第11話 鍛練初日

「……ふぅむ。これなら問題なさそうだね。そう。ノアの言う通り、この世には六種類の硬貨が流通している。それでは、ノアよ。この硬貨の価値がわかるかな?」


 イデアはそう言うと、ノアに向かって一枚の硬貨を弾いた。

「えっ?」と言って、硬貨を受け取るノア。

 手元に視線を向けると、そこには金色に輝く硬貨がある。


「金貨。一枚当たり一万ゴルドの価値がある貨幣でしょ?」


 金貨を親指と人差し指で掴みそう言うと、イデアはニヤリと笑う。


「ふえっ、ふえっ、ふえっ、残念。ハズレだよ。それは偽造通貨。金貨を模した真っ赤な偽物。当然価値もゼロさね」

「ええっ! これ、偽物なのっ!?」


 偽物と聞かされ目を丸くするノア。

 手元の硬貨を調べるも、そうは見えない。

 イデアはノアから偽造通貨を受け取ると、笑みを浮かべる。


「……世の中には、こういった偽造通貨も流通している。見分け方については後々、教えて上げるから勉強するんだね。騙されて偽物を掴まされたとしても、誰も助けちゃくれないよ」

「ええっ……」


 世の中とは随分と世知辛いらしい。

 イデアは偽造硬貨をしまうと、チョークを持ち黒板に向かう。


「次は、数の数え方を教えようかね。ノアよ。この問題を解いてごらん?」

「はい!」


 イデアが黒板に数式を書いていくのを見て、ノアは手をグッと握った。


(自慢じゃないが、孤児院では、一位、二位を争う位、学力が高かった。数を数えるなんて造作もないことだ……)


 ノアは手をぐーぱーさせて黒板を見つめる。そして、グッと喉を詰まらせた。


「さて、ノアの学力を計らせてもらうよ」


 イデアが黒板に書いたのは、四則演算という算術計算法だった。そう黒板に書いてある。

 はっきり言って、まったく理解できない。


「あ、えっと……わかりません……」


 流石に数字は読める。でも、数の数え方が独特でわからなかった。


「……ふえっ、ふえっ、ふえっ。ノアは素直だねぇ。いいさ、わからないことはこれから覚えていけばいい。しかし、あの孤児院は孤児たちになにを教えていたのかねぇ……? 貨幣の価値はわかるのに計算はできないか……これならいっそ、最初から教えちまった方が早そうだ。それじゃあ、次に行くよ」


 その日、一日は、イデアの勉強だけで終わった。

 ノアがテーブルに両手を付き、グテッとしていると、銀色の髭を生やしたドワーフ・ブルーノが声をかけてくる。


「おう。ノア。お疲れさん。どうやら、相当扱かれたようじゃの。あんな張り切ってものを教える婆さん、久しぶりに見たわい」

「ああ、ブルーノさん……でも、お陰様でものすごい知識量を頭に詰め込むことができました……」


(かなりキツかったけど……あと、変なドリンクも大量に飲まされた……)


 ノアが飲まされたのは、イデア特製の『理解力がよくなるドリンク』そして『記憶完全定着するすごいドリンク』という馬鹿みたいな名前のドリンクだ。

 これを一口飲むと、理解力が上昇し、その間、見聞きしたことを完全に記憶することができる違法薬物がマシマシに入っていながらも、その毒性を完全に無効化し、良い成分だけを抜き出した超すごいドリンクである。


「まあ、若い者にものを教えるのは久しぶりだったからのぅ。婆さんも気合が入っているのじゃろ。明日はワシとの鍛錬じゃ。朝から晩までみっちり扱く予定だから今日はゆっくり休むのだぞ?」


 ブルーノがそう言うと、そのまま寝室に消えていく。

 バタンと音を立て、寝室の扉が閉まった後の部屋で、ノアは顔を青褪めさせた。


「え、ええええっ!?(あ、朝から晩までブルーノさんと鍛錬っ!?)」


 ノアは、ブルーノと初めて会った時のことを思い出す。


 ブルーノの武器は戦斧。イデアによると、その戦斧には、魔物の力が宿っており、ブルーノはその戦斧に込められた魔物の力を開放、又は使役して戦うらしい。

 それ故、名付けられた二つ名が『使役』。

 ここでいう力の開放は魔物を戦斧から解放することを意味している。


「――死ぬ。絶対に死んじゃう……」

「ふえっ、ふえっ、ふえっ。面白いことになっているようだねぇ?」


 憂鬱な気分でうつ伏せになっていると、今度はイデアが話しかけてくる。


「う、ううっ、イデアさん……」

「一体、どうした。泣きそうな顔をして……」


(泣きたくもなる。今日はイデアさんとお勉強。明日はブルームさんと鍛錬だなんて……)


「なんだ、そんなことかい。それなら、ほれっ……これを飲んでから稽古をするといい」


 心を読んだイデアは、宙から赤黒い色をしたドリンクを取り出し、ノアの前に置いた。


「……これは?」


 赤黒い色をしたドリンクを指でつつくノア。

 イデアは、ノアの問いかけに得意気になって答える。


「『戦闘脳になるドリンク』という私特製のドリンクだよ。これを爺さんとの鍛練の前に飲めば、戦いの恐怖を一切感じることなく鍛練に挑める。なに、安心しな。副作用はないよ。体の動きは記憶に刻まれるし、度胸もつく。とてもいいドリンクさね……」

「……あ、ありがとうございます(イデアさんの特製ドリンク。効果は高いんだけど、味が壊滅的に不味いんだよなぁ……)」


「うん? 飲みたくないなら飲まなくても構わないんだよ? 爺さんは強いから飲んでおいた方が楽ができると思うんだけどねぇ」


 心を読んだイデアがドリンクを回収しようとすると、ノアは両手で『戦闘脳になるドリンク』を掴んだ。


「――い、いえ、ありがたく頂戴します」

「そうかい? まあ、明日の稽古、頑張るんだよ。今日はよくおやすみ」

「は、はい。おやすみなさい」


 そう言うと、イデアもブルームと同様、そのまま寝室に消えていった。

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