第6話 もっと……きて
「あっ、宇井くん。こっちだよ、こっち~」
「……! は、はい」
昼休み後の授業が終わり、迎えた放課後。
俺と欅宮さんは、約束通り駅前の洋服屋とカフェに行くため、あらかじめ決めておいた集合場所にて合流した。
ただ、あらかじめ決めておいたと言っても、場所は朝と同じたぬさん像の前だ。
この町のゆるキャラであり、外見も正直に言って好みが別れるようなブサカワ感あふれるたぬさん。
いや、別にいいんだけどね?
ただ、なんでこのたぬさん像の前を二回も選ぶのか、少々気になるところでもあった。場所の指定も欅宮さんによるものだし、もしかしてこのたぬさんが好きなのかも……。
今度試しにサプライズでキーホルダーとかプレゼントしてみようかな? まあ、素直に聞いてみるのが一番手っ取り早くはあるんだけど。
「なんかちょっと恥ずかしいですね。こうして待ち合わせ場所決めてから会うの」
「でも、こうやって会おうって言ったのは宇井くんだよ~? 私は一緒に教室を出て、一緒に校門を通り抜けて、一緒に歩いてここまで来たかったのに~」
ぷくっと頬を膨らませて、わざとらしくプイっとそっぽを向く仕草をする欅宮さん。
俺はそれに対して、苦笑しながら返した。
「それは無理ですよ。クラスの人たちに俺たちが一緒にいるところ見られたりしたら、いったいなんて噂を流されるか」
「……私は全然気にしないのになぁ……」
「『あんなにいっつも校則校則って言ってる委員長が不純異性交遊だ!』なんて噂流されるかもしれないです」
「っ……。不純異性交遊なんかじゃないのに……」
「厳密に言うと俺たちは付き合ってないですけど、周りから見たらそう捉えられてもおかしくないですからね。たぶん、説明しても聞き入れてくれない人がほとんどでしょうし」
「……不純異性交遊じゃないよぉ……」
「ちょっ……! え、あ、け、欅宮さん……ち、ちかっ……!」
なんか泣きそうな顔で接近してきて、そう訴えかけてくる欅宮さんだが、俺はひたすらに「わかってます、俺はわかってますから……!」と訴え返すしかない。
……うん。俺の胸にこれでもかというほどムニュムニュしたモノが当たってたし、欅宮さんはいつだって距離が近い。これを不純異性交遊じゃないと証明するのはかなり難しそうだ。
欅宮さん的にはそんな気はないんだろうけど、傍から見たらこれは完全に女の子側(欅宮さん)が男側(俺)を誘惑してる図にしか見えない。
いったいどうすればこの図を不純異性交遊じゃないと証明できるのだろう。動揺の中で一瞬考えてみたが、すぐにムニュムニュのせいで思考は霧散していった。
「欅宮さん……! とにかく、とにかくです……! 急に距離を詰めてくる癖を見直してみませんか……!? それが不純異性交遊の疑惑を持たれないための一歩だと思うんですが……!」
「……や」
「……へ?」
「それは……嫌」
「え、えぇっ!?」
嫌ときましたか……。
思わず俺は動揺と恥ずかしさと、それからどう反応していいのかわからなくなって、声を裏返らせてしまっていた。
何度も言うが、ここはたぬさん像の前であり、駅前の人通りが多いような場所だ。まりにベタベタ引っ付いてると、周囲からの視線が痛くなってくる。
けど、強引に押し退けることなんてのもできないし……。
ていうか、嫌って言ってからまたさらにグイグイ近付いて来てて、もう俺、欅宮さんにハグされちゃってる状態だし……!
これ、本当にどうしたらいいんだぁぁぁぁぁ!!!
「欅宮……さん……あの……」
「……ねえ、宇井くん……?」
「……? は、はい……何でしょう……?」
「今、私がなんで嫌って言ったかわかる……?」
「すみません……まったく……」
ぎこちなくガチガチになりながら言うと、欅宮さんは「もうっ」と俺に抱き着いたままグリグリ体を動かしてきた。
む、ムニュンムニュンしよる……!
「嫌って言ったのはね……? こうしないと……宇井くんが私に近付いてくれないから……だよ?」
「け、欅宮さんに……俺が……?」
「うん……。もっと……グイグイ……きて欲しいです……。私……宇井くんだったら……全然構わないから……」
「あ……あ……っ///」
「たくさん……たくさん……接近してきたり……ハグしてきたり……して欲しいです……。無理なら……私から行くけど……私だって恥ずかしいし……限界があるので……///」
「――っっっ……///」
ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだーーーーーっ!!!
眼前にある欅宮さんの顔をまともに見れず、けれども近すぎて過度に別の方を向くこともできず、視線を下の方へやることもできない。下の方には彼女の豊かな胸があるからだ。さすがにこれをガン見してるとかは絶対に思われたくない。欅宮さんの一番のコンプレックスでもあるし、見てもいいとは言われたけど、なるべく彼女が嫌がったり、恥ずかしがったりするようなことはしたくないから。
――よって、俺は視線を右往左往させ、挙動不審を全開にさせてしまっていた。仕方のないことなのである。
「……で、でも、さ……。俺たちって……今……お試し……なんだよね? お試しで付き合ってて……それで……今……こうして一緒にいる……だけなんだよね?」
「そ、そんなこと―― ………………ないことも、ない」
「え?」
「あっ、ち、ちがっ……/// う、うん! そうだよ? 私たちは今、お試しで付き合ってるね!」
「だ、だよね……? だったら……そ、そこまでイチャイチャするのって……許されるものなのかな……とか、思ったり……するんだけど……」
「そ、それは……どういうこと?」
「い、いや、その……あんまり女の子とイチャイチャするのとか……と、当然慣れてなくて……。き、キモいかもだけど、そういうのにやり慣れちゃったら……普段からリミッターみたいなもの外れそうで……怖くて……」
「り、りみったー……?」
「う、うん……。欅宮さん……可愛すぎるから……」
「ふぇ……///」
絞り出したような声で自分の思いを伝える。
そうだ。そうなのだ。
接近してもいいとか、ハグしてもいいとか、そんなことを気軽に許されてしまうと、俺はもうどうにかなってしまうこと間違いなし。
だから、せめてもう少しだけ自己防衛の設定を強めて頂けると助かります。そう願ってみたのだが――
「……え? け、欅宮さん!? 欅宮さん!」
彼女は腰を抜かしたかのように、その場でゆるゆると尻もちをついてしまっていた。
口をパクパクさせ、耳まで真っ赤にさせてただただ俺を見つめてる。
信じられないことを言われた、とでも言いたげな顔だ。俺、何か傷付くようなこと言ってしまったのか!?
「ご、ごめん欅宮さん! 俺、なんか余計なこと言っちゃった!? て、訂正します! 訂正! 今言ったことは無しで!」
「ふぁ……あ……あ……///」
「欅宮さぁぁぁぁん!」
いくら声を掛けてもダメだった。
ただただ焦点の合っていないような瞳で俺を見つめ、真っ赤になってるだけ。
そんな状態がしばらく続いたので、俺は近くのベンチに彼女を連れていき、そこで一緒に座って休むことにするのだった。
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