第35話

「まず出来るのは、レニエ家の不正摘発です」

 セルジュの執務室にはセルジュ本人、ルカ、アルフォンス、トマシュが集まり、大きな執務机を取り囲んでいた。


 ルカはまず一枚の紙を机に置く。

 これからセルジュが王宮内でどうやって立ち回るか、どうすればオーレリアンとバチストの圧政を変えられるか、そしてセルジュを立太子させるための作戦会議がはじまった。


「俺がいた写本工房は場所を変えています。おそらく第二城壁内でも反対側の、南門に近い裏通りに。その場所を突き止めてレニエ家の出入りの証拠を上げるんです。王宮図書館にある古文書の写本も出てくるので、工房が見つかりさえすれば追及は簡単ですよ」


 紙にはルカが覚えている限りで、写本工房で働いていた者の名前、取引のあった書店や紙問屋、出入りしていた人間の特徴などを書き込んだ。

 それに対してまず口を開いたのはアルフォンスだった。


「前にも言ったが、違法翻訳の摘発などいたちごっこだ。いくら取り締まっても後から後から湧いて出てくる。止められるものではないと言ったのは貴様ではないか」

「別に取り締まりが目的じゃないからいいんです。大事なのは、セルジュ様が顧問会議で発言力を持つこと。共同王たちが推進している古文書の独占に貢献して、会議での影響力を増す。地道だけど、正攻法で功績を増やせば相手も文句を言いにくくなるでしょう」


 ルカの論法にアルフォンスは口をつぐみ、変わってセルジュが深く頷いた。


「なるほど。考えもしなかったが、レニエは昨年伯に任命されたばかりで、家門にまだ有力者は少ない。先に証拠を揃えられるなら、会議での摘発妨害もほぼあり得ないだろう」

「できればもう一個くらい大型摘発したいですね。規模が大きければ大きいほど、セルジュ様は現行法の誠実なる遂行者ってことになれるので」

「そこは私が情報を集めよう。幸い、城下にはいくらか伝手がある」

 王宮内にはひとりもいないが、と皮肉げに付け加えながらも、セルジュの口元はわずかに持ち上がっている。


「不正貴族はいいとして、工房の人たちはどうなるの? 違法翻訳の量刑、今すごく重くなってるから……判例だと鞭打ち十回以上の刑になってしまうよ」


 貴族はいいと頭に置くあたり、トマシュもこの三年で図太くなっている。


「そこで、第二城壁の病院増設案をねじ込みます」

 ルカは今度は二枚、紙を机の上に置いた。王都の城壁内の簡単な位置関係を描いた地図と、文字ばかりの走り書き。

「第二城壁内の公共施設はずっと不足してるので、増やすこと自体は共同王側も反対してるわけじゃないんですよね。そこで、大型摘発で処分に困った大量の違反者を、病院建設の労働力に充てます。もちろん、摘発より先にこの案を通しておかないといけないですが」


 そこでセルジュが顔を上げたので、ルカは続きをセルジュに渡す。


「理解した。参考判例は十年前にバチストが提案して可決した、軽犯罪者の城壁工夫労働だな。建設労働者になれば、狭いけど宿舎に入って食事も出る。摘発することで違法労働からの救済にもなるということだ。前例を作れば病院の後に基礎学校の増設提案もしやすくなる。処分人員以外にも工夫は必要だから、無産市民たちを雇い入れることにも繋がる」

「その通りです。そんな感じで、ちょっとずつだけどセルジュ様の提案を会議に通せるように地盤を固めます。共同王たちのご機嫌伺いしながらってのが、まあ腹立つけど。そこはぐっと我慢して、なんとか」

 言いながら一番腹を立てているのはルカであったが。
















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