竜巻

@aoi-hiroku

竜巻

 貴方は勝手だ。いつだって、貴方は僕の心をかき乱す。それでいて僕の気持ちには気づかずに、どこか遠くを見ている。違う男性に恋をしている。こっちを向いて欲しい。振り向いて欲しい。僕は自分が救われることを考えている。僕も、勝手だ。



 今日も、貴方は僕を飲みに誘った。貴方の誘いを、僕が断れるはずがない。昔からそうなんだ。会社帰りの夜道。街道の一角にある飲み屋で、貴方は僕に愚痴をこぼした。恋愛の話だった。貴方の想い人は、事務部総務課の上司。課長である。彼は頼りがいがあって、仕事が出来て、本当に口が上手い。だけど女にはだらしがないという噂がある。女をとっかえひっかえしては遊んでいるという話だ。そんな彼のことを、どうして貴方は好きになったの?



 課長は貴方に愛をささやいたらしい。だけど彼は、付き合っている恋人とは別れない。貴方は泣いていた。何杯もお酒を飲んでいた。僕も飲んだ。僕も、誰にも気づかれないように、心で泣いていた。



 飲み屋を出た。貴方は僕の袖を引っ張り、夜の町をあても無く歩いて行く。貴方の行くところなら、僕はどこだってついて行くよ。例えそれが、海の底でも。



 街角のみすぼらしい建物。怪しい店が、貴方の心を手招きしていた。僕は危ないと思った。この店に入るのは反対だ。だけど貴方は、僕の頭を乱暴に叩いた。うるさいなあ。大丈夫よ。私はここに行きたいんだから。店に入ると、赤や紫色の布がいくつも垂れていた。僕は体験したことのない雰囲気を感じて、胃が痛くなった。しっかりしないと。貴方は僕が守るのだから。



 奥に、店主のおばあさんがいた。その後ろの壁には男女のカップルの写真が張り巡らされていた。おばあさんは、床にあぐらをかいて座り、ビー玉をはじいている。玉は違う玉に当たって転がり、ぎらぎらと光る。



 おばあさんは言った。やれやれ、恋愛相談かい。いきなり言い当てた。どうやら、占い師かそのたぐいのようだ。貴方は訊いた。私はどうすれば幸せになれるの? 占い師は答える。鉱山に行って、アメジストを取っておいで、心配しないで、わしの占いは当たる。僕はなんだからよく分からない気分でいた。



 店を出て、僕たちはそれぞれの帰路についた。



 夜、僕は眠れなかった。寝ずに考えた。貴方を幸せにしたい。そして僕は、もうこのかきむしるような想いから、竜巻のような貴方から抜け出したい。



 人にだまされやすい僕。昔、貴方と同じ高校の剣道部だった頃のこと。貴方は言ったね。僕は、人では無く物を相手にしろ、と。だから、化石を掘るような仕事に就いた。貴方の言うことに従うことで、いつか貴方のような素敵な自分に脱皮できると思ったからだ。だけど、そんなこと起こらなくて。さらに言えば、今度は同じ会社で貴方に再会するとは思わなかった。



 翌日、僕は貴方のアパートを訪れた。



 二日酔いでクラクラしている貴方を、僕は元気いっぱいにたたき起こした。さあ、アメジストを取りに行こう。準備は万端だ。地質学に詳しい僕は、発掘のための装備を完備してきていた。貴方は、ぶちぶち文句を言いながらも、外に出る準備をしてくれた。



 僕の車で、鉱山のある町へと向かった。疲れた、眠い、吐きそうだ、もう帰る。貴方は何度もくじけそうになっては、ふらふらと僕の背中をついてくる。馬鹿ですね。僕はそう言った。当然貴方は怒った。誰が馬鹿だって? 僕は前を向いた。だって貴方は、課長と幸せになりたいんでしょう? 貴方は押し黙る。



 いつしか鉱山の奥の方まで来ていた。地盤のゆるい崖側を警戒して、僕は貴方に注意をする。そっちは危ないから、こっちに来て。



 あるところで僕は立ち止まった。周りの地盤を観察する。どうやらこの辺は、まだ他の誰かが手をつけた形跡は無い。ここならば、掘ればアメジストが採れるかもしれない。僕は貴方に言った。ここで発掘をしよう。貴方は二日酔いなのか、地面にどっかりと崩れた。



 僕は壁の地層を確認しながら、ゆっくりと歩いて行く。アメジストはどこにあるだろうか。僕は真剣だった。そしてその真剣さが裏目に出るとは思わなかった。ふと目を離した隙に、貴方は崖の方に向かって歩いて行った。貴方は指を差す。あれ、アメジストじゃない? 何か見つけたようだ。だけど、危ない!



 僕は走っていた。貴方の体はふらついて、崖の方に倒れていく。僕は間一髪で貴方の肩を引き寄せた。先輩がいなくなったら、生きていけないって言ったでしょう! 僕は叫んだ。それは、過去にも一回言ったセリフ。あの剣道部の道場で、僕は大泣きして言ったんだ。だけど貴方は僕の想いに応えてくれなかった。



 今、貴方は課長に恋をしている。僕は今も、貴方に恋をしている。貴方が幸せになるのなら、僕は何でもするよ。だから、きっとアメジストを採ってみせるから。貴方を幸せにして、そして僕はいつか、貴方のような素敵な人間に生まれ変わるのだ。



 そう、思っていたはずなのに。



 ねえ、それって、どういう意味? ねえ、どういう意味?



 貴方がそんな事を言うから、僕は思わず、細い体を抱きしめていた。それは、僕が人生で初めて起こした火事場の馬鹿力だった。そうだ、貴方はいつでも僕に勇気をくれる。僕が大学の理学部に進学できるほどに勉強できたのも、剣道部でそこそこ勝てたのも、全ては貴方の笑顔が動力源だったのだ。



 こう言う意味です!



 僕はライオンが吠えるように叫んでいた。



 目から熱いしずくがこぼれていた。



 僕は、自分に嘘をついていた。僕は、愛に無知だったのだ。だけど、間一髪で、間に合ったのだ。気づいた。僕は、貴方が欲しいのだ。



 それからのことだ。貴方はアメジストのことなんかどうでも良くなったようだった。だけど僕は発掘をあきらめなかった。やがて、アメジストと石英や様々な石が混ざった固まりが採れた。小さいが、立派なアメジストである。僕たちは、鉱山から出ると、車に乗って、真っ先にあの店に向かった。



 店に入ると、ビー玉のおばあさんは、まるで待ちかねたような笑みを僕たちに向けた。占いは当たったろ? 貴方は不思議そうに言った。初めから全部分かってたんですか? おばあさんはにやりと笑う。記念撮影はするかい? 写真を撮ってここに飾ったカップルはいつまでも幸せになれるのさ。貴方は僕の顔を見た。僕は頷いて、貴方の手を握ったんだ。もう、二度とこの手を離さないと、心に誓って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竜巻 @aoi-hiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ