第30話 その頃の傭兵団は……②

 視線の先には、森から土煙を上げながら近付いてくる魔物の群れが見える。

 多種多様な魔物が混在していながらも、まるで一つの塊のように村の方へと進軍する魔物の群れ……中には鈍いが強大な膂力を持つ一つ目の巨人、サイクロプスや、翼を持たない龍種、地龍の姿もある。


 ――壊滅的。


 この群れが村に辿り着けば、サクシュ村に壊滅的な被害を与えるのは明らかだ。

 暴走した魔物の群れが村に辿り着くまで、あと1km。

 ダグラスは剣に魔力を乗せると、大地に向かって斬撃を飛ばした。


 ――ズガガガガガッ!


 ダグラスが剣に乗せ放った斬撃は大地に着弾すると共に地割れを引き起こし、サクシュ村に向かって進軍する魔物を奈落の底に叩き落としていく。


(――素晴らしい。素晴らしいぞ! ウールから奪取したステータス値、そして『共有』のスキル。ただ魔力を込めて放っただけでこれだっ!)


『『グルァァァァッ――!?』』


 奈落の底へ消えていく魔物たちの断末魔。

 断末魔の叫びに耳を傾けながらダグラスは視線を空に向けた。


 空には、巨大な鳥型の魔物の他、飛竜の姿も見える。

 大地を切り裂くことで生み出した地割れ。

 地上を進軍する魔物の勢いはこれにより削がれた。

 残るは、空を埋め尽くす魔物を屠るだけだ。


「『雷撃』……」


 翼竜を始めとする魔物は総じて雷魔法に弱い。

 ダグラスは村の警護に当たらせている傭兵のスキルを『共有』し、雷の力を剣に纏わせると、雲を割る勢いで剣を振るう。


『――バチッバチッ! バチバチバチバチッ!』と音をたて、空を飛ぶ魔物に迫る雷を纏った斬撃。

 魔物に当たるかと思われた瞬間、突如として斬撃と魔物の間に黒い障壁が現れた。


――ズッズズズズズズズズ……


「な、なにっ……!?」


 まるで魔物を守るように現れた黒い障壁。

 黒い障壁が割れたガラスのように崩れると、そこには白く雄々しい体躯の魔物・白虎とそれに跨るブルーノが現れる。


「――これはいかんのぅ……」


 たった一人の人間がスタンピードを止めた事実に驚くブルーノ。

 ブルーノは大地の裂け目に視線を向けると苦い表情を浮かべながら呟く。


「これでは、婆さんとの約束が果たせなくなってしまうわぃ……困った。困った。困ったのぅ……どれ……」


 ブルーノはそう呟くと、ストレージから黄土色の戦斧を取り出した。


「――お、お前は、まさか……! 『使役』っ!?」


 ブルーノの登場に驚くダグラス。

 ブルーノは黄土色の戦斧を手に持つと、現在進行形で魔物の群れを飲み込み続ける地割れに向かって投げ付けた。


「……大蛇ヨルムンガンドよ。割れた地面を塞ぎ道を作れ」


 戦斧は岩壁に突き刺さる瞬間、大蛇へと変わり、ダグラスが作り出した大地の裂け目に足場を作っていく。

 大蛇の背を足場に大地の裂け目を通り過ぎていく魔物の軍勢。

 それを見たダグラスは唖然とした表情を浮かべた。


「き、巨大な魔物を足場にっ! ふざけるな……ふざけるなよ!(――あの村には利用価値がある。滅んで貰っちゃ困るんだよっ!)」


 サクシュ村に向かって殺到する魔物の軍勢を見て、ダグラスは声を荒げ剣を振るう。


「誰がそこを通っていいと言ったぁぁぁぁ!」


 感情に任せ容赦なく地上に向けて放った斬撃。

 しかし、その斬撃は魔物に辿り着くことなく霧散する。


「無駄じゃ……お主の斬撃はすべてストレージの中にしまったからのぅ」

「な、なにっ!? ストレージだとっ!?」


 焦りと怒りで周りが見えていないダグラス。

 言葉遣いも荒々しい。

 そんなダグラスを見て、ブルーノはため息を吐く。


「――最近の若者は怒りっぽくていかんのぅ。それより、よいのか? 魔物の軍勢がお主を通り過ぎて村に向かって進行しているぞ……?」

「くっ! 良い訳がないだろ!(――しかし、どうする。使役が目の前にいては、魔物の進攻を止めることなどっ!!)」


 ダグラスの頭上と真下を通過し、サクシュ村に進攻する魔物の群れ。

 次々と通り過ぎていく魔物を見て、ダグラスは悔しさのあまり歯を食い縛る。


「ほれ、お主は行かなくていいのか? このままでは、お主たちが拠点としている村が滅んでしまうぞ?」

「ぐうっ!? この老いぼれがぁぁぁぁ!(――まさか、これほどとは……これが『使役』……! 聞いていた話よりずっと厄介な存在じゃないかっ! 『使役』の態度からして、コイツが村に魔物を嗾けたと見て間違いない……やってくれたな、このクソ爺!)」


 『共有』の力を使い右眼にガリアの固有スキル『索敵』を浮かべると、早くも村に辿り着きそうな魔物がいることに気付く。


(――ま、まずいっ!)


 村の危機を察し、盛大に顔を引き攣らせるダグラス。

 しかし、その魔物の反応は村にたどり着く前に消えた。

 どうやら、村に残してきた傭兵団が応戦しているようだ。


(――これはガリアか? リーフも魔物に応戦している。しかし、このままでは……)


 目を血走らせブルーノに視線を向けるダグラス。

 そんなダグラスに、ブルーノは飄々とした視線を向ける。


「安心するといい。ワシも暇ではないからのぅ? 行ってもよいぞ? ただし、この場所から先は通行止めにさせてもらうがの……」


 いつの間にか、ブルーノが手に持つ黒く禍々しい魔戦斧。


「……魔戦斧ませんぷ666ロクロクロク・檻の型」


 ブルーノがそう呟いた瞬間、小さな斧一本一本がはじけ飛び、ダグラスとブルーノのいる場所を境界線上に黒い檻を築いていく。


「こ、これは……」


 黒く禍々しい檻に覆われた魔の森を見てダグラスは絶句する。


「これは『魔戦斧ませんぷ666ロクロクロク・檻の型……ワシが魔力を注ぐ限り絶対に壊れることのない悪魔の檻じゃ……当然、悪魔をお主たちに嗾けることもできる。さて、逃げ帰るか、立ち向かうか、お主はどうする? ワシとしてはどちらでも構わぬがのぅ?」


 ブルーノの浮かべた悪辣な表情に、ダグラスは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

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