第40話 模擬戦闘訓練③

 クリードが握るのは、長さ4フィート130cm前後の直剣。

 長めの刃渡りに対して、やや短めの柄を持つ。

 だが両手で握るには十分で、刀身が厚すぎないことからも、斬る・突く・払う・守る、どれも両手・片手問わず容易く行えるだろう。


「ふむ、〝バスタードソード〟……たしかランク〈B〉の〈均衡型バランス〉だったか。良い得物を持っている」


「今更褒めてもおせーぞコラァッ!」


 刀身に黒い模様が描かれた神器バスタードソードを大きく振り被り、ヴァレンタへと斬りかかるクリード。

 その踏み込みは【神器使い】の名に恥じぬ速さで、とても長剣を持っているとは思えない。

 構えや動きからしても、彼が相応の戦闘経験者であるのは疑う余地なしだ。

 だが――


「……〝神器顕現じんきけんげん〟」


 今度は、ヴァレンタの左手が金色に光る。

 それは細く、短く、まるでレイピアを切り詰めたような形状――所謂〝ダガー〟と呼ばれる物に変化した。

 黒い模様が描かれたその刃渡りは、俺の神器ダークナイフより少し長いくらいだろうか。

 ヴァレンタは神器パリィングダガーを持つが、特に構えることもなく脱力したままだ。


「オラアアアアアアアアアアッ!!!」


 神器バスタードソードの強烈な振り下ろし。

 誰の目にもハッキリとわかる痛烈無比な斬撃は、ヴァレンタの頭目掛けて一直線に振り下ろされるが――


 彼女の目が間合いを見切った瞬間、神器パリィングダガーの刃が〝変形〟する。

 刀身が前後に開いて扇状に展開し、瞬時に3本の刃へとその身を変えた。

 そして神器バスタードソードの刃が当たる瞬間、目にも止まらぬ速さで神器パリィングダガー神器バスタードソードへと突き入れ――そのまま受け流すように、軽やかに振り払った。


「う――お――っ!?」


 当事者であるクリードには、なにが起きたのか理解できなかっただろう。

 〝当たった〟と思った瞬間には視界からはヴァレンタが姿を消し、自分の動きに倍以上の体重移動が加算されたのだ。

 振り下ろした一太刀は勢いを殺すどころか数倍に速度を増し、地面へと直撃した。

 当然動作にブレーキなどかけられるはずもなく、バランスを崩した彼の身体は完全に無防備となる。


「そお――っれ!」


 クリードがバランスを崩すのとほぼ同じタイミングで、ヴァレンタが宙で身体を捻る。

 そのまま右脚を上げ――クリードの後頭部へ、回し蹴りをクリーンヒットさせた。


「んご……ッ!」


 見事なまでのカウンターを受けたクリードは吹っ飛ばされ、地面の上を2、3度バウンドした後に、意識を失った。

 横たわる彼の身体は尻を空へと突き上げたような姿勢となり、なんとも残念な具合になっている。


 ――シン、とした静けさが訓練場を席捲した。

 クリードは正真正銘の【神器使い】だ。

 彼の動きが常人のそれでないことは明らかだったし、彼自体も剣戟のいろはは叩き込まれている感じだった。

 腕利き――と呼べるかは些か微妙ではあったが。


 だがそれでも一瞬で、たったの一瞬であまりにも簡単に打ち負かされた光景は、俺たちにとって十分過ぎる衝撃だった。


「さて……まだ私の実力を見たい奴はいるか?」


 言葉を失っていた俺たちに向けて、ヴァレンタは物足りなそうに言ってくる。

 数秒ほど、皆が皆の出方を伺っていたが――


「……拙者が参ろう」


 朱色の鎧を着た東洋風の男が、皆の前に出た。


「ふむ、お前は極東の生まれか。名をなんという?」


「……サツキ・オニワ。『フソウ』のサムライなりて。お相手仕る」


 そう言って、東洋風の男は腰の剣――ああいう形はたしか〝刀〟といったか、それに手をかける。

 鞘に収まっているが、おそらくアレが【神器】だ。


 サツキ・オニワ……奇妙な名前だな。

 『フソウ』というのは国名だろうか?

 東の国のことはあまり詳しくない。

 暗殺者ギルドにいた頃、東洋人は俺の目標ターゲットになったことがないからだ。


 名前も装備も特徴的な男だが、他に目を引くのが左腕の黒い籠手ガントレット

 肘から先を全て覆う大きな物で、指先に至っては1本1本が革と鉄片で隠されている。

 まるで左腕だけ別人の物をくっつけたような違和感だ。

 見た目から、俺がこの男についてわかることはほとんどないが――1つだけハッキリと言えることがある。


 コイツは――――強者つわものだ。クリードよりもずっと。


「私の師匠も極東の生まれでな。『フソウ』の民は戦慣れしていて、皆鋭い覇気を持つと聞いたことがあるが……お前のソレは、少し独特・・だな?」


「詮索無用。構えられよ」


 口数少なく、サツキは腰を落として重心を下げる。

 左手で鞘を握って親指で僅かに抜き、右手は刀の柄に添える。

 得物を抜かないその構えは異様で、『レギウス王国』では似たモノを見たことがない。


 ――ジリジリと、サツキとヴァレンタが間合いを詰めていく。

 張り詰めた空気が、両者の間で圧縮されていく。


 そして互いが必殺の距離に足を踏み込んだ時――サツキが動いた。

 鞘から、刃が抜き打たれる。

 その速さたるや目で追うのがやっとで、ゼロ距離で放たれた弓矢をも上回る速度だ。


 だが、ヴァレンタはそれすらも見切っていた。

 首を狙って横一閃に放たれた斬撃を、神器パリィングダガーを当てて僅かに軌道を逸らすことで回避して見せた。

 まさに刹那の攻防。両者は再び間合いを開く。


「まあまあの腕だな。お前の【神器】は〝打刀〟か」


「左様、拙者は【打刀カタナ使いの勇者】。……我が抜刀術を避けるとは、おん見事」


「いやはや、師匠と同じ【神器】か。私はなにかと極東に縁があるな。それで、お前の〝流派〟は?」


「〝散桜一刀流〟、免許皆伝」


 サツキは刀を構え直す。

 刀の刃渡りはおよそ2フィート65cm

 ロングソードともレイピアとも似つかない反りのある薄い刃を持ち、さっきの攻撃動作から軽量であることがわかる。

 また、抜き放たれた刃には他の【神器】同様に黒い模様が描かれており、彼の覇気と相まって禍々しさすら感じる。


 ヴァレンタに向けられた切っ先が、キラリと光を反射する。

 彼は刀を顔の横に構え、左足を前に出し、身体は相手に対して真横に向ける。

 それを見たヴァレンタも神器パリィングダガーを前に構え、初めて迎撃の姿勢を取った。


「――参る」


 今度は読み合いの間を置かず、一気に飛び込むサツキ。

 初手は刺突。

 刀の切っ先を一気に突き込む。

 だが扇状に開いた神器パリィングダガーはそれを容易く絡め取って受け流し、ヴァレンタは苦もなく回避して見せた。


 二手目、左腕の黒い籠手ガントレットによる裏拳。

 刺突がいなされると予め予測していたサツキは、あえて剣戟ではなく意表を突く攻撃に出る。


 しかしそれもヴァレンタには通じない。

 軽々と上体を反らして回避。サツキは刀で神器パリィングダガーを弾き、上へと振り上げる。


 三手目――息もつかせぬ斬撃。

 それも一撃だけではない。

 上段、中段、下段と異なる場所へほぼ同時に三連撃を打ち込んだ。

 その速さは〈速度型スピード〉である俺の神器ダークナイフに負けずとも劣らない。


 これは決まった・・・・――俺を含め、戦いを見ていた全員がそう思ったことだろう。

 だが――


「…………いい打ち込みだ、悪くないぞ?」


 ――ヴァレンタが、楽しそうにニコニコと笑う。

 驚くべきことに、彼女はあの連撃を完璧に防御していた。

 かすり傷すらついていない。


 こうして第三者の視点で見ていたからこそ、全ての攻防を見て取れたが――もし俺があのサムライと正面から殺り合っていたら――無傷で勝てる確証はない。


 あのヴァレンタとかいう女は、本当に底が知れない。

 これまで武芸者を暗殺したことは幾度かあったが、あれほどの強者はいなかったと思う。

 そんなヴァレンタを前にして、ついにサツキは刀を引いた。


「……おん見事。拙者の負けだ」


「おやおや、もう少しやってもいいのだが?」


「いや、あれだけやって実力差を測れぬほど、拙者も愚鈍ではない。それに結局、腰の細剣レイピアを抜かせることは叶わなんだ。……ヴァレンタ殿が我らの上官となる旨、認めさせて頂く」


 今までと打って変わって、慇懃な態度でペコリと一礼するサツキ。

 どうやら、彼もヴァレンタの実力がよく理解できたらしい。


「いいだろう、他に文句のある奴はいるか?」


「「「…………」」」


 皆一様に無言で、首を横に振る。気絶したままのクリードを除いて。

 無論、俺も文句はないのだが――


「……大丈夫か、リリー?」


「は……はわわ……マスターが、あ、あんなに強かったなんて……。私は、ついていけるのでしょうか……?」


 俺の隣で、リリーがカタカタと震えていた。

 どうやらサツキとヴァレンタのレベルの高さに愕然とした――というか、2人の攻防に目がついていかなかったのだろう。まあ仕方ない。


 ヴァレンタは気絶したままのクリードをゲシゲシと踏み、


「ホラ、いい加減起きろ。この童貞野郎!」


「んが……はっ!? お、俺はなにをして――!?」


「一言でまとめると、お前は負けた。大人しく言うことを聞いてもらうぞ」


「な、なにぃ!? 俺は負けてなんて――!」


「さて、では満場一致ということでさっそく訓練に移るぞ」


 ヴァレンタは華麗にスルーして話を進める。

 ……あそこまでいくと、もうクリードが気の毒になってくるな。

 本人も滅茶苦茶悔しがってるし。


「我々に設けられた時間には限りがある。いついかなる時に魔族が現れるかわからんからな。だから訓練は常に実戦形式。多少の怪我は付き物と思え。今回は――そうだな、丁度いい機会だし全員の実力を見せてもらおう」


 ヴァレンタは再び皆を一望した。

 今の戦いにあてられて、この場にいるほぼ全員が闘気を剥き出しにしている。

 やる気全開だ。

 ……リリーは例外だが。


「やることは今と一緒だ。私に一太刀入れてみせろ。それが達成できた者から、今日の訓練は終了とする。だが今度は楽じゃないぞ? 実戦を意識するため、次は機動力も加味する。つまり〝動き回りながら戦う〟ってことだ。訓練範囲フィールド王都サントゥアリオ全域。街への被害も、ちゃあんと意識しろ。話を理解できなかったマヌケはいるか? それじゃあ――――皆まとめてかかってこい!」




打刀カタナ】の神器性能スペック

攻撃型パワー/ランク〈A〉

 種類:刀剣

 全長:80cm

 重量:1kg

 神 格:A ■■■■■

 攻撃力:A ■■■■■

攻撃範囲:C ■■■

攻撃速度:B ■■■■

 生存率:C ■■■


サツキの〈加護〉:『なし』

 特定の条件により〝加護スキル〟が得られない。

サツキの〈神技〉:『雪崩桜アヴァランチ・チェリーブロッサム

 打刀カタナの周囲で桜が舞い散り、振り下ろされる一太刀が雪崩となって対象に降り注ぐ。桜には1枚1枚に全て打刀カタナと同等の切れ味ダメージがある。

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