

 陽の光が降り注がない場所だというのに、そんなことなど些事だと言うように人々が暮らしていた。

 物資も潤沢なのだろうか、やせ細っているものなどいない。装備を身に着けている者もいる。

 反抗勢力の根城なのだからもっと殺伐とした集団を想像していたが、そんなことはなかった。

 人々の一部でバングらの姿を確認すると安堵の息を吐く者もいた。先に避難してきた貧民街の住人だろうか。

 バング達を見たここの住人の反応もそれぞれだ。

新参者に疑念を向ける者もいれば、同じく虐げられたものとして歓迎する者もいる。

まあ、疑問を向けた者は、バングの姿を確認するとすぐに自分たちを受け入れた。

 彼もそれなりに有名なのだろう。

 人々の間を向けて突き進むケーニヒらについて行くヒューズ。

 向けられる視線に居心地が悪くなりながら足早に通り過ぎる。

「バング、開けてくれ。この中に王がいる。言っておくが、あまり無礼な態度をとるなよ?」

 またも扉の前に連れられた一同。

 だが今度は先程の扉とは大きさが明らかに違う。

 三メートル……いやそれ以上か。

 ヒューズはその扉を見上げる。

「なんだよ。客人にいきなり命令すんのか?」

「この扉、凄く重いんだ」

「雑用かよ!」

「だって…君、力なら自身があるだろう?」

「ああもう、しょうがねえな」

 確かに、見たところこの扉は並大抵の力では開くことも難しい。

 巨漢、バングならば易々と開くことが出来るだろう。

 そうして渋々扉の前に立ったバングは扉に両手を尽き、腕を押し出す。

 思った通り、扉は重さなど感じさせず簡単に開いた。

「あまり急に開かないでくれ。王が驚かれるだろう」

「開く前に言ってくれないかね⁉」

 傍らより投げられた苦言に悪態をついたバング、彼らは王と呼ばれる者の前を訪れた。

 王と呼ばれるだけのことはあり、その人物は土くれで作られた玉座に座っていた。

 それなりに年の食った老人なのだろうが、その見た目には老いが感じられなかった。

 短く切りそろえられた髪に、鋭い目つき。

 威厳だけは王のそれだ。

 彼の眼光が、新たに現れた集団を突き刺す。

 そんな王に臆することなく、その場を突き進んだケーニヒは彼に向かって膝をつき、神戸を垂れた。

「王よ、貧民街の住人の非難が完了いたしました。この体躯の大きな者はバング、貧民街の長でございます。加えて素性の知れぬ者も一名おります」

 その報告に片眉を上げた王は、ケーニヒに問いかける。

「素性の知れぬ者?なぜそんな者を入れた?」

 それは当然の疑問でケーニヒ自身もそれは警戒した。彼はバングから聞いた事情を話した。

「住人の避難を支援したそうです。兵士を交戦し、時間を作りました」

「……どの者だ?」

 ケーニヒは「彼です」と言うと、王はヒューズを視認する。

 無言で見つめる王。ヒューズの姿を上から下へと確認する。

 威圧感に鼓動を速めたヒューズは、またも一悶着ありそうだなと考えた時、意外にもその重圧感はすぐに消えた。

なぜなら王が視線をケーニヒに移したからだ。

 視線を移した瞬間、王の雰囲気が変わる。

 なぜか幾ばくか威厳も減少したように思えた。

 その直感に疑問を憶えたヒューズだったが理由はすぐに分かった。

「あのなあ、ケーニヒ。お前は我の力を過信し過ぎだぞ?」

 引き締められた眉が緩まる。

 眼光もその鋭さがなくなっていた。

 口調もそれに比例してどこか柔らかくなっていた。

「お前、どうせ我がやるからって横着したじゃろ?言っておくが、我の魔力使うからな?それにこの力も万能ではないぞ?」

 その言葉にケーニヒは「とんでもない!」と胸に手を当てて自身の王を讃える。

「この世であなたのご意思思い通りにならぬことなどございません。正しく森羅万象を統べるお力でございます」

「え?我、王ぞ?都市の頂に立つ者ぞ?そういうのは下々であるお前がやることじゃろ?」

 突然一変した場についていけなくなったヒューズ、彼は二人の会話に見入りながら拍子抜けしたのであった。

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