第12話
「よし、じゃあ早く準備しましょう!」
定型的な挨拶が終わったと判断したルカは、同期生たちを急かして広場の一角へ連れていく。
春祭りの期間は毎日寄付奉仕が行われる。人々は少しずつ自分の所持品を持ち寄り、それを必要な人に渡すのだ。物を集めるのも、配るのも、僧院が管理するのだが、当然人手が足りない。
そこで毎年、王立古文書研究学院の学生が駆り出される。
「サン・ド・ナゼルに詳しくない人は俺かトマシュに聞いて。あっちに籠が積んであるから、ひとりふたつは持って、奉仕品を入れて運び出してください」
「ほ、本当に殿下にも持たせるつもり? 配布列のそばにいてくださるだけで、いいんじゃないかな?」
早速荷物の移動を始めるルカに、トマシュが数日前から何度も聞いてきたことを繰り返した。
「本人がやるって言ってるんだから、別にいいんじゃない?」
「で、でもさあ。不敬罪で逮捕されないか、もう心配で心配で」
「構わない。何もせずじっと立たされるのも退屈そうだ」
「ほら、殿下もやるって言うんだから、いいんだよ。王子様から奉仕品もらえるって喜ぶ人もいるんじゃないかな」
「そんな気軽に殿下を使って、誰かが通報しないかな? 大丈夫かな?」
「うるさいなあ」
ちなみにセルジュがやると言ったあとはアルフォンスも文句を言わなかった。トマシュだけがずっとオロオロしている。
学生たちは手際良くカゴに奉仕品を入れ、次々と広場に運び出していく。
「ほらほら、早くしないと昼の寄付奉仕に間に合わないよ。トマシュも急げ!」
ルカも同期たちと同じように籠をふたつ抱えようとしたが、大きな籠を片手にそれぞれ持とうとして、腕の長さが足りずに取り落とした。
春が来た。春が来た。
皆が口々に、嬉しそうに挨拶を交わす。
今年もよろしく。無事に春を迎えられて良かったと。
春が来た。春が来た。
人々は暖かさに感激して、歌って踊る。
厳しい冬の間はどこかギスギスしていた心が溶けて、優しく暖かい気持ちになれる。
春が来たからだ。
「殿下って、すごい方だったんですね」
まだ焼きたてのぬくもりが残るパンを齧りながら、ルカはそう呟いた。
聖堂の玄関屋根の下、簡素なベンチに腰掛けて遅い昼食をとっていた同期生たちが一斉に怪訝な顔をする。
「何を、いまさら」
「まさか今まではすごくないと思っていたのか?」
「子猿もようやく人間の身分制度を理解したようだな」
最後のはアルフォンスだ。
アルフォンスと、あと何人かはまだルカのことを子猿と呼んでからかう。ルカの背がいくら伸びても、大柄な騎士たちに届く日は来そうになかった。
「今まで、キラキラ着飾っただけの貴族とか、なんのために存在してるんだろうって思ってたんですけど」
「貴様、またそういうことを!」
人を猿呼ばわりするアルフォンスの小言は無視して、ルカはセルジュに向かって話しかけた。
「でも、殿下を見たら少しだけ分かりました。綺麗で身分の高い人がいる意味って、ちゃんとあるんだなって」
「……そうだろうか?」
セルジュはみんなと同じように屋外のベンチに腰掛け、聖堂の用意したパンを齧っている。
彼が寄付品を手渡すと、人々は泣いて喜んだ。
普段お目にかかれない人物だから、特別だからというだけでは説明がつかない。みんなの顔はとても幸せそうだったのだ。
「みんなが喜ぶなら、それってすごくいいことですよね」
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