第23話
秋深まる、万聖節の三日前。
ルカはセルジュに荷物を漁られていた。
「身分証は持ったか?」
「持ちました」
首から下げた紐をチュニックの中から引っ張り出し、セルジュに見せる。
学院の外に出るにも、城壁を通るにも必ず身分証が必要になる。ルカの身分証は王立の学生であることと、サン・ド・ナゼル僧院が身元を預かるという内容が書かれている。
もし国境を超えて隣国へ渡るとすれば、さらに王宮発行の通行手形も必要だが、故郷の村に帰るだけなら個人の身分証だけで問題ない。
「防寒具と雨具は」
「マントがあれば十分ですってば。荷物が重くなるのも嫌だし」
「しかし……」
このやりとりは三回目だ。
王族のくせに物を持たないセルジュからしても、ルカの旅支度は少なすぎるらしい。
「もう一度、中身を確認させてくれ。こんなに軽くて大丈夫なのか? 飲み水が少なすぎるのでは」
「そろそろ時間ですから」
セルジュの手から鞄を奪い取って、ルカは部屋を出て行ってしまう。
万聖節当日まではいつも通り講義があるが、実家が遠いルカは講義の欠席と外出の許可を取り付けていた。それも四回も書類を書き直しさせられて、やっと下りた許可だった。
「セルジュ様は講堂にいらしてください。遅刻になりますよ」
「君を見送ってからだ。ああ、貴重品は」
「服の下にちゃんと隠してあります。俺は貴方よりは旅に慣れてますよ」
まだ荷物の確認をしようとするセルジュの言葉を遮り、ルカはチュニックの腹のあたりを叩いた。
少しの銀貨が入った財布を布で包んで、腹に巻きつけてある。チュニックの帯に括り付けてある財布には、街を出るまでに少しだけ買い物する予定の銀貨を分けて入れた。これなら身包み剥がされるような事態にさえならなければ、銀貨すべてを盗まれずに済む。旅人の基本だ。
銀貨と一緒に、聖堂からいただいた護符も入っている。これは、レオンの魂だ。
レオンの遺体は王都の共同墓地に埋葬された。その魂を、万聖節に合わせて故郷に連れ帰る。ルカは連れて帰ったレオンと、万聖節にこの世に帰ってくるという先祖みんなの魂とともに、静かな祈りの日を過ごすのだ。
「今すぐ講堂に戻れ」
寄宿舎お門で、何故か槍を持った兵士に睨まれた。
「外出許可が下りてます」
「許可は取り消しとなった。これより学生全員に臨時の文官採用試験を実施するとのことだ。講堂で受験を」
「はあ? 冗談でしょう、こんな変な時期に」
突きつけられた槍先をものともせず兵士に噛み付くルカを、セルジュが慌てて引き戻す。
「学長であるバチスト殿の許可が下りていたはずだ。誰がそれを取り消した?」
兵士は王子の言葉に一瞬怯んだように目をすがめたが、すぐに冷静な表情に戻って淡々と答える。
「恐れながら、バチスト様ご本人が取り消されました。全員受験との
「嘘だろ……なんで今なんだよ!」
飛び出そうとするルカの肩をセルジュが強く掴む。
ふたりは兵士に追い立てられ、その足で第二十期生の講堂に押し込められた。中には他の同期が全員揃っており、担当教授たちが数人、教壇付近に立っている。
「お願いします。今日だけは、今日だけは勘弁してください」
ルカはセレスタン教授の姿を見つけ、取りすがって訴えた。旅支度のまま、護符を納めた腹をチュニックの上から押さえる。
「ここに、ここに兄の魂を預かってるんです! 俺が連れて帰ってやらないと、レオンは村に戻れない!」
「ルカ……」
セレスタン教授は重苦しい表情でルカの肩を撫でるが、弱弱しく首を振るだけだ。講堂の中にまで兵士がいて、武器を持ってにらみを利かせている。
「説明を要求する。何故突然、試験日程が変わったのだ?」
「学院長であるバチスト様のご命令です」
セルジュの問いかけに、一番年嵩の教授が答えた。
「それは日程が変わった理由ではない。何故急に日程を変更したのかと聞いているのだ」
「オーレリアン共同王が顧問会議で決議されたことです。代官の新任が続き、王都で働く文官が不足している故、なるべく早く学院から文官を登用したいとの仰せでしたので」
「では、兄上に取り次げ。私が直接話をする」
「なりませぬ」
「文官の登用を急ぐにしても、ほんの数日を待てないはずはない。取り次げ」
兵士も教師もセルジュから目を逸らし、口を固く噤んだ。
「兄上は、何をそんなに急いでおられるのだ……」
セルジュのか細い問いに、誰も答える者はいなかった。
ルカは試験中、一度もペンを持たなかった。セルジュから贈られた銀製のペンを机の上に置き、その美しい細工をずっと見つめていた。
「ルカ、回答を記入しなさい」
一度だけ、セレスタン教授に声をかけられた。
「……分かりません」
教室中の視線を背中に感じながら、ルカは首を振った。
「分からないので、答えは書けません」
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