第50話 リセット

『リセット』。それは、レベル・ステータスと体の状態を正常値に初期化するノアの固有スキル。


 『リセット』には、ステータスを表示し、ステータスを『リセット』を選択するか、念じることでその工程を省略し、ステータスを『リセット』する二つのやり方がある。


 体を自由に動かすことのできないノアが選択したのは後者。

 ステータスを『リセット』すると念じた瞬間、ノアの心を蝕んでいた呪が急速に消えていく。


 急速に真っ新となっていく心の隅で座り込む少女の姿が見える。

 少女の名は、レジーナ。ダグラスにすべてを奪われ呪いの核となった少女。


「……そんな所に座り込んでどうしたの? 皆はもう先にいったよ」


 ノアがそう声を掛けると、レジーナは顔だけをノアに向け口籠る。


「……痛い所はない?」


 手を差し伸べると、レジーナは素直にノアの手を取った。


「……ないわよ。痛みも悲しみも苦しみも全部一色単にしてリセットしたんだから当然でしょ」


 レジーナは不貞腐れながら立ち上がると、ノアの顔をジッと見つめる。


「ここに残ったのは、あんたに聞きたいことと、言いたいことがあったからよ」

「聞きたいことと、言いたいことか……」


 ちょっと怖いな。

 そんなことを思っていると、時間がないのか、レジーナはまず聞きたいことを聞いてくる。


「ええ、私が死んだ後、ここに取り込まれた人たちはどうなったの?」


 レジーナが言う『ここに取り込まれた人たち』というのは、『同化のピアス』に取り込まれた人たちのことを言っているのだろう。


「……それは君が一番良くわかっているんじゃないかな?」


『同化のピアス』に取り込まれていた人たちの魂はノアの体と心を蝕むため、ピアスを通じてノアの体に移っていた。

 それは、レジーナにも同じことが言える。

 ただ一点、違う点があるとすれば、レジーナが発現させたスキル『同族殺し』で殺され取り込まれたかどうかの違い。


「少なくとも、ピアスに捕われていた彼らの魂は解放されたと思うよ」


 この世界にいないのが証拠だ。

 解放された魂の行き先は残念ながらノアにもわからない。

 教会の教えによると亡くなった人の魂は神様から永久の祝福を受け、天国に行くとされているが真偽は不明。

 でも、個人的には天国へ行き、そこで安らかな時間を過ごして欲しいと思っている。


 人先指を上に向け「多分、天国に行ったんじゃないかな」と言うと、レジーナはホッとした表情を浮かべた。


「そっか……それなら良かった。私のせいで皆が地獄行きになったら夢見が悪いじゃない?」

「確かに……」


 そう言うと、軽く頭をこづかれる。

 別に本当に痛い訳ではないが反射で「痛っ」と言うと、レジーナは一言「ごめんなさい」と呟いた。


「それで、言いたいことっていうのはなにかな?」


 危機的状況にあったとはいえ、人を恨む気持ちも悲しみもすべて一色単にしてリセットしてしまった。だから、実は一番これが聞きづらい。


 意を決して尋ねると、レジーナは申し訳なさそうな表情を浮かべ頭を下げた。


「……私が伝えたかったのは感謝の言葉よ。私たちを解放してくれてありがとう。お陰で私も皆の所に行くことができるわ。本当は自分の人生を全うしたかったけどね……でも、それはあなたに任せるわ。だから私たちが生きた証を……受け取って」


 そう言うと、レジーナは『同化のピアス』をノアに手渡した。

 渡された『同化のピアス』を見てノアは驚きの声を上げる。


「え、ええええっ⁉ う、受け取れないよ。だってこれは――」

「そう。私たちのスキルが『付与』された『同化のピアス』よ。と、いっても本来、私が受け取るはずだったスキルと、ウールのスキルしか『付与』されていないけどね……私たちが生きた証として、同じ『付与』のスキル保持者であるあなたに受け取ってほしいのよ」

「で、でも――」

「安心して、私のスキルは『同族殺し』から『隠蔽』スキルに変質しているわ。ウールのスキル『共有』と私のスキル『隠蔽』はきっとあなたの役に立つ。だから持っていてほしいの。他でもない、私たちを助けてくれた、あなた自身に……!」


 真剣な表情を浮かべるレジーナ。

 ノアは手に持った『同化のピアス』に視線を向けると、それを握りしめる。


「うん。わかった……」


 ノアの言葉を受け、レジーナはホッとした表情を浮かべる。


「ありがとう。これでもう思い残すことはないかな……あ、やっぱり一つだけ……簡単でいいから私たちのお墓を作ってくれると嬉しいな。今度はアンデッドとして黄泉返るなんて嫌だもの……」


 魔力が豊富な魔の森では、遺体に魔力が宿りアンデッド化することは珍しいことではない。


「うん。任せておいて」


 元よりそうするつもりだったノアは、レジーナの願いを二つ返事で引き受ける。

 そう返事をすると、吹っ切れた表情を浮かべたレジーナは、満面の笑みを浮かべた。


 ノアの返事に満足したのか、レジーナの姿が足から徐々に消えていく。


「ノア、楽しみなさい。人生は一度きりしかないんだから……私たちの分まで人生を楽しまなきゃ許さないんだからね!」

「うん。わかった……」


 同じ村で育った同胞の旅立ちに、涙腺が自然と緩くなる。

 この世から消えゆくレジーナ最後の言葉に、ノアは涙を浮かべながら声をかけた。


「また会おう。この世界のどこかで……次、レジーナが付与のスキル保持者として生まれたとしても楽しく人生を全うできるように、変えてみせるよ」

「ふふふっ、楽しみにしているわ。それじゃあね」


 最後の言葉を告げると共にレジーナの姿がかき消える。

 その瞬間、ノアの目から零れた涙が、聖銀色に輝く『同化のピアス』を濡らした。

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