第15話
その夜。少し話がしたいと、セルジュに招かれて寄宿舎の部屋に向かった。
他の同期生の部屋には何度か入ったことがあるが、セルジュの部屋は初めてだ。
「本当に入っちゃっていいんですかね?」
ルカは思わず、ドアの外でアルフォンスに聞いた。
「入れと命じられて、入らない方が無礼だ。入れ」
尻込みするルカの背をアルフォンスは容赦なく押す。王宮騎士の力で押されれば、まだ成長途中の少年の体は簡単に傾く。
前のめりに飛び込むようにして部屋に入ると、アルフォンスは外から扉を閉めてしまった。
本当の意味でセルジュと二人きりになるのは初めてだ。いつも必ず目の届く範囲にアルフォンスが控えていた。
「お、お邪魔します」
「座ってくれ」
他の部屋と同じだ。
自分やトマシュ、みんなと全く同じ部屋であることにルカは驚く。セルジュだけ特別な部屋を与えられているに違いないと思っていたのだ。
木製の簡素な机と椅子、教材を置くための小さな棚と、やはり小さなベッドが二つずつ。本来二人用の部屋をひとりで使っているところまでルカと同じだ。
小さな窓からは敷地の外周を囲う塀が見えるだけで、日が暮れた今は鎧戸も閉じられ、室内は薄暗い。
「あの、これで大丈夫なんですか?」
ルカは勧められた椅子――備え付けの、ルカの部屋と同じ小さな椅子だ――に腰掛けながら、これっぽっちも珍しくない室内を見回す。
壁の杭にかけられた衣装と、片方の机に置かれた装飾ランプだけが妙に煌びやかだ。ランプは私物を持ち込んだらしい。
「レナルドとかブリューノの部屋の方が、色々調度品がありましたよ。もっと物がないと不便なんじゃないですか?」
「必要な物は揃っている。物を選んで持ってくるのも面倒だしな」
「はあ。まあ、セルジュ様がそれでいいなら、別にいいですけど」
淡々とした答えに、ルカは肩の力が抜けた。セルジュは本気で必要な物は揃っていて、これ以上いらないと思っているようだ。
「話とは何ですか?」
「何故、共同王への書が届くのに時間がかかるのか、についてだ」
セルジュはやはり表情を変えずに話す。
だからこの話題がセルジュにとって悲しいことなのか、辛いことなのか、はたまた憤っているのか読み取ることはできない。少なくとも楽しい話ではないことは確かなのだが。
「聞いてもいいんですか」
「良い機会だから、話しておきたい。君は今まで縁がなかっただろうが、王宮に上がっている家の者ならば皆察している」
「そうなんだ……」
同期生の中には王宮に仕える貴族の子息も多い。きっと彼らは知っているのだろう。
「どうして俺だけに? トマシュや、他の人は? 全員が知っているわけではないでしょう」
ルカの正面で簡素な椅子に腰掛け、セルジュは少し考える素振りを見せた。
部屋で唯一煌びやかなランプの中の火が揺れて、金髪の右半分をひらひらと照らす。灯りが置かれた右側だけが陽に透けるような金色で、残り半分は濃いベージュ色だ。
「私と君は、遠い存在だから……かな」
空色の瞳が瞬いた。セルジュは考えながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「全く知らない存在だから、きちんと知りたいと思うようになった。君にきちんと歩み寄り、分かり合うことで、自分の存在がはっきりと見えてくるように感じる。最も遠い君に受け入れられることで、均衡が……物事の端と端が、釣り合うのではないかと……」
セルジュは自分で言った意味が分からないようで首を傾げてしまう。相変わらず無表情だが、その仕草はいつもより少しだけ幼なげに見えた。
「詩歌みたいで、分かりにくい言い回しですね」
ルカも釣られるように首を傾げる。
抽象的な表現と、君という呼びかけが、ルカの苦手科目の詩歌を思い起こさせた。
詩歌で“君”と二人称を使えば必ず恋人を表すのだが、ルカはいまだに理解できない。こうして友人に呼びかける時にも使うのに。
「そうか。詩歌のようか」
ルカが眉根を寄せると、セルジュは噴き出した。肩を震わせて笑うセルジュなど初めて見る。
「そんなに笑うことですか」
「いや、悪い。思いがけない答えだったものだから」
「それで、どうして共同王にそんなに邪険に扱われてるんですか?」
ルカは乱暴に椅子に座り直す。学生の大半である十代後半以上――成人男性の体格に合わせて支給される椅子は、ルカの体にはまだ少し高い。
「シュアディート三家は分かるな?」
「セプティマール、アクィテーヌ、フォンフロワドの三家ですね。セプティマール王家に後継者がいない時、アクィテーヌかフォンフロワドから選出する。セプティマールの国王とその後継者は、アクィテーヌとフォンフロワドから順に結婚相手を選ぶというのが、王家の神殿への誓いですよね」
セルジュの母はフォンフロワド家、それ以外の兄弟――共同王オーレリアンも、その叔父バチストもアクィテーヌ家の母を持つ。
セプティマールが本家、他の二家が支家と呼ばれる傍系というのが端的な表現だが、実際には嫁や婿が行き来しているので血の濃さは均一だ。アクィテーヌ家とフォンフロワド家は、それぞれ国の東西に広大な領地を持つ伯の家系でもある。
「今はアクィテーヌが強いから、セルジュ様はひとりだけ爪弾きにされているというのは、想像はつきますが」
「まあ……一言で片付ければ、それで合っている」
セルジュはまた笑った。空色の瞳が細くなって、眩しいものを見るときのようだ。
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