第31話 その頃の傭兵団は……③

 まるで侵入を阻むかのように張り巡らされた黒く禍々しい檻。

 サクシュ村に向かって進攻する魔物。

 村に駐留している傭兵たちが応戦しているが、魔物の数に対してあまりに戦力が足りなさ過ぎる。

 戦況は圧倒的にこちら側が不利だ。


(このままでは拙い……)


『使役』と『読心』の動向を探るため、見張りを付けたのが仇となったか……

 まさか、拠点としているサクシュ村を巻き込み仕掛けてくるとは……

 ダグラスはブルーノから目を離さず考える。


(逃げ帰るか、立ち向かうか、か……どうする。どうしたらいい……目の前に『使役』の奴がいるんだぞ……!)


 恐らく『使役』を倒せば、魔物の暴走は止まる。

 しかし、魔物が村に到達している以上、早く加勢に行かなければ村が……サクシュ村が魔物によって蹂躙されてしまう。


 サクシュ村は、傭兵団にとって非常に重要な拠点。

『付与』のスキル保持者も違法薬物もこの村でしか手に入らない。

 なにより、『使役』と『読心』を捕え、スキルとステータスを奪うために絶対になくてはならない拠点の一つ。


(――っ!? そうだ。『鑑定』すればいい。『使役』の奴を鑑定し、スキルを『共有』すれば、魔物たちの侵攻を止めることができるはず……いや、そうでなくては困るっ! そうと決まれば……『鑑定』!)


 サクシュ村で戦う傭兵一人のスキルを『共有』すると、ブルーノに気付かれぬよう『鑑定』する。


 ◆――――――――――――――――――◆

【名 前】ブルーノ・ケルン

【年 齢】150    【レベル】‌90

【スキル】付与   【ジョブ】斧匠

     ストレージ

【特 殊】鑑定眼

【STR】体力:95    魔力:60

     攻撃:100(MAX) 防御:100(MAX)

     知力:70    運命:70

 ◆――――――――――――――――――◆


 右眼の前に浮かび上がる魔法陣。

 そこに表示されたステータスを見てダグラスは愕然とした表情を浮かべる。


「――なっ!(――も、持っているスキルは『付与』と『ストレージ』の二つだけだとっ⁉)」


『付与』は、謂わずと知れた自身のステータスとスキルを他人に与えるハズレスキル。そして、『ストレージ』は、スキル名から察するに物を収納するただそれだけのスキル……


(――【ジョブ】に『斧匠』とある。『斧匠』とは、優れた斧職人の到達点……ま、まさか『使役』とは、魔物を操るスキルを持った『付与』スキル保持者ではなく、大蛇を召喚したように、斧を介して魔物を召喚するドワーフを現す二つ名だったのかっ……!? ならば……だとしたら拙いっ……! この魔物の進攻を……止める手段がないということになるっ!)


「随分と長く思い悩んでいるようじゃのぅ……」

「――な、いつの間にっ!?」


 考え事をしている最中、突如として目前に現れたブルーノ。

 ブルーノが目前に迫っていることにダグラスは目を見開かせる。


「――言ったじゃろう? ワシも暇ではないと……ワシ等に残された時間はそう永くない。まだまだ寿命が残されているお主等と違い時間がないのじゃよ。問答する時間すら惜しいと思ってしまう程にのぅ……」


 言葉と共に容赦なく振られる魔戦斧。

 ブルーノが薙いだ魔戦斧がダグラスの脇腹を掠める。


「ぐうっ! この老い耄れがぁぁぁぁ!」


 ダグラスは脇腹に負った傷に手を添えると、『回復』のスキルで止血し後ろに飛び退いた。

 脇腹を掠めただけとはいえ、その魔戦斧を振ったのは到達者であるブルーノだ。

 魔戦斧が脇腹を掠めただけで周囲の肉が持っていかれる。


(――ま、拙い。ここまで力の差があるとは……!)


 止血した脇腹に目を向けると、そこには握り拳一個分、腹に穴が開いていた。

 それを認識した瞬間、体の内側から喉になにかがせり上がってくる。


「ぐっ、がはっ……!?」


 口から出た赤い吐瀉物を見て、ダグラスは苦笑いを浮かべる。


(……内臓も持っていかれたか、いよいよだな)


『使役』と『読心』が到達者であることは知っていた。

 しかし、ダグラスはどこかで慢心していた。見誤っていた。

 他人にできないことも、自分にならできると過信していた。

 準到達者としてのステータス……そして、『共有』という最強のスキルを手に入れたことで、自己効力感に浸っていた。

 目標を達成するための力を持っているとそう認識していた。


(――しかし、それは誤りだった……)


「さて……そろそろ、終わりにしようかのぅ」


 距離を取ったつもりだった。にも関わらず、いつの間にか目の前には、止めを刺すため魔戦斧を振り上げるブルーノの姿がある。


「(――足りなかったか、力が……スキルが……だが、しかし……)――こんな所で、終れる訳がねぇだろうがぁぁぁぁ!」


 口から血を吐きながらも持っていた剣でブルーノの魔戦斧を弾き、血を吐き、息を荒げながらも再度距離を取る。


「――ほう。その体でよくやるわぃ……」


 ブルーノの口から出た賞賛の言葉。

 ダグラスは剣をブルーノに向けて構えると、笑みを浮かべた。


「(――『使役』。確かに強い。戦ってみてよくわかった。あんたと戦うにはまだ早いってことがな……だからっ!)……撤退させてもらおう。今の俺ではお前を倒せないことがよくわかった」


(――だが、後、二週間。二週間待てば手が届く……)


「ふむ。賢明な判断じゃな、だが……このワシが手負いのお主を逃がすと思うか?」

「思うね……」

「――ほう。そうか……」


 そう呟くと共に飛んでくる斬撃。

 それを視界に捉えながらダグラスは呟いた。


「――『転移』」


 その瞬間、ブルーノの前からダグラスの姿が掻き消える。

『転移』したダグラスの視線の先には、赤く燃え盛るサクシュ村の姿があった。

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