第27話 決戦②

 ――――金棒が、地面と激突する。

 石畳が砕け散り、礫となって四方に飛散する。

 潰れた、もしこの場にファット・アーマー以外の者がいたとしても、そう確信しただろう。


『……へッ、肉片も残らなかったかぁ? だとしたら、ちっとばかし残念だ――な――?』


 勝ち誇ったように巨大な口を吊り上げるファット・アーマーだったが――僅かに身体を後方へ逸らし、左足に重心を移した途端、違和感を覚えたようだった。

 ガクン――とバランスを崩し、左膝を地面に突く。


『あれ……?』


 ファット・アーマーは、自身の左足を見やる。

 すると――


 ――――ブシャア!


 そんな飛び散る音・・・・・をかき鳴らしながら、左足首から青色の血が噴き出た。

 ついさっき、俺が狙った装甲と装甲の隙間からだ。


『な……なん……なんじゃこりゃぁああッ!?』


 自身の身になにが起こったのか理解できず、絶叫するファット・アーマー。

 そんな奴に対し、


「……どうだ、やってやったぞ。醜い化物め」


 背後から、俺はそう言い放ってやった。

 ファット・アーマーは血相を変えてこちらに振り向く。


『!? て、手前……どうしてそこに……! どうやって避けやがったぁ!?』


「別に……たいしたことはしちゃいない。俺が【神器】に求めて、【神器】がそれに応えてくれた、それだけだ」


 そう……夢の中で代理者プロキシー言ったように、【神器】は力を――逆転の可能性を恵み与えてくれた。

 正直に言えば、夢の内容を鵜呑みにするのかはギリギリの判断だった。

 アレに死にかけた俺の夢想や妄想の類が少しでも混じっていたならば、逆転など到底不可能になるのだから。


 最後の最後に【神器じんき】を信じ、身を任せたが――――ああ、そうだ、〝神〟はいた。


『こ、このクソガキャ……! ぶっ殺して――ぐぁ!』


「無駄だ。腱と靭帯を完全に切断した。そんな超重量の鎧を着て、マトモに動けるワケがない。今のお前は、ただ硬いだけの的だ」


 ――趨勢は決した。

 もう奴に勝ち目はない。

 それでも、ファット・アーマーは不敵な笑みを消そうとはしない。


『……へっ、だからどうしたぁ? どうせ手前の武器じゃ、俺の鎧は貫けねえんだろうがよぉ』


「ああ……そうだな、確かに貫けない。だが、もう貫く必要もない」


 俺は右手に持った神器ダークナイフを構え直し、


「もう一度だけ見せてやる。ヒット&ランの――いや、一撃離脱ヒット&アウェイの極致。暗殺者アサシンが求めし神の技。……〝神技しんぎ〟――――《縮地ゼロ・シフト》」


 もう一度、代理者プロキシーが教えてくれた技を使う。

 常人には決して不可能な、万物の法則を無視する神の奇跡。


 ――それは幻影にすら見えただろう。

 静止状態の、全く前動作のなかった俺の身体。

 それが、時間差なしゼロタイムラグでファット・アーマーの眼前まで移動したのだ。


 ――――〝瞬間移動〟。

 この現象を説明するのに、これ以上的確な言葉もない。


『んな――ッ!?』


「……終わりだ」


 ここは奴の間合いの中の、さらに内側。

 意表を突いた刹那の出来事に、防ぐ余裕などあるはずもない。


 俺は神器ダークナイフを握った右手を突き入れ、喉輪ゴージット・プレートヘルメットの間の隙間へと滑り込ませる。

 肉眼では生身など見えず、極限の接近という奇襲だからこそ狙える場所。


 ――右手に伝わる、刃がしっかりと刺さる感触。

 それを感じた俺は、振り切るように神器ダークナイフを引き抜いた。


 ――――鎧の隙間から、青い血が噴き出る。

 それは盛大に、まるで花弁が開くかの如く。


『ギ――――ギャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』


 ファット・アーマーの絶叫が、夜空に木霊する。

 俺は再び《縮地ゼロ・シフト》を使って距離を離し、ファット・アーマーは両手で首元を抑える。


『血、血ィ! 血が止まらねえ! 俺様の血がアアアアアッ!』


 ファット・アーマーは必至で出血を止めようとするが、分厚い鎧のせいで生身に手が届かず、無慈悲なまでの血飛沫が続く。

 これまで身を守ってきた大鎧が止血を阻むなど、とんだ皮肉だ。

 石畳には真っ青な血だまりができ、奴の鎧も左半身が青に染め上げられる。

 これだけの血が流れれば、失血死は目前だろう。

 そんな奴の様子を、俺は間合いの外から見つめていた。


『ち……ち……チクショウ……! ありえねぇだろォ……この俺様が……この大鎧が負けるなんざ……!』


「……お前はさぞや名のある武人だろう。ワザと鎧に〝隙〟を作って俺を誘い込んだのは流石だった。弱点を予め用意しておけば相手の動きは直線的となり、想定も対処もしやすい。だが……防護力に頼り過ぎたな。いくら頑強な鎧でも、防げない攻撃はあるんだよ」


『ク、クソッタレ……! このクソガキがァ……!』


 ファット・アーマーは左足を引きずって向かってくるが、すぐに地面へと倒れる。

 だがそれでも太い両腕を動かして、這いずるように動く。


『俺様が……俺様はオーク族最強の……【勇者】なんて……喰ってやるぞ……喰ってや……る…………喰って…………』


 佇む俺に大きな手を伸ばし、あと僅かで届く――そんな距離で、ファット・アーマーの腕は地面へと落ちた。


 ――北門前の広場に、静寂が戻る。

 ファット・アーマーは俺に向かって腕を伸ばしたままこと切れ、それきり動くことはなかった。

 今だ止めどなく溢れる青い血が小さな池を作り、奴の巨体がその中央に浮かぶ。


「……仕留めたぞ・・・・・、リリー……」


 そう呟いた俺は、ゆっくりと横を向く。

 視線の先にあるのは、青白い炎が灯るデモンズ・ホール

 神器ダークナイフを持ち直すと、それをデモンズ・ホールに向けて投擲。

 青白く燃える水晶オーブに刃が突き刺さるとデモンズ・ホールは転倒し――炎が鎮火、機能を停止した。



 ――――これで、終わった……戻ろう……


 彼女に会うんだ……会って、〝答え〟を――――


 俺は歩き出そうとするが、途端に意識が遠のく感覚を覚える。

 そして、そのまま地面へと倒れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る