第38話

 どうしても、どうしても気になった。確かめたかった。

 もし本当にアルフォンスがオーレリアンの手先だったら? 従者を信頼してきたセルジュは酷く傷付くだろう。それだけは避けなければならない。

 どうすればいいかなん分からないけれど、何もせずじっとしていることなど出来なかった。


 日暮れ前、ルカはフォンフロワド城で与えられた部屋からこっそり抜け出し、昼間見たガーランド家の別邸を目指す。

「いるわけない、か……」

 屋敷には迷わず辿り着くことができたが、門は閉ざされて門番がいる。都合よくオーレリアンが歩いて行くこともなかった。


 ルカは大きな屋敷の周りを歩いてみて、何も手がかりがないと分かると、踵を返して大通りへ出た。

 仕事を終えた人々が家へ帰るか、その前に食堂に寄ろうと移動して、道は混雑している。


 ――オーレリアン本人が見つからないなら、目撃情報を探すしかない。


 セルジュに聞いた話と街の地図はしっかり覚えている。人の多い広場に行って、話を聞いてくれそうな僧や商人を探すことにした。

 尖塔を目指して歩けば必ず広場に着く。

 ルカは屋根の間から見える目印を確認しながら、適当な場所で大通りから右の路地に入った。

 大通りに比べれば人通りが少なく、暗い路地だ。しかしまだ日暮れ前で、夕食の時間より前で、すぐ近くに貴族の屋敷も連なるような土地だ。

 だからルカはまったく警戒していなかった。

「んむぅッッ!」

 羽交い締めにされ、口を塞がれ、さらに細い路地に引き摺り込まれて初めて、自分の不注意を後悔する。


 相手は体の大きな男だった。太い腕に後ろから押さえ込まれると身動きが取れない。手足をバタつかせ、男の手を何度も叩いたがびくともしない。

 セルジュが用意してくれた旅のマントは、豪華な装飾こそないが、売ればかなりの額になるだろう。こんな格好で裏通りを歩くべきではなかったのだ。


 ルカはとっさに腹部を押さえた。

 王宮にいる間はさすがに荷物を持ち歩いたりしなかったが、旅路のために貴重品を下着に巻いていた。

 少しの銀貨と、セルジュにもらったペンが入っている。

 身ぐるみ剥がれてもこれだけは死守しなければならない。

 それとも奴隷商人に売り飛ばされるのだろうか。奴隷は違法だが、若い男は労働力として鉱山や大農園によく売られると聞く。これもいつか厳しい規制法と有効な対策を打ってやると意気込んでいたが、自分が売られてしまっては笑えない。

「尻尾を出したな、この薄汚い鼠め!」

 男は鼻息荒く罵ると、押さえていた腕を離して路地裏の壁にルカを叩きつけた。

 背中をしたたかに打ち付け、ルカは一瞬息が止まったあと、激しく噎せる。

「ぐっ……ゲホッゲホッ!」

「どこの間者だ! フォンフロワドにまで入り込むとは!」

「え……」


 激昂して詰め寄ってくる男の声に聞き覚えがある。

「オーレリアン……?」

 ルカは呼吸を整えながら、夕刻の路地裏の薄暗い中で目を凝らす。


 昼間見たのと同じ地味なマントを被っているが、こうして正面から見れば顔も髪も隠されてはいない。

 セルジュより少し低い身長、幅と厚みのある体。暗くてよく見えないが、金髪に青い瞳、雪の肌。

「どこまでも身の程知らずの無礼者だな。今の一言だけで、獄に繋ぐには十分だ」

「あ、貴方こそなんでフォンフロワドに……!」

 胸倉を掴まれて言葉が止まる。

 外套の襟をギリギリと締めあげられ、建物の壁に肩と背中が押し付けられる。ルカはオーレリアンの腕を掴むが、両手で押し返そうとしても全く歯が立たない。


「何をしておいでですか!」

 人気のない路地裏に、よく知った声が響いた。

 アルフォンスだ。

「へい……とにかく、何をしておいでですか。このような所におひとりで、危険です」

 おそらく陛下、と言おうとして止めたのだろう。

 アルフォンスもまた市井に溶け込みそうな地味なマントを羽織っていた。

「見れば分かるだろう。我が国の王子に取り入ろうとする間諜を捕らえたのだ。コソコソと路地裏に入って行くのを見たのでな」

「誤解です。この子猿は無謀なことばかりしますが、セルジュ様の意に背くような行いは決して致しません」

「だから騙されていると言っているのだ! それなら、何故こやつはフォンフロワド城をひとりで抜け出した? どこかで仲間と接触するつもりか、機密を盗み出すかどちらかのために決まっているだろう」

「へ?」

 いまだオーレリアンに襟を締めあげられながら、ルカは間抜けな声を出す。

「お、俺は……貴方の方がセルジュ様に、何かするんじゃないかって」

「なんだと?」

 オーレリアンの瞳が鋭く眇められる。

 拳がわずかに緩んだのを見逃さず、ルカが力いっぱい振り払うとなんとかオーレリアンの手から逃れられた。

「セルジュ様を監視するためにアルフォンスを送りこんだって。聞いていたんです、あの日、中庭で」

「あの時……」

 中庭での邂逅を思い出したオーレリアンが視線を鋭くする。


「違うんだ、ルカ。俺はセルジュ様を裏切ったりなどしないし、オーレリアン様も、セルジュ様を害しようなどとはお考えにならない」

「貴様の素性は徹底的に調べた。ルシノ村の出身、十歳でサン・ド・ナゼル聖堂の基礎学校に入学し、わずか二年で王立古文書研究学院の入学試験に主席合格。その後セルジュに取り入り、バザクルからの帰国後は西の宮にまで潜り込んだ」

「ちょっと待ってください。後半、かなり悪意的な解釈をされていますが」

「黙れ。十二歳で主席合格だと? 話が出来過ぎている。セルジュと同期になるために、なんらかの手を回したとしか考えられん。一体誰の命令だ? どんな手を使った?」

「賢者様に、憧れて……勉強して世界を変える人間になれって、言ってくださったから」

「賢者様?」

「山で遺跡と古文書が見つかって、王都から偉い学者がいっぱい来たんだ。その時、賢者様って呼ばれてた、一番凄そうな先生が古代文字も教えてくれた。古文書にはまだ誰も知らない知識がたくさん詰まってて、それを活かしてもっともっと国を良くしていける。世界を変える力があるんだって」

「そうか……賢者様が……セルジュに引き合わせていたのか」


 ルカが話すうちに、オーレリアンの表情からは剣呑さがなくなっていった。


「すべて話そう。アルフォンス、我々をフォンフロワド城に案内してくれ」
















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