第7話 まさかの事態

 少しの間ベンチで休んだ後、俺たちはようやく本来の目的である洋服屋へ向かった。


 カフェはその後だ。


 時刻もスマホの時計は十六時半を指し示していて、ゆっくりしすぎるとあっという間に辺りが暗くなってしまう。


 あんまり遅くなりすぎると、欅宮さんのご両親に心配をかけてしまうからな。俺の親は適当に連絡したら許してくれるけど、彼女の親は何かと厳しそうだ。門限とか厳しく設定されてそう。ちゃんとそう聞いたわけじゃないんだけどね。


「あの、欅宮さん。そもそも今日服屋に行きたかった理由ってのは……」


「あ、朝言ったよね……? 私……可愛い服と思った服を選んでも……む、胸のせいで太って見えたりしがちだから……そう見えないようなものを探しに行くの」


「……そ、そうでした……。すみません……」


 一緒に歩く中、自身の胸のことだからか、欅宮さんは恥ずかしそうにしながら改めて教えてくれた。


 そうだった。


 さっきのたぬさん像の前でのことが刺激的過ぎて、俺の記憶ごと根こそぎ持って行ってしまってたみたいだ。


 服屋に行くのは、欅宮さんに似合ってる可愛い服を探すためだ。


 胸に合ってる、という表現はよくわからないのだが、とにかく服探しに付き合えばいいみたい。


 大丈夫なんだろうか、俺。そういう経験まるでないけど。


 妹の陽菜歌ひなかにも、ファッションセンスが無いとディスられたことのある俺だ。欅宮さんの選んだ服について色々良い反応ができるだろうか。うーん、今から不安だ。


「謝らなくてもいいんだけどね。宇井くんには、私が選んで試着したものがどう見えるか、ジャッジして教えて欲しいの」


「ぜ、善処はします」


「もしいいものがあったら買うかはわからないけど……、本当に似合ってるものがあったら、一着だけちゃんと教えて欲しいんだ。それは……買うから」


「あ、買うんだ。持ち合わせのほどもあったり……?」


「当然だよ。そのために貯金を切り崩してきたし、何よりも宇井くんが選んでくれたものだもん。ちゃんと買って、一生大事にするレベルで保管しておきます。家宝にします」


「そ、そこは家宝にせず、着てよさすがに」


「うぇぇ~?」と頭を縦に振りたがらない欅宮さん。だって、家宝ってどう考えてもおかしいでしょうよ。有名人のサイン入りシャツとか、そういうのと同じ扱いにされてもちょっと困るし。恥ずかしいから。


「じゃあ、文字通り家宝までとはいかないけど、家だけで着るね?」


「い、家だけ……? うーん、なぜに家だけなの?」


「だって、宇井くんの選んでくれたものだもん。宇井くん以外の人にあんまり着てるところ見せたくないよ」


「でも、その、む、胸……に合ったものをわざわざ選ぶんだよね? だったらそれって、どんな人に見られてもおかしくないものを選ぶってことだし、つまりは外行用のものを買うってことに繋がったりはしない?」


「しない」


 即答だった。


「だって、宇井くんも嫌じゃない……? 自分でいいと思った服を私が着てて、それを見も知らぬ男の人がジロジロ見てたりしたら……」


「嫌です」


 即答だった。


 うん。言われてみれば確かに嫌。何この感覚。NTRエ〇同人誌を読んでる時と似たような胸のざわつきだよ。


「えへへ。でしょ? だから、選んでくれたものはお家にいる時だけ着ます。それで、着てるところの写真を撮ったりするから、それを送るね?」


「あ、わ、わかりました」


「それで……その……ゆくゆくは、私の家にも来て欲しいな……」


「はい。わかりました――って、え……!?」


「今度……私の家にも来て? そこだと、より一層二人きりになれるし……む、胸の相談もしやすいので……」


「お……あ、は、い……じゃなくて、い、いいんですか……!? そんなの……!?」


「い、いいよ……。お父さんとお母さんがいない時を教えるので……その時になったら来てくれる……? 来てくれたら……すっごく嬉しい……です……」


 並んで歩きながら、俺の方へ肩をくっつけ、甘えるようにそう言う欅宮さん。


 ド定番なやつ、キタコレだ。


 今日うち親がいないから、家上がってかない? な展開。


 こんなの、俺の経験データベースでいえば、恋愛漫画とか、エ〇同人誌とかでしか聞いたことの無いもの。


 いざ現実でそれに直面したらどうすればいいのかわからず、気付けばこんなことを口にしていた。


「だ、大丈夫でしょうか……? そそ、それは不純異性交遊には入りませんか……?」


「っっっ……! そ、それはダメッ! い、言わない約束……!」


「ぉあああっ……!?」


 思い切り腕に抱き着かれ、彼女の胸が攻撃を仕掛けてきた。むにょんと挟まれる感触がして、俺は一気に硬直状態へ。


「宇井くん、それ言うのはズルいよ……。私だって気にしてるよ……? ふ、不純異性交遊にならないようにしなきゃ、不純異性交遊にならないようにしなきゃって……」


「は、は、は……はい……!」


「……でも……宇井くんが傍にいたら……それがすごく難しいの……/// たまらない気持ちになっちゃう……から……///」


「そ、そんな……! けど――あぁぁっ……!?!?」


 さらにむにょんむにょん。


 攻撃の波は激しさを増した。


「わ、わかってるの。自分が教室でいつも不純異性交遊がダメって言ってるのにって。そこも理解してる。理解してるのっ」


「だ、だったら……す、凄まじい攻撃をそろそろ……」


「うぅぅ……どうしたらいいんだろ……。不純異性交遊……だめ……不純異性交遊……だめ……不純異性交遊……だめ…………にゃぁぁぁ……」


「おっ……がっ……あぁぁぁぁぁ……」


 結局、服屋に着くまで胸による挟撃から逃れることができず、俺はブツブツと呟く欅宮さんに腕を抱かれながら歩くしかなかった。


 たぶん、その間に口から魂が少しだけ出てたと思う。


 もう死んでもいいかも、とか思ったってのはここだけの話だ。




〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇




「ここだねっ! 服屋【ラ・ヴェール】! 高級店の分類に入るけれど、お値段的には中流層でも購入しやすい服を多く取り揃えてくれていて、私みたいな高校生でもお小遣いを切り崩すことによって一、二着くらいなら服を買えちゃういいお店!」


「う、うん。わざわざ説明ありがとう」


 ようやく店に到着し、店内へ入るのだが、その最中に嬉々として説明口調で語ってくれる欅宮さんに対し、俺は少しばかりの羞恥心を覚えていた。


「……(笑)」

「クスクス」

「……?」


 店内にいた店員さんやら、そのほかのお客さんたちにさっそく奇異な視線を向けられてるのだ。


 まあ、朝は店が開いてなくて入れなかったからね。今日は俺というジャッジマンもいることだし、本格的に可愛い服を買ってやろうという思いもあって欅宮さんのテンションも上がってるんだろう。実際、さっきから目をキラキラさせてるしね。相変わらず教室にいる時とのギャップが激しい。今じゃまるで遊園地の中に入った子どもみたいな状態だ、彼女。


「さっそく選んでいい、宇井くん?」


「どうぞ、どうぞ。お選びになってください。俺も目をひん剥いてジャッジさせていただきますので」


 俺も俺で、くわっと目を見開く仕草をして、テンションの高い彼女にノリを合わせてみた。


 欅宮さんはケラケラ楽しそうに笑ってくれる。喜んでくれたようで何よりだ。


「ちなみに今さらですが、どんなタイプのお洋服を本日はご所望ですか?」


「うーん、えっとね、やっぱりワンピース系がいいんだけど、それだとどうしても言った通り太って見えちゃうんだよね……。どうしたらいいだろ?」


「んー、つまり、上下繋がってるタイプのものが欲しいって感じですかね?」


「ううん、そこにこだわりはないの。ただ、ワンピースみたいにふわふわしてるような印象の服が欲しいなって思ってるのは確かなんだ。あるかなぁ、そういうの」


「なら、あれとかどうでしょう? コットンガウン……ワンピースっていうんですかね? コツは縦長のラインを強調させることだと思います。そしたらスーッと上から下まで流れてる感じがして、胸の膨らみがあまり気にならなくなるというか、そんな気がするというか」


「ふんふん。コットンガウンワンピースかぁ。じゃあ……私セレクト。あれなんてどうかな?」


「なになに……? 五分袖のカットソー……ですか。ふむふむ」


「一応事前に勉強してきたの。トップスはウエストにしまい込んで着れば、胸をあまり強調させなくて済むんだって」


「そうなんですね。なるほど、なるほど」


 随分と本格的だ。確かにこういう着方をすれば見え方が全然違ってきそう。


 実際に欅宮さんが試着してるわけじゃないからあくまで想像の域を出ないが、すぐ傍にあった写真の中の女の人が着てるところを見れば、それは大方伝わってくる。


 こういう着方はアリだな。


「……宇井くん、なんか実際に着てみて欲しいって思いが顔に出てますね」


「――え!? そ、そう!? 嘘!?」


「嘘じゃないよ。まあ、それは確かにそうだもんね。着てみなきゃわかんないのは確かだよ」


「そ、それは……」


「うんっ。なら、私試着してくる。これと……これ! 二つ着てみて、宇井くんに見せるね」


「い、いいんですか?」


「いいよ、いいよ! ていうか、いいんですか、ってどういうこと? 最初から試着するつもりだったし、どうして疑問形なの?」


「いや、だって、何かとここに来るまで色々ありましたから……。試着イベントって……何かとそういう展開になりがちですし……」


「……? そういう展開って?」


 キョトンとし、純粋に首を傾げる欅宮さん。


 それを見て、俺は自分一人で何を考えてるのかという思いに一気に駆られた。


「や、やっぱり何でもないです! そりゃそうですよね! 試着しないと何も始まらない! 確かにそうだ! 俺はいったい何を! は、ははは!」


「………………」


「どうぞ、試着してきてください、欅宮さん! ばっちり俺がジャッジするんで! プロのごとく! ええ!」


「う、うん。するよ。ジャッジお願いね?」


 若干困惑した様子で、欅宮さんはすぐ傍にあった試着室へ入って行った。


 覗くわけじゃないが、俺も一応同行者だ。一緒に試着室付近へと移動し、外で彼女が出てくるのを待つ。


 ――が、そんな時だった。


「欅宮さん? 今、なんか欅宮さんとか呼んでる声聞こえなかった?」

「え? 欅宮さんいるの? どこ?」

「わかんない。なんか男子が欅宮さんのこと呼んでた気がする」

「え、男子ぃ? 嘘ぉ?」


 どこからか、女子同士のこんな会話が聞こえてきた。


 ま、まさか、同じ学校の奴がいたのか……!?


 途端に冷や汗が浮かぶ。


 ――ヤバい。


 そんな三文字が一気に脳内を埋め尽くし、けれども俺はここから逃げ出すわけにもいかない。


 い、いったいどうすれば――


「宇井くん……! 入って……! こっち……!」


「へ!? け、欅宮さん……!? で、でも――」


「いいから……! 今はそんなこと言ってられない……! 早く……!」


 既に服を脱ぎかけ、リボンが外れて胸元を乱れさせていた欅宮さんに手を引かれ、俺は彼女と一緒に試着室の中へと入るのだった。

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