第47話 ノアVSダグラス②

 ――ギィンッ!


「……それが答えか。残念だよ」


 足下を狙い繰り出されたノアの斬撃。

 手に持っていた剣で難なく受けると、ダグラスは心底残念そうな表情を浮かべる。


「――残念。実に残念だ。素直に俺の配下に付いていれば苦しい思いをせずに済んだものを……『付与』と『リセット』……そのスキルは、それを十全に利用できる俺にこそ相応しい」


 ノアが戦斧を構えると、ダグラスは威嚇するかのように魔力を放出する。

 ダグラスの放った魔力は赤黒く、ねっとり絡み付くようにノアの体に纏わり付く。


「……これは?」


 ノアの問いにダグラスは余裕の表情を浮かべ返答する。


「これはスキルでもなんでもない。ただの魔力の応用……お前を縛り付ける粘性の魔力だ。配下に付かないというのであれば仕方がない。お前を屈服させ奪わせて貰おう(――ノアは人間、同族殺しの効果で確実にスキルを奪うことができる。スキルを奪った後、適当な人間にノアから奪ったスキルを付与し、ノアの代わりに仕立て上げればいい。この力があれば、誰にも俺を邪魔することはできない。自分の国を持つことさえ可能だ)」


 ダグラスは、粘性の魔力により身動きが取れなくなったノアに剣先を向ける。


「――最後にもう一度だけ聞いてやる。俺の配下となれ……」

「嫌です。それはできません」


 即答するノアを見て、ダグラスはため息を吐く。


「そうか、それは残念だ……ならば、死ね!」


 そう声を上げると、ダグラスはノアの喉笛に向けて剣先を伸ばす。

 すると、ノアが予想外の行動に出た。

 まるで紙でも引き千切るかようにダグラスの放った粘性の魔力から抜け出すと、ノアの周囲を覆うようにベクトルを形成し、眼前に迫ってきたのだ。

 剣先がベクトルに当たった瞬間、進路を変え、吸い込まれるようにして地面に突き刺さる。


「――な、なにっ!?」


 予想外の行動に思わず声を上げるダグラス。

 そんなダグラスの首筋にノアは、戦斧をつき付ける。


「――降参して貰えませんか?」

「こ、降参だと……!?」


 首筋につき付けられた刃を前に、ダグラスは思わず唾を飲み込む。


(――し、信じられん。一体、どれ程のステータス値があの『同化の指輪』に込められているというのだ……なにより、なぜ、そのステータスを十全に扱える)


 ダグラスのステータスは到達者のそれを遥かに凌駕している。にも係わらず、易々と首筋に刃をつき付けられたことに、ダグラスは一人、戦慄していた。

 例え、ダグラスを上回るステータス値が『同化の指輪』に込められていようとも、すぐに体が順応する訳ではない。

 子どもの臓器に大人の臓器を移植するようなものだ。順応するにしても時間がかかる。

『使役のドワーフ』ブルーノと『読心の魔女』イデアがノアに施した鍛錬。その効果が如実に表れていた。

 そのことを知らぬダグラスは、底の見えぬノアの力を垣間見て冷や汗を流す。


(――こいつの言う通り降参するか? いや、駄目だ。使役と読心が側にいる以上、降参した所で、死は免れない。ならばどうする……!)


 ダグラスにとって、唯一の幸いは『使役』と『読心』の二人を無力化したこと。

 しかし、ダグラスには、そんな幸いが些細に感じるほど、目の前にいるノアの存在が脅威に見えた。

 ダグラスは観念した表情を浮かべると、地面に刺さった剣はそのままにして両手を上に挙げる。


「――こ、降参だ。俺ではお前に勝つことはできない。これでいいか……?」

「はい。降参してくれるなら、これ以上、なにかをするつもりはありません」


 まさか、本当に降参を受け入れてくれるとは思わず、あっけからんとした表情を浮かべるダグラス。

 ノアは、ダグラスの首筋につき付けていた戦斧を降ろすと、イデアに視線を向ける。


「イデアさん。これでいいですか?」


 そう話しかけると、イデアは目を開き大声を上げた。


「――ノアッ! まだだよ、前を向きなっ!」


 イデアの声に後ろを振り返ると、地面に刺さった剣を抜き、ノアを突き刺そうとするダグラスの姿が見える。


 一瞬の油断――


「馬鹿がっ! お前がただのガキで助かったよ!」


 これが『使役』や『読心』相手では、到底通じなかっただろう。

 ダグラスの剣がノアの体に突き刺さろうとした瞬間、ノアが手にしていた戦斧が真っ赤に煌めき、剣先を弾く。


「――なっ、なにぃぃぃぃ!?」


 まるで戦斧が生きているかのように割り込み、剣を弾いたことに驚きの声を上げるダグラス。

 弾かれた剣はダグラスの手を離れると、顔を掠める形で後ろに飛んでいく。

 その際、耳を削ぐようにして飛んでいった剣を目で追い、ダグラスは驚愕の表情を浮かべた。


「――あ、ああ、ああああああああああっ!?」


 ダグラスの視線の先にあるのは、先ほどまでダグラスの頭に付いていた耳。

 その耳には、ダグラスの体を強化していた『同化のピアス』が付いていた。

『同化のピアス』が外れたことで、レジーナから奪い取った『同族殺し(呪)』の効果が無くなり、大幅にステータスが削られていくダグラス。


 無我夢中。必死の形相でそれを追いかけると、ダグラスは耳を口で加え、それをそのまま飲み込んだ。

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