第31話

 ルカは息止めてふたりに近付いた。

 共同王オーレリアンと、その叔父で後見のバチスト。

 城壁の設計ミスで事故を起こし、ルカの帰郷を妨害し、セルジュを冷遇している諸悪の根源。

 兄レオンの敵。

 兄と、みんなの敵だ。

 いつか殴ってやりたいと、できることなら命すら奪ってやりたいと思っていたふたりが、すぐそこにいる。


 ルカはふたりが隠れるようにしている彫像の隣の台座までにじりよった。オベリクスとレモンの木の影にそっと身を潜める。

「また違法翻訳本が、なぜあんなに出回って……帝国かぶれのセルジュが手を回しているに違いない、ダメだ、古文書を平民などに、ああ、奪われては」

「ご安心ください。バザクルへの密輸出は警備を強化しました」

「しかしっ、しかしぃ……!!」

 バチストは取り乱し、薄くなった白髪頭をかきむしった。

 確か年齢は五十五歳のはずだが、実年齢よりもかなり老け込んで見える。


 オーレリアンは現在二十七歳。

 がっしりとした幅のある体つきに、太い首。サーコートの丈が短いのは馬に乗るためだ。

 騎士叙任を受けた王侯貴族は、それを示すために騎士の装いを取り入れることが多い。オーレリアンもそれに倣っており、優美さより力強さが強調される服装だ。


 ――セルジュ様に、少し似てる。


 全体の印象はまったく違う。

 すらりと優美なセルジュに比べて、おそらくオーレリアンの方が背が低く、体に厚みがある。

 髪の長さが違うだけでなく、セルジュは蜂蜜を陽に透かしたような煌びやかな金髪だが、オーレリアンは所々濃いベージュが混ざった落ち着いた色合いだ。

 しかし、それでも似ている。淡々とした低い声や、冷たく見える薄い唇が。


「セルジュがバザクルを抱き込んだのだろう⁉ 今日も議員が言っていた、早くあの小僧を追放しろ!」

 バチストの憎々しげな叫びにルカは肩を跳ねさせた。

「叔父上……」

 オーレリアンはため息混じりの、落胆したような様子でバチストを嗜める。

「調べましたが、それもデマでした。セルジュにそんな力はありません」

「城下の反乱分子はどうした! あれもセルジュか、コンスタンスが扇動しているんだろ! はやっ、早く、殺せぇっ!」

「姉上はアクィテーヌ伯領にいらっしゃるでしょう」

「じゃあ、やっぱりセルジュだ!! バザクルで帝国主義にかぶれたのだ! 危険思想だ! とても立太子など認められん!」


 いったい何を言っているんだろう? ルカは目をすがめてふたりを凝視する。

 バチストは妙に興奮していて、話も支離滅裂だ。


 敵対しているセルジュが反乱分子を扇動していると考えるのは、まあ分からなくもない。しかしコンスタンス王女はオーレリアンの妹、アクィテーヌの身内だ。バチストから見ても血のつながりのある姪である。優秀な女性で、早々に伯爵位を継いでアクィテーヌの領地を治めている人物だ。

 何故突然彼女が出てくるのか。


 ルカが西の宮で暮らすようになって十日。王宮内での噂話や勢力関係も見えてきた。


 オーレリアン共同王は、バチストの傀儡。

 第一王女のコンスタンスは、父親の聡明さと母親の処世術を併せ持つ女傑。

 第二王子のセルジュは、オーレリアンにことごとく機会を奪われる日陰モノ。

 第三王子のロランは優秀だがまだ幼く、病で体が弱ってからあまり表に顔を見せていない。


 一番のキレ者はオーレリアンを懐柔してるバチストだという話だったが、今の二人のやりとりを聞く限り、とてもそうは思えない。


「セルジュに打つ手などありません。そのためにアルフォンスを付けているのですから」

 ルカは飛び上がりそうになった。

 まさかアルフォンスが、オーレリアンの間者? 素知らぬ顔をしてセルジュに仕えながら、実はオーレリアンの指示で動いていたのだろうか。

 そんな馬鹿な。

 いくらなんでも信じられない。

 ルカは必死に考えを巡らせる。


 ――賢者様ならどうする。賢者様なら、どうする……?


 オーレリアンが興奮するバチストを何度も嗜めて、ふたりは西の宮の方へと移動し始めた。

 彼らも昼食のために部屋へ戻るのだ。


 ルカはなるべく距離を取ってから、わざと音を立てて駆け出した。

 庭の反対側、物陰から突然現れたルカに、オーレリアンは腰の件に手を置いて警戒し、バチストは固まったように動きを止める。

「何者」

 オーレリアンはどこまでも冷静だ。やはり、声はセルジュによく似ている。

「あ、すみません、失礼をッ」

 ルカはずっと走ってきたかのように肩で息をしてみせる。

 偶然居合わせたことにするのだ。少しでも話をして、彼らから情報を引き出したかった。

「急いでおりまして」

「……無作法な」

 ルカが丸腰であることをじっくり確認したオーレリアンは、低くしていた体勢を戻したが、左手だけは剣の鞘に残っている。


 ルカはなるべく優雅に見えるよう、ゆっくりと礼の姿勢を取った。

 騎士の礼など分からない。聖堂で僧たちに習った礼だ。胸の前で両手をゆったりと組み、しゃがむように深く膝を折る。

「も、申し訳ございません」

「見ない顔だな。何者だ」

「お初にお目にかかります。セルジュ様に招かれて西の宮に滞在しています、ルカと申します」

 ルカは一度深く頭を下げた後、視線だけでそっとオーレリアンの顔を盗み見た。

「ああ、話は聞いている。学院の同期だったとか」

 麦の穂先のような短い金髪は、セルジュと比べると少しくすんでいるが、肌は同じ雪の白。瞳の色は、森の緑だ。暖かな季節を思わせるが、その視線は射殺そうとするかのようにルカを睨みつけている。


「貴様のような下衆がいる故、我々が苦心している」

「え……」

「セルジュから利を得ようなどと考えるな。早々に王宮から立ち去れ」


 オーレリアンは一方的に言葉を投げつけると、振り返ることもなく中庭から立ち去ってしまった。


















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