第8話

「どんなのですか!」

「貸与制度だ。ペンをはじめ、インク、ノート、勉学に必要な備品を全て学院所有の貸与品にする。私物の持ち込みは禁止だ。これにより、高価な私物が盗難に遭うなどの懸念もなくなり、紙やインクの質が一定になることで、学院側が勉学に支障のない環境を保証できる。講義のたびに配布、回収すればなくなる心配はない。もし紛失、汚損などがあれば二十期生全員の連帯責任とし」

「ちょ、ちょ、ちょっと、待って。待ってください」


 セルジュの言葉を遮ってしまいアルフォンスに睨まれたが、それどころではない。


「どうやって全員分の備品を揃えるんですか?」

「君が使っているような木製のペンなら、数十本くらいはすぐ手に入るだろう。ノートなどの紙類も学院に出入りしている商人に急ぎ手配を頼めば」

「ちがう、ちがう、ちがーう!」

 ルカは叫んだ。

「俺だって家が金持ちでかっこいい銀のペンが持てるなら、毎日使いたいし、ちょっとくらい自慢しちゃいますよ。別にそれをやめさせたいわけではなくてですね」

「そうなのか?」

「みんなだって、私物の持ち込み禁止になったら嫌でしょう!?」

 ルカが周囲に同意を求めると、話題を振られると思っていなかった学生たちは狼狽した。答えに窮する者もいたが、数人が「そうだな」「まあ、禁止はちょっと」などと濁しながらも賛同する。


「では、君の案が採用だ。内容を詰めよう」

「よし!  法学教授に頼んで、二十期生規則にしましょう」

「だそうだ。他に意見のあるものはいるか? 我々第二十期生の規則だ。草案には多くの者の意見を取り入れた方が良いだろう」

「本当に規則になさるおつもりですか!?」

 声を上げたのはアルフォンスだが、他の学生たちも同じように口を開けて驚いている。自席で小さくなっていたトマシュも目を見開き、そのまま固まっていて珍妙な顔だ。

 同期生たちの驚愕の表情に対して、セルジュは動じることなく淡々と言葉を続ける。

「あくまで草案だ。教授に提出して、否決されれば仕方ないが」


「あ、あの」

 最初に手を挙げたのはトマシュだった。実は寄宿舎でルカが法案を見せていたので、内容はおおよそ覚えているのだろう。

「故意に他人の所有物を持ち去ったり破損した場合……この言い回しの、故意に、という部分が曖昧だと思います。故意ではなかったと本人が証言すれば、それまでになってしまうので」

「代案は?」

「ええと……では、“正当な理由なく”という文言はいかがでしょうか? これなら第三者の判断も可能です」

 トマシュの提案に、おおっと関心の声が上がった。

 友人の援護にルカも嬉々として言葉を重ねる。

「じゃあ正当性の判断は、多数決にしましょう。教授と学生を裁判官ってことにして、人数を決めて」

「裁判制度か」


「殿下」

 ひとりの学生がおそるおそるセルジュに話しかけた。

「あくまで同期内の規則ではありますが、つまり……帝国風の成文法を、お作りになられるおつもりですか?」


 成文法――シュアーディ王国の法は、法学上の分類で言うなら判例法に当たる。

 過去の裁判記録を参考に、有罪か無罪か、どのような罰を与えるかを裁判官が話し合って決めるのだ。シュアーディ王国だけでなく周辺の国も同じような法制度だが、近年この流れが変わりつつある。

 古文書の知識が普及し、各国で帝国風の成文法典編纂の機運が高まっているのだ。伝統的な法体系を残すのか、刷新を図るのか、シュアーディ国内では意見が真っ二つに分かれている。


「そういうことになる」

 セルジュが相変わらずの無表情で頷き、隣のルカはニンマリと笑みを浮かべた。

「やってみたかったんだよねー、法典編纂! 卒業したら文官になって草案作成とかやる予定だから、先に練習しようと思って」

 ルカが弾んだ声で言うと、アルフォンスが思わず呟いた。

「猿、お前文官になるつもりなのか」

「猿じゃない。ってゆうか、アルフォンス殿は猿を見たことがあるんですか?」

「えっ? いや、見たことは、ないが……」


 意外な切り返しにアルフォンスは律儀に答えてしまってから、憎らし気にルカを睨んだ。いつも眉間に皺を寄せているから跡が残っている。年のわりに老けて見えるのはそのせいだろう。

 セルジュが十六歳、アルフォンスは十八歳だが、もっと離れて見える。


「俺は見たことありますよ。猿は岩山に群れで暮らしてて、すごく賢いんです。大家族でみんなで協力して生活してて、赤ちゃん猿は毛がフワフワですごく可愛いんですから」

「そ、そうなのか……」

 すっかり毒気を抜かれたアルフォンスは気まずげに視線を逸らした。

 猿は珍しい生き物だ。少なくとも王都の周辺には住み着いていないし、国内でも山間部のわずかな場所でしか目撃されていない。

「知らなかったな。」

「ああ、なんとなく、御伽噺に出てくる狡猾ですばしこい印象しかなかったから」

 アルフォンスだけでなく、猿を見たことのない都会育ちの御曹司たちも関心して頷いている。

 これで猿を悪口に使われる心配は減ったと、ルカはひとり笑みを浮かべた。


「間違いなく、これからは成文法典の時代ですよ。きっと今に北のルテティアもバザクルも、法典を完成させるはずですから。うちみたいに分厚い法例集を覚えなきゃならない国は、時代遅れって言われてしまいます」

「貴様、また王家を侮辱しおって!」

 アルフォンスは眉間の皴を深くしたが、セルジュはわずかに口の端を持ち上げた。

「王宮顧問会議より一足先に、学院の成分法典を作るのか……」

「そういうことです。やりましょう!」


 こうして、王立古文書研究学院の規則法典編纂が始まったのである。


















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