第171話 ボディを取り替えます!

 夕食後のひと時、黒乃は紅茶を飲みながら寛いでいた。食器を片付け終えたメル子はなぜか椅子に座らずに部屋を歩き回っていた。

 ふんふんと鼻歌を歌いながら黒乃の背後へと回り、ひとしきり部屋をうろちょろした後、いつもの対面の椅子ではなく黒乃の隣の椅子へと座った。そして黒乃の体へと寄りかかった。


「お、なんだなんだ。ピッタリとくっついて」

「うふふ」

「あー柔らかい。あー柔らかい」

「うふふ」


 二人はおしくらまんじゅうをしばらく楽しんだ。


「ははーん、さてはなにかおねだりがあるな?」

「えへへ、わかりますか」


 黒乃の丸メガネが光を放った。メル子は下を向いてもじもじと体をくねらせた。


「そりゃわかるさ。ご主人様を舐めたらあかんよ。なんだろね。なにが欲しいんだろうね」

「えへへ、言ってもいいですか?」

「ふふふ、言ってごらんなさいよ。なんでも買ってあげちゃうよ」


 メル子は顔を上げて自信満々の黒乃の目を見つめた。


「新しいボディが欲しいです」

「そんなん買えるわけないでしょ!!!」

「うるさっ!」

「いくらすると思ってるの!!!」


 メル子は耳を手のひらで塞いだ。


「今なんでも買ってくれるって言ったではないですか!」

「限度があるでしょ! 一体一千万円するんだよ!」


 黒乃はテーブルの上にパンフレットが乗っているのに気がついた。ページをめくってみるとロボットのボディやらパーツやらがずらりと並んでいた。


「なるほどね。このパンフを見て欲しくなっちゃったのか」

「はい……」


 メル子はしゅんとうなだれて紅茶を啜りはじめた。黒乃はパンフレットをめくっていく。すると最後のページに展覧会のスケジュール表が載っているのを見つけた。


「あー、メル子」

「はい……」

「まあ新しいボディは買えないかもしれないけどさ。一応見るだけ見てみようか。明日展覧会があるみたいだし」


 メル子の顔が青天に咲く風花のように煌めいた。


「はい!」



 ——八又はちまた産業浅草工場。

 赤い壁の巨大な建物の前に黒乃とメル子はやってきていた。本日は休日のうえに展覧会が催されているので人の出入りはいつもとは比べものにならない。

 子連れやロボット、そのマスター。老若男女誰でもロボットに興味がある時代だ。


 工場内に足を踏み入れるとさっそく新型のメイドロボが出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、ご主人様」


 背の高いすらりとした体型のメイドロボだ。黒いロングヘアが清楚なイメージを演出している。


「おお! これが新型のA2-CMS-5100か。かわえ〜」

「5100型は耐久性能と環境適応性能を大幅にアップさせたみたいですよ。南極や砂漠のど真ん中でも活動できるようです」

「いるか? メイドロボにその能力」


 黒乃はまじまじと新型ボディを見つめた。


「他にどんな機能が搭載されているの?」


 黒髪のメイドロボはにこやかな笑顔で答えた。


「新たに浄水機能が搭載されております。食べたものから真水を生成致します」

「すげえ! その水はどこから出てくるの!?」

「ご主人様! 次に行きましょう!」


 建物の奥に進むとメイドロボ以外にも様々な新型のロボットが展示されていた。ある一室では格闘技ロボが組手をしていた。


「ご主人様! 見てください! 空手ロボですよ!」

「なになに? 急所を守るために急所を出し入れ可能にしました。コツカケ機能搭載だって」

「へえ! なにを出し入れするのですかね!?」


 さらに進むと音楽ロボ達が楽器を演奏していた。ピアノロボ、バイオリンロボ、シンバルロボ。部屋には座席が設置され、多くの客が彼らの演奏に聞き入っていた。


「いやー、いい演奏だね」

「はい! 癒されますね」

「メル子は楽器は弾けないの?」

「弾けませんけど、CDがあればデータを読み取って口のスピーカーから再生はできますよ」

「便利ぃ〜」


 次の部屋からはいい香りが溢れてきていた。


「こっちはお料理ロボか」

「お料理でしたら負けませんよ!」

「おう! メル子ちゃん達! いらっしゃい!」


 二人に声をかけてきたのはイタ飯ロボのクッキン五郎だ。メル子の仲見世通りの料理屋のオーナーでもある。


「どうしてオーナーがここにいるのですか!?」

「おう! ボディを新型に換装したから試運転してるんだよ!」


 いかにも陽気なイタリア人っぽいロボットがコンロの上のフライパンをいくつも振るっている。


「へえ、どういうところが今までと変わったんだろ」

「味覚が強化されたね。あと肘から調味料が出る」

「凄いです!」


 クッキン五郎は二人に皿を渡した。パスタの上にレモンの輪切りが乗っている。


「レモンのパスタ!?」

「レモンの果汁がしっかりと活かされた繊細な冷製パスタです! ソースの酸味と麺にまとわりついたチーズの相性が抜群です!」


 さらに進むとパーツの物販エリアにやってきた。ロボット単体ではなく各種パーツがずらりと並べられていた。


「見てください、ご主人様!」


 メル子は展示されていたピンポン玉のようなものを手に取った。


「え? なにそれ?」

「大容量フラッシュライト対応の眼球ですよ!」

「うわっ! それ目玉かい!」

「ズーム機能も通常の二倍です!」


 黒乃は値札を見た。一ヶ月分の給料が吹っ飛ぶ値段だ。


「これもいいですねえ!」


 メル子が持っていたのは透明なプラスチック片だ。


「それなに?」

「爪ですよ! 偏光素子が組み込まれていて自由に色を変えられます!」

「へー、ネイルか。いいね。爪に貼り付けるやつね」

「いえ、いわゆるネイルではなくて爪です。今の爪を剥がしてこれに付け替えます」

「なんか痛そうでイヤだな!」


 色々見て回ったがどれもこれも高価なものばかりだ。結局黒乃が買ったのは毛髪用ナノマシンだった。


「これを使えば髪の毛がツヤツヤになるのか」

「はい! ナノマシンがツヤツヤの髪の毛を育成してくれます。お徳用ボトルです」

「それでも一本三万円……ロボットの維持費もバカにならんな」


 最後に来たのは大きな倉庫だ。


「おお、ここはこの前巨大ロボに乗った時に来たところね」

「巨大ロボも展示されていますね。あれ? 見てください! メイドロボがありますよ!」


 黒乃が目を向けた先には全長三メートルの巨大なメイドロボの姿があった。四頭身のずんぐりむっくりな体型だが非常に愛らしい。


「あはは、なんか可愛いな」

「乗ってみたいです!」


 その時黒乃達に声をかけてきたロボットがあった。


「ソノ、メイドマシンニ、乗ッテミマスカ?」

「あ、アイザック・アシモ風太郎先生」

「先生! こんにちわ!」


 アイザック・アシモ風太郎は浅草工場の職人ロボであり、メル子を作った生みの親である。


「先生、これ乗っていいの?」

「モチロン、乗レマスヨ」

「わあ! お願いします!」


 するとメル子はメイドマシンの横に設置された椅子に座った。


「んん? メル子、乗るんだよね? あれ? このメイドマシン操縦席無いけど」


 すると突然メイドマシンがゆっくりと動きだした。


「うわ! 動いた!? 誰も乗っていないのに!?」

『もう乗っていますよ!』


 メイドマシンからメル子の声が聞こえた。メイドマシンはスキップをするように軽やかな動きで進んだ。椅子に座ったメル子の方を見ると目を閉じてぐったりとしていた。


「メイドマシンハ、AIヲ、インストールシテ、動カシマス」

「そういう事か!」


 メイドマシンはズンズンと進み倉庫を出ると、乗用車を持ち上げて投げ飛ばした。投げ飛ばされた車は駐車場に停めてあった別の車にぶつかり裏返しに転がった。


『アハハ、アハハ! どんなものですか!』

「こらこらやりすぎでしょ!」

『アハハ! ご主人様、楽しいですね! 次はあの赤い車を投げ飛ばしてご覧に入れますよ!』

「アレハ、社長ノ、ロボンタックデス!」


 メイドマシンはダンスをするような動きで駐車場を自由に駆け巡った。


『やはり大きなボディはいいですねえ! 生まれ変わった気分です!』

『コラー! メル子! いい加減にしなさい!』


 倉庫の中から全長三メートルの巨大なロボマッポが飛び出してきた。


『誰ですか!?』

『ご主人様だよ! 大人しくしなさい!』


 ロボマッポマシンに乗っていたのは黒乃であった。黒乃は腹の操縦席から声をかけた。


『それ以上の破壊行為はご主人様が許さないよ! 大人しく元のボディに戻りなさい!』

『嫌です! あの赤い車を破壊するまでは戻りません!』

『ご主人様の言うことを聞けない悪い子はこうだ!』


 ロボマッポマシンはメイドマシンに走り寄り組みついた。そしてそのお尻を撫で回した。


『ぎゃあ! なにをしますか! セクハラです!』

『ぐへへ』


 メイドマシンはロボマッポマシンの腕を掴むと一本背負いを決めた。しかしロボマッポマシンは素早く体を反転させると地に伏せた状態からメイドマシンの足を取って転がした。すかさず上に覆い被さり締め上げた。


『ぎゃあ! 離してください! 助けてお巡りさん!』

『ぐへへ』


 メイドマシンは蹴りでロボマッポマシンを吹っ飛ばすと必殺の構えに入った。


『喰らいなさい! メイドミサイル、ハルマゲドンモード!』


 メイドマシンの頭部が開き大量のミサイルが発射された。ミサイルは上空に飛んだのち雨のように降り注いだ。ロボマッポマシンは高速移動でそれを回避しようとしたが、次々に迫り来るミサイルをかわすのは不可能であった。直撃を喰らいヨロヨロと数歩進み地面に倒れた。


『やりました! 私の勝ちです! あれ? 操縦席に誰もいません。ご主人様はどこですか!?』

「ここだよ」


 メイドマシンの真後ろから声が聞こえた。後ろを振り返ったが誰もいない。


『どこですか!?』


 その時メイドマシンの耳の穴に腕が差し込まれた。黒乃はいつの間にかロボマッポマシンを乗り捨て、メイドマシンの背中にしがみついていたのだった。

 黒乃は耳の中のシャットダウンボタンを押した。その瞬間メイドマシンは力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。



「メル子、目を覚まして。メル子」


 メル子は閉じた目をゆっくりと開いた。ぼんやりと周囲の様子が見えてきた。目の前では黒乃が心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「ご主人様……」


 メル子は弾かれたように椅子から立ち上がった。周囲を見渡すとミサイルによって破壊されたロボマッポマシンが煙を上げていた。


「メル子、大丈夫?」

「私、やってしまいましたか!?」

「だいぶやらかしたね」


 メル子は頭を抱えてうずくまった。


「メル子サン、ロボットノ精神ハ、ボディニ、大キク影響ヲ受ケマス。慣レナイボディデ、イキナリ動コウトスルト、コウイウ事ガ起コリマス」


 メル子は地面でプルプルと震えていた。



 夕方の帰り道。メル子は黒乃の後ろをうなだれながら歩いていた。


「メル子、元気出して。やってしまったものはしょうがないでしょ」

「……でも、ご主人様を攻撃してしまうなんて」


 メル子は大きくため息をついた。


「強いボディに入ると自分が強くなったような気がして気が大きくなるみたいね。普段穏やかな性格のAIほどその傾向が強いみたいよ」

「はあ」


 黒乃はメル子の肩を抱き寄せるとくっつきながら歩き出した。


「まあご主人様は気の強いメル子も好きだけどね」


 しばらく無言で歩き、ようやくメル子は口を開いた。


「やはりご主人様が選んでくれたこのボディが一番です……」


 二人はくっついて歩いているうちに今日の出来事は頭から消え去り、早くも今晩の夕食に思案を巡らせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る