第7話

 新年早々の入学から一ヶ月が経ち、御曹司たちの煌びやかなサーコートがそろそろ暑そうに見えてくる。

 ルカは入学初日こそ礼儀としてサーコートも着ていたが、二日目からはチュニックだけで過ごしている。実家は山の上で王都より寒いし、基礎学校も半分屋外のような教室で勉強していた。立派な石造りの講堂内は冷たい風が入ってきたりしないし、肌寒い日には火鉢まで置かれる快適な学院生活で、ルカに上着は不要だった。


 年が明けて一月。さすがに火鉢も道具小屋にしまわれる季節だ。


 ルカは今日も一番乗りで講堂に入った。

 最前列、中央より少し右の自席に座り、寄宿舎から運んで来た教材を鞄から取り出す。

 基礎学校に入る時に作ってもらった革の鞄は随分くたびれてきた。毎日重い紙の束を持ち運んでいるし、ルカは何度もインクをこぼした。二か所ほど破けた箇所を補修したが、これもいつまでもつだろうか。

 別に見た目がボロくても構わない。

 問題は、穴が開いた時に当てるための継ぎ用の革を、どうやって手に入れるかだ。裁縫は寄宿舎の世話をしてくれている僧に頼めばやってくれるだろうが、肝心の革が手元にない。基礎学校では僧院が面倒を見てくれたが、これからは自分一人で日用品を調達しなければならなかった。

「兄ちゃんか、トマシュに頼むしかないか……」

 鞄の中身を出し終えたルカは、机に両肘をついて手のひらの上に顎を乗せる。


 ルカには六つ年上の兄がいる。

 レオンという名で、二年前から王都で出稼ぎを始めた。ルカが基礎学校に通うため家を出るのに付き添ったような形だ。間もなく完成する第二城壁の工事と、その周辺の見回りなどの仕事をしている。第一城壁の中のルカと共に暮らすことはできないが、何かあればすぐ呼べる距離に兄がいると思えば、やはり安心した。


 ルカは家族を思いながら、今日ひとつめの講義の教材を開く。

 苦手な詩歌からだ。本はなんでも楽しく読むが、愛や悲しみの詩歌を読むと急に眠くなってしまう。

 法律や建築に比べると具体性に欠け、ふわふわしているのだ。

 政治も曖昧な記述が多いが、亡くなった恋人に向けて「君が住まう天、それはぼくの隣」などといった矛盾した荒唐無稽な表現は出てこない。これらの詩や文学を古代帝国語で読むのは骨が折れる。


 ルカが苦手科目にため息を吐いていると、同期生たちが続々と講堂に入ってきた。その中に目当ての人物を見つけ、ルカは机の上に出しておいた紙の束を掴んで勢いよく立ち上がる。


「おはようございます、殿下。これを読んでください」


 いつものようにアルフォンスを斜め後ろに従えて現れたセルジュに駆け寄ると、やはりいつも通り警戒したアルフォンスが腰の剣に手を置いて威嚇する。

 同期たちはだんだん見慣れてきた光景に、あまり驚くことなく講堂の自席へと座る。しかし話の内容は気になるようで、何人かは近くに留まって様子を窺っている。

 セルジュは律儀にアルフォンスを制したあと、ルカが差し出した数枚の紙を受け取った。

「これは?」

「法案です。学院内でペンがなくならないための」

 セルジュは手元の紙に素早く目を通した。


 書いてあるのは古代語だったが、さすがにセルジュは読めないなんて言わない。ルカとセルジュは学術成績同期内一位を競い合っているのだ。実際に火花を散らしているのはルカひとりに見えるだろうが。

「遺失物があった場合……教授に経緯を報告すること。関係者から聞き取りを行うこと。故意に他人の所有物を持ち去ったり破損した場合、物品に相当する金銭に加えて謝罪費用を弁済、及び学院に罰則金を収めること……なるほど。帝国第四期、アウレリウス法の応用ということか」


 ルカは思い切り胸を張った。結構な自信作だ。


「我々は法学を古代語で読んでる学生ですので。このくらいやらないと、面白くないでしょう?」

「私が考えていたのとは違ったな」

「え、殿下も法案を?」

「考えろと言ったのは君だ」

「どんなのですか!」

 ルカはついワクワクと目を輝かせて聞いた。まさかセルジュもルカのように規則案を練っていたとは思わなかった。

















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