第9話 衝撃的なお願い

「この服……本当に、本当にありがとう。大事にする……。一生大事にするね……!」


「うん。……でも、一生はちょっと大事にし過ぎじゃない? ボロくなったら捨てたりとかしてくれてもいいからね」


「ううん。捨てるわけないよ。だって、宇井くんが買ってくれたものなんだし」


 洋服が入った袋を大事そうに抱き締め、幸せそうにする欅宮さん。


 俺はそんな彼女を見て気恥ずかしくなり、すぐに視線を別の方へと逸らした。


 ここはカフェ、【サニー・マリア】の店内だ。


 欅宮さんが来たがっていた店だということもあり、内装は洒落ていて、俺たち以外の他の客もどこか品のある雰囲気を漂わせている。


 あそこにいる高校生らしき女子四人だって……近隣にあるお嬢様学校、椎のしいのき女子高校の生徒たちだろう。ティーカップに口を付ける仕草一つとっても絵になってるし、談笑し合ってる姿なんて女神たちの茶会のようだ。レベルが違う。


 ただ、だ。


 今の俺からしてみれば、そんな神々しい女神たちの茶会は、目の前にいらっしゃる天使からの甘い口撃に比べれると、てんで大したことが無かった。


 何の気なしに服を勢いのままプレゼントしてあげたわけだけど、ここまで喜ばれるとは……。


 いや、もちろん嬉しくないわけがないんだ。


 プレゼント自体、彼女のことを思ってあげたわけだし、喜んで欲しいからあげたんだから。


「……なんか、女の人についつい貢いでしまう人の気持ちがわかったかもしれない……」


「へ? 何か言った?」


「あ、いや、何も」


 言って、誤魔化すようにアイスティーの入ったグラスへ口を付けた。


 欅宮さんはそんな俺を見て、キョトンと首を傾げる。


 あぁ、もうっ。可愛いなぁ。


「だけど、本当にありがとね、宇井くん。私、このお洋服を着て、今度一度外出してみようと思う」


「あぁ、すれ違う人たちの視線のチェックみたいな感じ?」


「って言うと、なんだか自意識過剰っぽいけど……。でも、どこか適当なお店入ったりして、お散歩して、そこでどれだけいつもより見られる回数が減るかっていうのは確認してみたいかも」


「なるほどね。……ただ、実際のとこ見られてるってのは……その、学校でもそうだもん。自意識過剰ではないと思うよ」


「……かな?」


「うん。だから、胸を張って確認しに行こう。堂々とね」


 俺が言うと、欅宮さんは少しだけ頬を朱に染め、「ぐぬっ」と微妙な表情を作った。


「……胸は張ったらダメだよ。私の場合、きょ、強調してるみたいに見えちゃうもん……」


「……あ」


 た、確かにそうですね。そりゃそうなりますわ。


 思わず出てしまった配慮の無い発言を解消したい気持ちでいっぱいになり、俺はまたアイスティーの入ったグラスに口を付ける――が、中にはもう氷しかなかった。空飲みというやつだ。動揺してるのがバレバレ。


「だけどね、そういう仕草みたいなもので自分の胸を強調してしまってることとか、私結構あるんだと思う。一回生徒会の仲のいい子にも言われたの。『腕組みが癖みたいだけど、秋音、それはあんたのおっぱいが全面に出る最もエロい仕草だよ。男を誘ってるのか?』って……」


 とんでもない言い方する人だな……。生徒会の子……誰だ?


「私は無意識なんだよ!? 腕組みだって……ついつい出ちゃうもので、全然……お、男の人をさ、ささ、誘う……とか、そんなことしてるつもりはないしぃ!」


「わ、わかってる。俺はよくわかってるよ、欅宮さん。ちなみに、それは誰に言われたの?」


「うぅぅぅっ……。菜穂ちゃん……。赤城菜穂ちゃんだよ。同じ二年生で、A組の女の子……」


「あぁー……」


 赤城さんかぁ……。


 なるほど。確かにあの人なら言いそうだ。


 元々ズバズバものを言うタイプだし、低身長で貧乳の幼児体型な女の子。


 欅宮さんのお山に恨みを持っててもおかしくはない気がする。仲はいいみたいだけど。


「他にも……カバンを肩から斜め掛けしてたら、『おいおい、なにご自慢の胸使って%表示してる? 普段はツンツンしてるくせになぁ。秋音、あんたのエロさは男子からしてみれば百パーセントだよ。ええいっ、揉ませろ、いや、もがせろっ!』とか言ってきたりして……」


「欅宮さん、赤城さんと本当に仲いいの? 聞く限り、かなり黒い感情が見受けられますが、赤城さん」


「な、仲はいいの! 家にお泊りだって何回もしてるし、テスト前は勉強会だってするし! ……そのたびに毎回胸揉まれるけど……」


「それ、仲いいのを装ってもごうとしてるんじゃ……?」


「んぇぇっ!? そ、そんなことっ……! な、ない……と思う……んだけど……」


 声が震えてらっしゃる。これはもう確実にもごうとしてるな、赤城さん。


「まあでもさ、なかなかそういう何気ない仕草とかを直すのって難しいと思う。俺だって急に今までしてた癖止めろとか、カバンの斜め掛け止めろ、って言われたら困惑するもん。いきなりは無理だよね」


「……でも、それをしないと私はいつまで経っても……」


「……胸ばかり見られる、と……」


 俺の呟きに、こくんと頷く欅宮さん。


 うーん、これはどうしたものか。


 服での対策も一応講じてはみたけど、仕草の対策はどうも……。うーん。


「……ねぇ、宇井くん?」


「?」


 思案してると、不意に欅宮さんの方から声を掛けてきた。


「明日、土曜日だよね?」


「うん。土曜日……だね」


「だったらさ、明日一日、私は家から出ずにいる。監視カメラでも付けて、どんな動きとか仕草してるか、見張っててよ」


「……え……?」


 思わず頓狂な声が出た。


 ちょっと待て。この子は何を言ってる?


「一日中、私を監視しててください……。そこで、私の全部を知って欲しいの……」


「えぇぇっ!?」


「お、お願いします……///」


 ぺこり、と頭を下げる欅宮さんに、俺はノーと首を横に振ることができなかった。

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