第5話 たんと召し上がれ!

 メイドロボが黒ノ木黒乃くろのきくろのの部屋にやってきて数時間。メル子との時間があまりに楽しく、黒乃は日がすっかり落ちていることに気がつかなかった。

 なにを話しただろうか。黒乃がいかにメイドロボが好きか、一緒になにがしたいかを色々と話した気がするが、話し終わってみるとなにを話したのか覚えていない。

 人と長々と会話することに慣れていない黒乃の喉が渇きで舌がつっかえた時に、ふとお互いの口の動きが同時に止まり、二人は窓の外を眺めて初めて夜だということに気がついた。


「そろそろお夕飯のお時間ですね」

「うん」

「メル子、ひょっとしてご飯作ってくれる?」

「もちろんですとも。私はご主人様のメイドですので」


 さっきまでなにを話していたのか。一つ思い出した。『メル子の手料理が食べたい』だった。

 少しでもお賃金が良い会社に就職するため、黒乃は高校を卒業後家を出た。それ以来実家には一度も帰っていない。電話で話すくらいは時々あるが、親不孝者だろうか。

 つまり人の手料理など何年も食べていないということだ。母の手料理も恋しいが、今はメル子の手料理だ!


 しかし重大な問題に気がついた。手料理ができるような食材が黒乃の部屋にはない。今から買いに走るのがいいか、黒乃は悩んだ。

 

「ごめんねメル子。カップ麺とレトルトカレーしかなくてさ」


 独身女の自炊率などたかが知れている。冷蔵庫の中にはラーメンに乗せる用の野菜がチラホラ。


「大丈夫ですよ、ご主人様。私ジャンクなお料理は得意ですので!」


 えっへん!

 メル子は腰に手を当てて自慢した。初の手料理がジャンクフードというのも締らないが、得意とまで言うなら俄然興味が湧いてきた。


「使うのはこのカップ麺二つと、レトルトカレーが一つです。あとは野菜がありますね。これで充分です」

「ええ、なんだろう。なにができるんだろう?」

「その名も『カタ焼きカレーそば』です!」

「!?」

 

 聞いたことのない料理名が出てきた。でもなにか美味しそうだ。メル子はジャージの袖をまくり、流しでザブザブと手を洗っている。


「まずカップ麺に熱湯を入れて麺を戻します」


 メル子は手際よくカップ麺からかやくと粉末スープを取り出し、湯を注いでいった。


「フンフフーン。次にフライパンに多めに油を


「麺が戻ったら湯をしっかりと切り、熱した油の中に薄く広げるように麺を敷き、揚げ麺を作ります」


 麺が揚げられてバチバチとすごい音が鳴り響いている。


「一度に全部フライパンに入れるのではなく、数回に分けて麺の円盤を何枚か作るのがコツです」


 ほうほう。なにか楽しそうだ。芳ばしい香りが部屋中に充満した。メル子はキッチンペーパーの上に揚げた麺を並べていった。


「次にカレー餡を作ります」


 メル子は包丁で野菜を刻み、フライパンでちゃっちゃと炒めていく。水で溶いたカップ麺の粉末スープで味をつけるのだそうだ。


「ここにレトルトカレーを一袋ダバーです。温める必要はありません。一緒に炒めていきます」


 いつも食べているレトルトカレーだが、醤油味の粉末スープと共に炒められることにより、エスニックのような中華のような不思議なテイストを漂わせてきている。


「はい! これがカレー餡です! これを揚げ麺の上にかければ……」


 先程の揚げ麺を平皿に盛り付け、上から餡をかけていく。ジュワー!とは音は鳴らないが、ビジュアルのインパクトは完璧だ。

 メル子は余った粉末スープとかやくで中華スープを作り添えてくれた。


「はい、完成です。召し上がれ!」

「おお……!」


 メル子の初めての手料理。ジャンクな見た目だがよだれが止まらない。なるほど、これは中華料理屋で出てくる餡かけカタ焼きソバのカレー版なんだな。片栗粉でつけるとろみをカレーで代用しているのだ。

 結局机は塞がっているので床で食べることになった。皿は二つある。


「あれ? メル子も食べるんだ?」

「もちろんですよ、ご一緒いたします。お腹ペコペコですもの」

「てか、ロボットってご飯食べるんだ……」

「私は食べるタイプです」

「そうなんだ、えへへえへへ」


 黒乃は急にモジモジしはじめた。メイドさんにどうしてもやってもらいたいアレがあるのだ。黒乃は大きく口を開け、パクパクするジェスチャーをした。


「ご主人様、ひょっとしてアレをしてほしいのですか?」

「うんうん、アレアレ。あーん」

「まったくしょうがないですねぇ。ほらいきますよ、はいあーん」


 メル子は箸で器用に揚げ麺をパリパリと割り、カレー餡を纏わせて一気に黒乃の口に突っ込んだ!


「ぎゃあ! あっちい!」


 黒乃は熱さで悶絶し涙目になりながらもメル子の手料理を味わった。太めの麺を揚げたため、パリパリ感よりもスナック菓子のようなサクサク感が際立っている。カレー餡には野菜の旨味が溶け出し、中華のテイストを見事に残している。カレーを一袋だけにしたので、カレー味が勝ちすぎていないのだ。


「美味しい……美味しすぎるよ、メル子」


 黒乃は涙を流し喜んだ。メイドさんの手料理がこれほど美味しいとは。あり合わせのもので工夫して作ってくれたメル子の優しさにも感涙した。


「それはよかったです。頑張って作った甲斐がありました。さあさあ、まだまだ食べてくださいね。はいあーん」

「ぎゃあ! あっちい!」


 黒乃は学んだ。メイドさんのあーんはめちゃ熱いと。次からはフーフーを学習させようと決めた。

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