第3話 聖女の儀
花の女神、ローゼリアの神殿。
色とりどりの花を際立たせるためか、この神殿はまぶしいくらいに真っ白だ。
その内部には、回廊で囲われた中庭がある。
古今東西ありとあらゆる花が集められているそこは【女神の中庭】と呼ばれ、女性のみが入ることを許された男子禁制の聖域。
言い伝えによれば、女神ローゼリアが降臨した地なのだとか。
「リリアーナ・ソワレ。こちらへ」
数名の神官立ち合いのもと、リリアーナの『聖女の儀』がはじまる。
中庭の中央に案内されたリリアーナは、地に膝をつけて祈りのポーズを取るよう指示された。
言われるがままに従いながら、剥き出しの地面を見つめる。
花が咲き乱れる中庭で、唯一ここだけ地面が剥き出しになっていた。
咲かないように手入れをしているのか、それとも何らかの事情があって咲けないのか。
理由はわからないけれど、リリアーナはまるで、断頭台の上に頭を乗せられたような恐怖を感じていた。
自分が持っているものをすべて、明け渡さなければならない。リリアーナがそれをどんなに拒もうと、強制的に行われることが決まっている。
誇れるものなんて何一つない彼女は、隠したいものだらけだ。
全部暴かれてしまったら、恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。
(大丈夫。大丈夫よ、リリアーナ。あなたなら、必ず聖女になれるはず……)
不安しかない。
(サティーナ様の時は、それはもう堂々とした立居振る舞いだったと聞いたわ。こんなに不安になるわたしは、おかしいのかもしれない)
吹き抜けの空から、
夏の焦がすような日差しがジリジリとリリアーナのうなじを焼いたが、そんな暑さも感じないくらい、彼女は緊張していた。
「これより、女神ローゼリアの審判がはじまります。聖女になれるかどうか、すべては女神の
「祈りなさい。あなたができることは、それだけです」
リリアーナの未来は、これにかかっているといっても過言ではない。
もしかしたらちょっとくらいは目にかけてもらえるかもしれない未来と、永遠に無視され続ける今と変わらない未来。果たしてどちらが、リリアーナの運命なのだろうか──。
「それでは、リリアーナ。はじめなさい」
神官の言葉に、リリアーナはギュッとまぶたを閉じた。
思い浮かべるのは、今までのこと──苦しいこと、悲しいこともたくさんあったけれど、なんとかここまで生きてくることができた。これもすべて、ローゼリア様の加護のおかげだ。
これまでの感謝と、少しでも明るい未来を懇願しながら、リリアーナは祈った。何度も何度も、流れ星へ願い事をするように熱心に。
(どうかどうか、わたしに女神様のお手伝いをさせてください……!)
その時、ふわりと。甘い香りが、匂い立つ。
ソワレの屋敷に漂う、甘い匂い。全く同じというわけではないけれど、よく似た香り。
リリアーナはホッと、詰めていた息を吐いた。
(ああ、良かった。やっぱソワレ侯爵家の娘だったのね──)
だけど。
「こ、これは……!」
「
安心したのもつかの間、耳を疑う神官たちの悲鳴にリリアーナはギョッとした。
目を開けた瞬間、黒々とした大輪の薔薇が目に入ってくる。
月のない夜の闇を溶かし込んだような、漆黒。
それを綺麗だと思ったのは一瞬で、すぐさま神官の慌てふためいた声が打ち消す。
「あぁ、花の女神ローゼリア様……どうしてこのような試練をお与えになるのですか……?」
「まさか黒薔薇が復活してしまうなんて……」
リリアーナはその場へ崩れ落ちた。
「うそ……どうして……」
何度見たって、変わらない。
漆黒の薔薇は艶々と、ベルベットのような滑らかな輝きを放っている。
「ないない尽くしの令嬢の分際で、聖女になりたいと願ったせい……? だからこんな罰をお与えになったのですか、ローゼリア様……」
救いを求めて空を見上げても、目が痛くなるくらいの青空が広がっているだけ。
そこに、女神の真意は見つからない。
絶望感に打ちひしがれるリリアーナの耳に、神官たちのささやき声がやけに大きく響いた。
花の女神の名前は、ローゼリア。薔薇の名を持つ影響なのか、花の聖女の中でも特に薔薇の聖女の力は強く出る。
黒薔薇は百年以上、青薔薇にいたっては一人も現れたことがないと言われている。
青薔薇の花言葉は、奇跡。それゆえに長らく誕生を待ち望まれているが、黒薔薇は……。
「花言葉は、恨み、憎しみ、あなたはあくまで私のもの……」
相手を意のままに操る力。祝福と呼ぶこともおこがましい邪悪な力だ。
黒薔薇の聖女は時に、黒薔薇の魔女とも呼ばれている。
歴代の黒薔薇の魔女による悪行は数知れず。
そのため、黒薔薇の聖女が誕生した際は、問答無用で辺境の地にある茨の城へ送られることが決まりとなっていた。
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