第32話 その頃の傭兵団は……④

 燃え盛る炎。時折、聞こえてくる団員たちと魔物の叫び声。

 そんな状況に置かれているにも関わらず、バクバクと音を立て聞こえてくる心臓の鼓動。


 (――力の差がこれほどまでとは……!)


 ウールから奪取した『共有』。リーフのスキル『転移』がなければ、ダグラスの人生はあの場所で終わっていた。

 魔の森に住む到達者『使役』と『読心』。

 奴らの持つ力。その一端に触れたダグラスの頬に、一筋の冷や汗が伝う。


「団長ー! ご無事でしたかっ!」


 動揺が収まらぬ中、剣を杖代わりに立ち上がると、赤い髪を靡かせ駆けてくるかダグラス傭兵団の団員、ガリアの姿が見える。


「……ガリアか。状況を説明しろ。なぜ、村が燃えている。村の損害状況は?」


 ダグラスの言葉を受け、ガリアは簡潔に述べる。


「はっ! 魔物の攻撃を受け、光源代わりに使用していた蝋燭が建物に引火。村人は地下に避難。現在、村に入り込んだ魔物を掃討しております」

「……そうか」


 火災による被害は甚大だ。

 建物が燃えるだけではない。

 ここでは、違法薬物『エムエム』の原料・マジックマッシュルームが栽培されている。


「煙を吸わぬよう気を付けろ。この煙には違法薬物『エムエム』の原料、マジックマッシュルームの成分が混じっている。吸ったが最後、中毒者になってしまうぞ……まあ、そのお陰で魔物自体は楽に倒せそうだがな……」

「地金の四倍価値があるのでもったいない限りですがね」

「まったくだ……」


 巨大な鳥型の魔物、空を飛ぶ飛竜。

 マジックマッシュルームの成分入りの煙を吸った魔物たちは、目を真っ赤に染め、地面に向かって落下していく。

 村に向かってくる暴走する魔物たちも同様だ。

 煙を嗅いでハイな気分に陥り酩酊状態となった所を団員によって狩られていく。


「……それで、団長。スタンピードの原因は掴めましたか?」

「ああ……『使役』の奴が村に魔物を嗾けたようだ」

「『使役』がですかっ!?」

「そうだ。傭兵団の大半を『読心』と『使役』の拠点監視に当たらせていたが……駄目だろうな。あいつ等は既に檻の中……もう生きてはいまい」


 ダグラスは魔の森を覆う檻に視線を向け手を強く握りしめる。


 スタンピードの原因が『使役』にあったということは明白。

 当然、スタンピードの中心地で『使役』の監視をしていた者たちがタダで済むとは思えない。

 十中八九、やられている。

 少なくとも、俺ならそうする。


「――となると、傭兵団は……」

「ああ、立て直す必要があるな……幸いなことに、応援の傭兵団が近くまで来ている。作戦は練り直しだ。『使役』と『読心』を甘く見ていた。それに『使役』についてわかったこともある……」


『使役』は魔物を操るスキルを持っていない。

 奴、本来の力は、斧匠の一人として作成した戦斧にある。


 思い違いをしていた。勘違いをしていた。

 二つ名に込められた意味を理解していなかった。

 その結果がこれだ。

 しかし、その代わり『使役』と『読心』を倒す方法を思い付いた。

 ダグラスは、マジックマッシュルームの煙を吸い墜落していく魔物を見て笑みを浮かべる。


「……魔物の掃討が終わり次第、村長と話を付ける。まずは、こいつ等を片付けるぞ」

「はい!」


 そう言うと、ダグラスは剣を持ち、ガリアと共に燃え盛る村の中に足を踏み入れた。


 ◇◆◇


 ブルーノは手に持っていた魔戦斧を背中に担ぐと、呟くように言う。


「……ふむ。外してしまったか(――3つ、4つ……スキルを使っていたのぅ。つまりあ奴はロバー奪う者。『付与』のスキル保持者からスキルとステータスを奪取するワシらにとって敵といえる存在……できることなら、今、ここで消しておきたかった。『付与』のスキル保持者が賜わる第2のスキルは厄介だからのぅ……)


 しかし、逃げられては仕方がない。


「まあ、その時はその時じゃな……ワシと婆さんがいれば、なんとかなるじゃろぅ」


 実際、ダグラスが使用したスキルは『読心の魔女』イデアのスキル。全属性魔法の下位互換に当たるスキルだった。

 魔法はこの世界に生きる誰しもが使うことのできる神秘的な力。

 しかし、その魔法を十全に扱うためにはスキルという名の『適性』を持つことが必要不可欠。

 コカトリスが空を飛べぬように、何事にも例外なく適性というものが存在する。


「……さて、これで時間は稼げたかのぅ?」


 親指と人差し指で丸を作り、黒煙の上がる方へ視線を向ける。

 魔物に蹂躙され、燃える村。

 これを立て直すのは並大抵のことではない。

 それこそ年単位の時間がかかる。

 下手をすれば、あの場所に村を築くことすらできなくなるかも知れない。


 しかし、それでいい。

 あの村は謂わば『付与』のスキル保持者を確保するために用意された人間牧場。

 違法薬物を育み人身売買に精を出す人の悪意が濃縮された場所だ。

 そんなものはこの世界にない方がいい。


(できればこれで諦めてくれればいいが……当然、そうはならぬよなぁ……)


 その場所を守るため必死になって戦う傭兵団の姿を見ればよくわかる。


 儘ならないものだ……。

 しかし、時間を稼ぐことには成功した。

 あとは、ノアの鍛練が終わるまでの間、この状態を維持するだけだ。


 ノアは強くなる……いや、残された時間で強くする。

 どんな絶望が襲おうとも……どんな理不尽なことが起ころうとも……どんな困難が立ち塞がろうとも跳ね除けることができるように。


「それがもうすぐこの世を去る者の役割じゃろうて……」


 ブルーノはそう呟くと、獰猛な笑みを浮かべた。

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