2.3 掃き溜め巨人

「オラァッ!」 

 その広場に巨人の怒声が響く。

 大地すら震わせる咆哮は兵士達の戦意を奪う。

 だがその減衰はそれだけが原因ではない。

 彼の周辺で十名もの兵士が紙屑のように薙ぎ払われるからだ。

 巨人の薙ぎ払いは、迫る兵士達を軽々と吹き飛ばす。

「全員で抑え込め、その程度では抑えられんぞ!」

 指揮官である兵士が背後の兵士群に指示を出す。

 だが、兵士達は目前の怪物の剣幕に尻込みしていた。

 最終的には周辺でヤジを飛ばす市民によってようやく進むことができた兵士達は巨人の捕縛に向かう。

 じりじりと両者の距離が縮まる。

 その質量は、目先の大男を抑え込めるだろう。

 巨人もそれをわかっているのか、腕の回転を速める。

 しかし、この数はどうにもならなかった。

 仕方がないと、後退を考えた巨人。

 囲まれるよりかは、前方だけに意識を集中した方が良いと考えたからだ。

 指揮官である男は、その後退りにほくそ笑む。

 このままこいつを下がらせることができれば、貧民街の領域を奪えるからだ。

 更新し続ける軍隊、彼らは己が領域を拡大すべく、邪魔者を退けようとしたのだが、障害はそれだけではなかった。

「バングの旦那!側面は抑える!構わず押し進め!」

「…!すまねえ、すぐに片付ける!」

 軍隊の両サイドから奇襲が起こる。

 廃墟から新たに敵が現れたのだ。

 彼らは貧民街のごろつき。

 彼らもそう易々と自らの根城を明け渡すほど、生き恥は綺麗ではなかった。

 混乱を起こす軍隊の中央に、巨人が突貫する。

 一度形成が逆転する。

 集団に開いた穴は致命的で、彼らの陣形を崩した。

 巨人が自ら囲まれに来たのは好都合ではある。だが、中央の巨人に注力すれば背後からの奇襲を許してしまう。

 逆に背後の残党を排除すれば、今度は中央からの殴打が飛んでくる。

 兵士達は前方と背後、両方に意識が分散していた。

 巨人は兵士の討伐を急ぐ。

 少しでもその数を減らしたいのだ。

 彼は兵士の頭蓋を潰し、その死骸を振り回す。

 それで一先ず一団の排除は完遂した。

 だが……。

「進め進め!」

 彼らは軍隊だ。たとえ数名を屠ったところで残弾である兵隊はいくらでもいる。

(……チッ!ここまでか)

 掃き溜めの巨人、バングは周囲を見回し、そう判断した。

 先程は姿を隠しての奇襲だったため、第一団を撃退できた。

 だが今度は姿を晒した状態だ。

 数名の味方に、数百の敵。

 いくら自分が尽力しようと戦線は崩壊するだろう。

 今までは偵察ほどの戦力しか送り込んでこなかったが、ここに来て奴らも本腰を入れてきたようだ。

 彼らも貧民街の貴重な戦力だ。こんなとことで無駄死にさせるわけにはいかない。

 命には代えられない。そう思い、この区画を大人しく明け渡すことにしたバングは仲間に撤退命令を出そうとしたのだが、目前で起こった災害がそれを制止する。

「何だッ⁉」

 視界の左側、軍隊の一部に爆発が起こる。

 そう形容するほど、兵士達が派手に吹き飛んだのだ。

 更なる脅威に都市の兵士達は慌てふためく。

 彼らもここに来て新たな敵が現れるとは思っていなかったのだ。

 その正体はすぐに分かった。

 向こうから敵を押しのけて、彼は姿を現した。

 あの人数を吹き飛ばすほどの膂力を感じさせない体躯。

 顔を隠しているのは、追われる身となることを避けてのことか。

 何よりその手に持つ禍々しい鎌が、彼の存在を濃くしていた。

「この都市の反抗勢力だな。手を貸そう。まずはあいつらからだな」

 開口一番、大胆不敵に告げられた言葉にバングはどう反応して良いのかわからなかった。

 だがこれを即座に受け入れるほど、彼の警戒心は低くない。

 正体もわからない相手だ。背中を預けた次の瞬間、その鎌が襲い掛かるかもしれない。

「てめえ…一体何者———」

 その言葉は、目前の男の背後から斬り抱える兵士の叫びによって阻まれる。

 しかし、目前の謎の人物に驚いた様子はない。

 手首の回転によって振るった鎌が兵士の胸を貫く。

 兵士も自分に何が起こったのかわからなかったのだろう。彼は力が抜けていく自身の肉体に、最後まで疑問を抱きながら絶命した。

 敵一人を屠っても、鎌を持った彼の動きは止まらない。

 引き抜いた鎌を背後に放り投げた。

 その行く先は行進する軍隊、鎌は竜巻と化して彼らに迫る。

 鎌は敵を上下に切り裂いて、最終的に建物の壁に突き刺さり、その動きを停止した。

 軍隊の大穴、その惨劇を見たバングは言葉を失う。

 だが、彼の意識は目前から飛んできた言葉で呼び戻される。

「やらないなら俺一人で片づけるが?」

「いや…協力感謝する」

 バングはその行動に、彼は一先ず敵ではないことを理解し、共に兵士との交戦を再開した。

 掃き溜め巨人バング。神代誓約の保持者ヒューズ。兵士達はこの二名の敵ではなかった。

 ただでさえ苦戦していた大男の背後が闖入者によって取れなくなってしまったのだ。

 彼らにとって好運だったのは、ヒューズが鎌ではなく所持していたナイフで応戦していたことだ。

 ヒューズは、部隊へと突撃するバングの背後で襲い掛かろうとする兵士たちを相手取っていた。

 その軍隊の鎮圧には、あまり時間を有さなかった。

 竜巻と化した鎌で大部分を殲滅したのも理由だろう。

 加えて……。

「て、撤退、撤退しろ!」

 現場の指揮官が、その場を見て勝ち目がないと理解したからだ。

 その指示を受けて兵士達は我先にと逃げていく。

 そうしてその場から敵対勢力が消えた。

 改めて両者が対面し顔を合わせる。

 バングは彼を見下ろしていた。

 とてもあの災害を起こせるような見た目ではない。

 うちのごろつきに方が幾分かマシに見えるほどだ。

「…助かった」

 こいつが味方かはわからない。だがおそらく今は違う。

 助けられたのは事実だ。なのでバングは一先ず礼を告げた。

 周囲を見回したヒューズは、もうここにいる必要はないとその場を立ち去る。

「いや、礼は良い。じゃあ、俺はこれで…」

 立ち去ろうとするヒューズの背中をバングは呼び止める。

「おい、お前さん!ちょっと待ってくれ!」

 その声にヒューズは振り向く。

 バングはその状況に困惑していたのだ。

 なぜこの人物はあの状況下でこちらの味方に付いたのか。

 この都市の勢力図はすでに完成していた。

 だから本来援軍など望めるはずがなかったのだ。

 なにより理由がわからない。

 こちらに付いたとて利益も望めない。むしろ都市から追われる身となる。

「なんで俺達の味方を……お前さん、一体何者だ?」

 ヒューズはその問いかけに答えられない。

 ここで正体を明かすことは鉱山都市の、ひいては友と恋人に危害が及ぶかもしれない。

「すまない。事情があって素性は明かせない。お前らも早く逃げろ。またいつ軍が来るか……ああ、もう遅かったか」

 会話を早々に終えて立ち去ろうとしたヒューズは、目前から行進してくる軍団に逃亡への諦めの感情を浮かべる。

(付近で待機させていた?)

 そのあまりにも早い戦線復帰に訝しみながらも、先程よりかは増大した敵の量に、どうしたものかと立ち往生した。

 身を隠したくとも、このまま宿に逃げ込んでは隠れ場所が見つかる。

 かといって応戦するのも苦労するだろう。

 一般兵なら問題はないが、さすがに一日中全方位から襲い掛かられては捕縛されてしまう。

 仕方がないので裏路地に逃げ込んで軍を撒こうと考えた時、横から助け舟が来た。

「こっちだ。リード!もういいか?」

 肩を叩き、手招く彼について行ったヒューズ、バングがリードと呼ばれたごろつきの下へと走りこんだ。

「ああ、避難は済んだ。あとは俺達だけだ」

「よし、全員逃げるぞ」

 リードの回答にバングは走り出す。

 その背について行くヒューズは彼に声をぶつけた。

「良いのか?ここはあんたらの街だろ?」

 その疑問に空笑いを浮かべたバング、背後から迫る軍団との距離を確認しながらそれに答えた。

「俺達は住処に拘らん。その日生きることができれば御の字だ」

「…そうか」

 そうしてその場から貧民街の住人と潜入任務につく衛士は身を隠した。

 この状況に苦笑を浮かべるヒューズ、これでは潜伏などできていないではないか。

 自身の我儘で突っ走って、任務を遂行できないなど無能にも程がある。

 追手は容易く撒くことが出来た。この街の地形に詳しい分、抜け道を彼らは確保していたのだろう。

 広場が騒がしくなる。だが交戦は終わった。

 残ったのは兵士の死体と、それに冷や汗を浮かべる兵士のみ。

 彼らは敵が作り出した惨劇に憎しみを抱きながらも、自身の持ち場である王城に帰還した。

「……さて、私も動くか」

 それらをずっと宿の窓から見物していたジェーン・ダレス。

 彼女は彼の能力に少し驚いていた。

 彼が“神代誓約”の保持者であることは知っていた。

 少なくともこの都市の兵士よりかは幾分か強いことも想定していた。

 初めの接触、ファーストコンタクトでおそらく彼自身にはさほどの力は持ちえないだろうと予測した。

 あの至って平凡に見える体躯、おそらく能力に頼り切って、もしくは必要がないためさほどの戦闘力は持ちえていないと、彼女は考えたのだ。

 だが、あれを見たら考えを改めるほかない。

 窓より飛び降り、その手に恐怖を顕現させ、大地を穿ったあの一時。

 力を持っていない?とんでもない。

 あれのどこが平凡なのか。

(だから彼を送った?)

 あの見た目なら怪しまれることもまずない。たとえ素性がバレたとしてもあれほどの戦闘力があれば逃げることも可能だろう。まあ、バレたら都市間の問題になるのでどのみち最悪だが…。

 彼女もそれは避けたいので、行動を開始する。

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