第8話 ゆっくりお休みください
お風呂に入りメイドさんに背中を流してもらった黒乃は身も心もぽかぽか状態である。ジーンズを柔らかいパンツに履き替え、雑に乾かした黒髪をぐるぐる巻きにまとめたら、このまま一気に布団に潜り込みたい所だが明日のことも決めておかなければならない。
「ご主人様、明日は何時に起きられますか?」
「んん、そうだね。明日は帰りに寄りたい所あるから早めに出社したいな。じゃあ六時起きでいこうかな」
「かしこまりました!」
メル子は収納から布団を二つ取り出し床に並べて敷いた。そのうちの一つはおろしたばかりのふわふわの布団である。黒乃が今日のために仕入れてきていたのだ。
「私が新品のお布団を使ってしまってよろしいのでしょうか?」
「もちろん遠慮しないで使っていいよ、それにこっちは……」
「はい?」
「私の匂いが染み付いてるから……臭かったら恥ずかしいし」
それを聞いたメル子は嬉しそうに黒乃の布団に顔を埋めてみた。
「ええ、ちょっとやめてよ。恥ずかしいから」
「大丈夫ですご主人様! 全然臭くありませんよ」
「そう? ならいいんだけど」
「香料とかの人工的な匂いは全くしませんね」
そもそも強い香りの日用品(洗剤など)は法で規制されているので手に入らない。嗜好品としての香料は驚く程の税金がかけられている。
「あんまりそういった方面に興味なくてさ。忙しいから身だしなみも適当で。身を飾ったりとかしないよ」
「ご主人様は自然派なんですね!」
「ううん、そうかも?」
「じゃあこの布団はご主人様そのものの匂いですね」
そういうとメル子は再び布団に顔を埋めた。
「あはは、もう、やめてよー」
「新しい布団より自分の匂いがする布団の方が良く寝られますよね」
「まあね……そういえばロボットは寝るんだっけ?」
「スリープモードの事ですか?」
スリープモードというズバリのものがある事を忘れていた。しかしそれは省電力モードの事なのであって寝ているのとは違うのではないか?
「なんていうかな? 夢を見るような睡眠の事だよ」
「『メイドロボはご主人様の夢を見るか?』なんて哲学的な話ですか?」
「いやーそんな難しい話じゃ無いよ」
「結論から言うとロボットは夢を見ますよ」
機械的にはロボットは睡眠時にボディの修復を行う。摩耗したナノスキンの補修、人工筋肉の補修、ナノマシン自体の補修、燃料のクリーニングなど多岐にわたる。
同時にAIも睡眠時に様々な作業を行なっている。一番は階層データの最適化であるが、それは『クラスタリングシミュレーション』によって行われる。AIにそれまでに学んだ現実から少し歪んだ仮想的な状況をインプットする事で最適化を促す手法である。それはつまりAIにとっての『夢』である。
「だから私が夢でうなされていても気にしないでくださいね」
「う、うーむ……正直言って話が難しくてわからない……」
メル子は黒乃の瞼がもうこれ以上上がらない事を悟り、布団に入るよう促した。もぞもぞ這いずっていい場所に収まるとメル子はしっかりと上から布団をかけた。
「それではおやすみなさいご主人様」
メル子は電気を消した。
「メル子〜今日はずっとジャージでごめんね〜。明日は一緒にメイド服買いに行こうねえ」
メル子は黒乃の横に跪き、既に寝息を立てている黒乃のおでこをひとなでしてから自分の布団に入った。
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