第74話 四姉妹です! その四

 東京駅。出会いと別れが交錯する歴史溢れるステイシヨン。隠キャ四姉妹と金髪メイドロボは新幹線のホームにいた。日曜の夕方のホームは家族連れの旅行客が多い。

 

「それじゃみんな気をつけてね」


 ホームに立つ次女黄乃きの、サード紫乃しの、四女鏡乃みらの。黒乃はその一人一人の頭を順に撫でていく。

 ホームに侵入してきた新大阪行きロボみ十八号が音も立てずに停車した。


「クロちゃんも元気でね」鏡乃が甘えたような声で言う。

「黒ネエ、メル子の写真たくさん送ってケロ」紫乃が不敵な笑みで要求する。

「あまりメル子さんに迷惑かけないでね」黄乃は心配そうな表情だ。


「久々にみんなに会えて良かったよ。東京に来てからほとんど実家に帰れてないからね」

「とーちゃんとかーちゃんがメル子連れてこいって言ってたよ」鏡乃が黒乃の手を握って言う。

「うん、そのうちね」


 メル子と黄乃が向かい合った。二人は手を握り合う。


「メル子さん、実家に遊びに来てね。かーちゃんの料理美味しいから食べて欲しい」

「はい、もちろんです! 是非伺います!」二人は強く抱き合った。

「今、どさくさに紛れておっぱいを触りませんでしたか?」


「メル子〜やっぱり一緒にうちに帰ろう〜。寂しいよう」紫乃は別れが名残惜しいようだ。

「私はご主人様のお世話がありますので。きっと実家に遊びにいきます。そしたらまた一緒に寝ましょうね」

「うん」メル子は紫乃を優しく包容した。

「今おっぱいを触りましたよね?」


「……」鏡乃がおすおずとメル子の前に進み出た。

「鏡乃ちゃん元気を出してください。またすぐに会えますから」

「うん……今日は助けてくれてありがとう」鏡乃は下を向いている。メル子の方が背が低いのでその目に涙が溜まっているのが見えた。メル子は鏡乃の背中に手を回し抱き寄せた。

 

「お姉ちゃんが妹を守るのは当然です」


 鏡乃はポロポロと涙をこぼしながら言った。「うん、メル子ネエちゃん」


 二人は改めて強く抱き合った。「……やっぱりおっぱいを触っているではないですか!」


 そして姉妹を乗せた新幹線はホームから出発した……。


「ふう、行ったか。メル子、お疲れさん」

「ご主人様こそお疲れ様です」


 二人は新幹線のホームを出て広大な東京駅をトボトボと歩き出した。


「とてもいい子達でしたね。すぐおっぱいを触る以外は」

「でしょ? 昔はもっとネエちゃんネエちゃんいって甘えてきたんだけどな。今はすっかり大人っぽくなってしまったな」

「寂しいのですか?」

「まあね」


 山手線のホームに上がり電車を待つ。

 

「ところでこのぶっ壊れったモンゲッタはどうしましょうか」


 メル子はお化けロボ迷宮で戦い破壊したクマのぬいぐるみモンゲッタを前に掲げた。モンゲッタが纏っている青と白の宇宙服はひび割れ、内側から電子部品がはみ出ている。


「絶対に家には持って帰りたくない」

「ですね……でもそこらに捨てて帰るわけにもいかないですし」


 二人は浅草へ向かう電車の中で相談をして、モンゲッタを浅草工場のアイザック・アシモ風太郎に預けることにした。


「だいぶ暗くなってきたな」窓の外を流れるビル群を見ながら黒乃はつぶやいた。

「そうですね。それにお腹も空きました」


 神田で地下鉄に乗り換え浅草に到着した。結局二人はルベールの紅茶店『みどるずぶら』で一服してから浅草工場へ向かうことに決めた。


 浅草浅草寺から数本通りを外れた一角。人通りが少ない静かな路地に紅茶店はある。暗くなった通りに店の中から暖かい光が溢れている。

 黒乃とメル子が店の中を覗き込むとルベールが紅茶を淹れている様子が見てとれた。それを見て二人はほっとした気持ちになった。


 チリンチリン。ドアベルを鳴らし店の中に入る。


「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」ヴィクトリア朝のメイド服のメイドロボが出迎えてくれた。落ち着いた雰囲気の大人の女性である。


「えへえへ、こんばんわルベールさん」

「こんばんわ! お腹減ってしまったので食べるものありますか!?」メル子が元気よく挨拶をする。

「はい、ございますよ」ルベールはにこやかに応じてくれた。


 ルベールは紅茶とサンドイッチのセットを出してくれた。キュウリのサンドイッチとローストビーフのサンドイッチだ。


「ああ、疲れた時に軽くつまめるサンドイッチはいいなあ」

「ご主人様! こっちのローストビーフの方も美味しいですよ! ホースラディッシュソースのピリリとした辛味が癖になります!」


 ルベールが紅茶が入ったカップを持ってきた。洋風のカップではなくガラス製の中華風の茶碗だ。


「こちらキーマンです。中国の紅茶です」

「ほえー綺麗だ」

「こういうガラスのもいいですねえ」

 

 二人が香りの強い紅茶を楽しんでいるとルベールは何かに気がついたように椅子に座らせていたモンゲッタを見つめた。


「そのクマのぬいぐるみはどうしましたか?」

「ああ、これですか? えへへ、ロボ屋敷でメル子がぶっ壊しました」

「まあ」

「ご主人様! 変な言い方はやめてください!」


 ルベールはモンゲッタを持ち上げった。そしてマジマジと何かを観察しているようだ。


「もしかしてこのぬいぐるみ……ニコラお兄様が作られたものでは」

「え!?」

「え!?」


 二人はルベールの言葉に驚きフリーズしてしまった。サンドイッチが喉に詰まり、慌てて紅茶で流し込む。


「ニコラ・テス乱太郎を知っているのですか!?」

「お兄様って兄妹なのですか!?」


 ルベールは椅子にモンゲッタを座らせるとカウンターの奥に戻り茶葉の手入れを始めた。


「もちろん我々はロボットですから、血が繋がった兄妹というわけではごさいません」


 壁一面に敷かれた茶葉の箱を一つ一つ確認していく。


「ある一人の科学者の手によって作られた、という意味での兄妹なのです」

「ほえー」

「はえー」

「ちなみに以前仰っていた富士山に住んでおられる方も私のお兄様です」

「トーマス・エジ宗次郎博士も!?」

「はい」

「ほえー」

「はえー」


 黒乃とメル子は思いもよらぬ情報に頭の処理が追いつかなくなってしまったようだ。呆然とルベールの動きを見つめている。


「しかしニコラお兄様はもう何十年も行方不明でおられます。一体どこで何をしておられるのでしょう」


 ルベールは寂しそうに語ったが二人は全く共感を得られなかった。


「(まさか貧乳メイドロボを増やすためにうちのボロアパートの地下で暮らしてるとは言いずらい)」

「(ですね、黙っていましょう)」ヒソヒソと耳打ちする。


「どうかされましたか?」

「いえ! 何でもないです。えへえへ」

「それではごちそうさまでした」


 食べ終えた二人は慌てて『みどるずぶら』を後にした。壊れたモンゲッタを持って浅草工場へ向けて歩き出す。


「いやーびっくりしましたね」

「うん、まさかあの変態貧乳好き博士と兄妹だったとは……」

「てことはルベールさん結構年いっているのですね」

「こらこら」


 二人は星空を観ながら歩いた。都会とはいえ光害の観点から都市の照明は抑えられている。充分星空は見える。


「色々な兄弟がいるのですね」

「ええ? ああ、うん。そうだね」

「同じ人が作ったロボットが兄弟になるのなら、私の兄弟は誰になるのでしょう」


 メル子は目を細めて星を眺めている。目の悪い黒乃ではイマイチ天体観測は楽しめない。


「その理論だとアイザック・アシモ風太郎先生が作ったロボット達かなあ」

「多すぎて実感が湧きませんね」

「確かに」


 新ロボット法ではロボットの家族に関する規定はない。あるのは『マスター』の規定だけだ。法律ではロボットは家族を持てない。

 人類とロボットの歴史はマスターとの主従関係の歴史なのである。独立して存在するロボットはロボット史上一体もいない。


「家族ですか……」

「メル子……」


 メル子は星空ではなく地面を眺めている。


「メル子、法律では家族になれなくても私達はもう家族だからね」

「はい、わかっています」メル子は黒乃の手を握った。


 まだまだ人類とロボットの垣根は高い。法律で人権が認められたとしても、それが直ちに平等を表すものではない。人類もロボットも煌めく星達のように永遠の座を手にするにはまだ早いのだ。

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