第12話 ひと時の団欒

 ノアにあてがわれた部屋。それは、ワンルームの個室だった。

 部屋には、テーブルとイス。ベッド。棚には、明日、着る用の新しい服が置いてある。

 イデアとブルーノに言われるがままシャワーを浴び、体の汚れを落としたノアは、用意してもらったパジャマに着替え、ベッドにうつ伏せになる。

 おもむろに寝返りを打つと、天井を見て呟いた。


「知らない天井だ……」


 自分の知っている天井はクモの巣の張った孤児院の天井。そして、魔の森のマップルの木の上に建てたツリーハウスの天井のみ。

 信じられないほど好待遇だ。

 つい先日まで、途方に暮れていたのが嘘のようである。


「明日の鍛錬、どうしようかなぁ……」


 イデアにもらった『戦闘脳になるドリンク』に視線を向けながら呟くノア。


(まるで勝てる気がしない。鍛錬だから勝つ必要はないのかも知れないけど……っていうか、鍛錬ってなにをするんだろう?)


 明日のことを考えていると、ホーン・ラビットがベッドの中に入ってくる。

 頭を撫でると、ホーン・ラビットは『キュイキュイ!』と、気持ちよさそうな声を上げ、そのまま目を閉じ眠りについた。


「おやすみ」


 ホーン・ラビットを起こさないように、手をそっと放し、天井を見つめながら思考を巡らすノア。

 明日、ブルーノが自分にどのような鍛錬を施すのか、想像も付かない。


「考えても仕方がないかぁ……」


 イデアの講義も常軌を逸した方法で行われた。

 明後日は、現在判明している『付与』スキルの考察について講義がある予定だ。

 もちろんそれは、ノアが明日の鍛錬でボロボロにならなかったらの場合だが……。


「今日はもう寝よっと……」


 これ以上考えていても仕方がない。

 そう呟くと、ノアは布団を被る。


(うわっ……ふわっふわだっ。なにこれっ……)


 教会の孤児院では薄い襤褸ぼろ一枚。それが布団の代わりだった。

 しかし、ここで使われている寝具は、すべて若いコカトリスの羽毛で作られている。

 ノアは枕に頭を乗せ肩まで布団を被ると、光源代わりにテーブルの上に置いてある蝋燭の火を消し目を閉じた。


 ◇◆◇


 翌日、コカトリスの羽毛で作られた布団で入眠中のノアはブルーノの声によって起こされる。


「起きるんじゃ、ノア。早速、鍛錬を始めるぞいっ!」

「……えっ? ふえっ? どなたですか?」


 ブルーノの声により起こされたノアは、目を擦りながら起き上がり寝ぼけた表情で呟く。


「うん? おかしいのぅ。もうワシらのことを忘れてしもうたのか? 悲しいのぅ。まあ、そんなことはどうでもいい。それでは、鍛錬場へと行くぞっ!」


 徐々に目を覚ましていくノアは、首根っこを掴まれながら今、置かれている状況を把握する。


(あれ……? そういえば、ブルーノさん。朝から鍛錬するって、言っていたっけ……でも)


「ち、ちょっと待って。ブルーノさんっ!」


 そう言うと、ブルームは怪訝な表情を浮かべる。


「うん? どうしたのじゃ?」

「ど、どうしたもなにも、俺、まだ、準備が……」

「ふうむ。朝ご飯か。そういえば、ワシも食べておらんかったのぉ。それでは、朝食じゃ。食べたらすぐに鍛錬を始めるぞっ!」

「えっ、ええっ!?」


(朝ご飯の話なんて一言もしてないんですけどっ⁉︎ っていうか朝ご飯も食べれるの?)


 首根っこを掴まれたまま、朝食の用意してあるテーブルに引き摺られていくノア。

 テーブルには、朝ご飯が用意してあった。

 朝食は、焼いたパンと目玉焼き、ウインナーとサラダのようだ。

 スープまで置かれており、とても豪華である。

 テーブルの端では、ホーン・ラビットが朝食代わりに人参を齧っている。


「ふえっ、ふえっ、ふえっ、ノアも大変だねぇ。朝早くから、爺さんにとっ捕まるとは運がない」


 イデアの言葉に、ブルーノはフォークでウインナーを突き刺しながら言う。


「なにを言う。ノアが朝ご飯を食べたいと言うから、鍛錬はその後にしようと考えたまでじゃ。断じて、楽しみで眠れず、朝早くからノアを連れ出そうと思っていた訳ではないぞっ? 現にノアは喜んでおるっ!」

「え、ええ、まあっ……」


 そんなに楽しみにしてくれていたならと、苦笑いを浮かべるノア。そんなノアの表情を見て、イデアはヤレヤレと首を振る。


「まあ、ノアがそう言うなら止めやしないよ。精々、扱かれておいでっ……」

「あ、あははははっ……」


 心配そうな表情を浮かべるイデアに、ノアは頬を掻きながら呟く。


「さて、ノアよ。早速、稽古場へと向かうぞっ?」


 既に食事を終えたブルーノは意気揚揚に立ち上がる。

 まだ食事を終えていないノアに、見かねたイデアは手に持っている杖をブルーノの前に突き付けた。


「ちょっと待ちな。まだ飯が残っているよっ!」

「うん? ワシの皿には残っていないぞ?」


 早くノアに稽古をつけたくて仕方がないブルーノの言葉に、イデアは目をひそめる。


「あんたのことじゃないよ。私はノアの皿に残ったご飯のことを言っているのさっ! 鍛錬がしたくて浮つくのもわかるが、ノアの食べるペースも考えてやりなっ!」


 イデアの言葉を聞き、愕然とするブルーノ。


「そ、そんな……」

「そんなぁ? 訳のわからないことを言ってないで、いいからちょっと待ちなっ! 済まないねぇ。ノア……爺さんは、張り切っているのさ。悪く思わないでおくれ」

「え、ええ、それはもちろん。ブルーノさんも俺のことを思ってのことでしょうし……」


 ノアは、イデアに言われた通り食事をしながら答える。


「そうかい。ありがとねぇ。さて、爺さん。ノアの準備が整ったようだよ」


 ノアが最後の一口を口に入れた瞬間、イデアがそう声を上げる。

 ご飯を咀嚼そしゃくしながら唖然とした表情を浮かべるノア。

 そんなノアの手を持ち、ブルーノは笑顔を浮かべる。


「そうか、そうか、それでは行こうかのぅ」

「えっ? あ、ち、ちょっと、ちょっと待ってっ!」


 まだイデアからもらった『戦闘脳になるドリンク』を飲んでいない。

 食事を終えた途端、鍛錬に連れて行かれそうになるノア。

 しかし、必死の抵抗も無駄に終わる。


「楽しみじゃのぅ! 久しぶりの鍛練、ワクワクするわい!」

「い、いやぁぁぁぁっ……!」


 ブルーノに引き摺られながら、ノアはそう叫び声を上げた。

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