第3話 新たな可能性の芽

 ノアからステータス値を奪い取ったガンツはご機嫌だった。


「ぐははははっ! 最高の気分だぜっ!」


(――ウールとかいうガキの『発現の儀』に付き合わされたのは災難だったが、お蔭でノーマークの『付与』スキル保持者を発見し、誰より先にステータスを奪うことができた。怪我の功名とはこのことだな……)


 この村の楽しみといえば、孤児院を追い出された青年が短剣一本で魔の森に突撃し、どこまで行けるかを賭けたり、酒を飲み女を抱くこと位。


 ステータス値が付与された腕輪を見てガンツはほくそ笑む。


(――奪い取ったステータス値は低かったが、あいつのレベルはまだ低い。伸び代は十分ある。団長が飼っていたウールとかいうクソガキのように、レベルを上げさせステータスを奪えば、俺がこの傭兵団の団長になることだって夢じゃねぇ……)


 心に野心という名の炎を燃やしながら、傭兵団の団長・ダグラスの住む邸宅へと向かうガンツ。


「団長、ご報告があります」

『おう。ガンツか入れ』

「はい……」


 邸宅のドアを軽く叩き室内に入ると、そこには数人の女を侍らせ酒を飲むダグラスの姿があった。

 ダグラスは手に持っていた杯をグッと飲み干すと、ガンツに視線を向ける。


「……聞いたぞ。『付与』のスキル保持者を見付けたんだってな。それでステータス値は奪い取ったのか?」


 ダグラスの問いにガンツは息を飲むと、得意気に腕輪を外し提示する。


「は、はい。この通り腕輪にステータスを……」

「……その腕輪にステータスを、だと?」


 ガンツが提示した腕輪を見て、ダグラスは首を傾げる。


「――おい。私が与えた指輪はどうした」

「ゆ、指輪ですか? こ、この通りここに……あ、あれ? 無い。なんでだ? 確かにここに入れたはず……」


 慌ててポケットの中を探すガンツ。

 ガンツの慌てようを見てダグラスは憤りの声を上げた。


「お前、まさか……私が与えた『同化の指輪』ではなく、そのガラクタに『付与』のスキル保持者のステータス値を移した訳じゃないだろうな……?」

「――うっ! そ、それは……」


 ガンツは、誰よりも先に『付与』のスキル保持者を確保したことに浮かれ切って、そのことを完全に失念していた。


「す、すまねぇ! だ、だがよ。あのガキから奪ったステータス値はゴミのようなものだった。レベルも5だったし、伸びしろもある。へ、へへへっ……次から気を付ける。だから許してくれよ……」


 ガンツの雑な言い訳に、ダグラスはため息を吐く。


「……まったく、勿体ないことを……まあいい。それで? 当然、その『付与』のスキル保持者は捕えてあるんだろうな?」

「――えっ? い、いや、捕えてないけどよ。安心してくれ。体力以外のステータス値を0にしたんだ。どうせ、この村から出られやしねぇよ」

「はあっ?」


 ガンツの返答を聞き、ダグラスは素っ頓狂な声を上げる。


「お、お前……まさか『付与』のスキル保持者を放置してここに来たのかっ!?」

「ま、まあ、その通りだが……」


 まさかこんな馬鹿だとは思いもしなかった。

 ダグラスは心底呆れたといった表情を浮かべ、激怒する。


「すぐにその『付与』のスキル保持者を連れて来いっ! 今すぐにだっ!」

「は、はいっ!!」


 ダグラスに怒声を浴びせかけられたガンツは、逃げるようにその場から駆け出した。


「な、なんで、この俺様がこんな目に……あ、あのクソガキッ! どこへ行きやがったっ!?」


 裏路地に到着したガンツは必死になって、ノアのことを探す。

 しかし、裏路地にノアの姿はない。


「クソがっ! まさか、あのガキ逃げやがったのかっ!?」


(……こ、このままでは拙い。折角、『付与』のスキル保持者を見つけたっていうのにっ!!)


「どこだ、クソガキッ! 殴られたくなかったら出て来いっ!」


 浮かれていて逃げられましたでは話にもならない。

 必死になって探していると、目の端に人の影を捉えた。


「そこかっ!」


 屋根の上に視線を向けると、そこには、箒に跨った魔女が宙に浮いていた。


「ふえっ、ふえっ、ふえっ……」


 そう呟くと魔女は『魔の森』の方へと飛んで行く。


「――あ、あれは、まさか……『読心』の魔女……?」


『読心の魔女』とは、『付与』のスキル保持者にして、類稀なるスキルを持つ到達者。

 多くの者が、そのスキルとステータスを手に入れるため、探しているお尋ね者。

 ひょんなことから傭兵団が追っていた『読心』の魔女の手がかりを掴んだガンツは、拳を握り締める。


「こ、こうしちゃいられねぇ! あのクソガキのことなんて後回しだっ!」


 そして『読心』の魔女が飛んで行った方向を入念に確認すると、ダグラスの下へ向かった。


 ◇◆◇


 ノアの涙が枯れる頃にはもう日が暮れていた。


「逃げなきゃ……この村から……」


 ノアが『付与』の固有スキルを持っていることは、あの教会にいた人たちに知られている。

 もし、ノアのレベルが上れば、奴等はノアのステータス値を奪うために嬉々として襲ってくるだろう。


(逃げなきゃ……逃げなきゃ……)


 荒れた路地裏を幽鬼のようにふらふら歩いていると、なにかを踏ん付けたかのような感触がノアの足裏を伝う。


「なんだ……?」


 ノアが視線を向けると、そこには銀色に輝く指輪が落ちていた。

 指輪を拾い上げ汚れを払い落すと夕日に指輪を当てる。


(綺麗な指輪だ。こんな指輪見たことがない……)


 幾何学的な文字が走っている指輪。

 ノアは服で指輪を拭くとポケットに入れ、教会裏に作った秘密の抜け道から村の外に出ることにした。

 サクシュ村は木製の柵で囲われている。魔物からの襲撃に備えるためだ。

 しかし、抜け道がない訳ではない。

 教会の裏側にある柵。ノアがまだ成人を迎える前、外側からわからないように工夫して、柵を取り外し可能な状態に細工してある。


(あの時は必死だったからな……)


 ノア自身、まさか、ステータスが初期化されるとは思ってもみなかった。

 だからこそ、ステータスがリセットされてからのこの五年間、神父の目を盗んでは、魔物の生息する『魔の森』に向かい。木の上に基地を作って、ホーン・ラビット等の比較的に簡単に倒せる魔物を倒し、レベルを上げていた。

 柵を外して、村の外に出ると、柵を元に戻し、内側につっかえ棒を置く。


(これで問題無いはずだ。それに、こんな所に抜け道があるなんて誰も思わないだろう。実際に気付かれた形跡もない……)


 それに、今は『魔の森』よりもこの村の方が危険だ。

 完全に暗くなるまでの間に、秘密基地に辿り着き、当分の間、そこでレベル上げを行う。幸いなことにあの場所の近くには川が流れているし、短剣も置いてある。


(――レベルを上げて、さっさとこの村から離れよう。確か、魔の森を抜けた先にユスリ村がある……その村を更に東に進むと王都がある。サクシュ村の連中も流石にそこまで追ってはこないはずだ……)


『魔の森』に視線を向けると、人や魔物に見つからないよう警戒しながら基地に向かって進んで行く。


(あった……)


 木の上に建てられたツリーハウス。

 魔の森に来る度に増改築を繰り返し建築した力作だ。

 傭兵団が狩りに来ない東側の森に建築した。


 ツリーハウスを建築したのは、マップルという栄養価が高く瑞々しい手のひらサイズの赤い果実のなる木の上で、年中、獲ることができるため、食べ物には困らない。

 近くに川もあるし、肉が食べたくなったら、ホーン・ラビットを狩って食べればいい。もちろん、他の魔物に横取りされなければの話だけど……


 ノアはツリーハウスのあるマップルの木の下に辿り着くと、木をよじ登り、ツリーハウスに辿り着く。


(うん。これなら、当分の間、生活できそうだ。でも……)


 このステータスで魔物を倒し、レベルを上げるのは難しい。


(……どうしよう)


 ツリーハウスで横になり、何気なく『ステータス』を確認していると、ノアの視界に自身の持つ固有スキル『リセット』の文字が目に入る。


(……確か、この固有スキルは、レベルとステータスを初期化するスキル。レベル1からなら簡単にレベルを上げることができるかも)


 それに『付与』の固有スキルがあれば、『体力:4』を持ち越すことができるはず。赤子並の体力からやり直す心配もない。


(でも、なににステータスを付与しよう……)


 なにかステータスを付与する物は無いか考えていると、指輪を拾ったことを思い出す。


(そうだ。これにステータスを付与すれば……!)


 思い立ったが吉日。

 指輪を親指に嵌めると、固有スキル『付与』でステータスを指輪に移していく。

『体力:4』のステータス値を指輪に移した瞬間、ノアの体を力が抜ける感覚が駆け抜ける。しかし、ステータスを移す前に指輪を嵌めていたため、赤子と同じ体力になることは無かった。


 ノアの今のステータスは次の通りだ。


 ◆――――――――――――――――――◆

【名 前】ノア・アーク

【年 齢】15    【レベル】‌5

【スキル】リセット 【ジョブ】なし

     付与

【STR】体力:5(0+5)  魔力:0

     攻撃:0    防御:0

     知力:0    運命:0

 ◆――――――――――――――――――◆


 次にステータス画面にある『リセット』に指を当てると『本当によろしいですか?』といった画面がノアの前に現れる。

 少し迷ったものの、画面に映る『はい』を選択すると、ノアのレベルとステータス値は初期値にリセットされた。


「……えっ?」


 リセットされたステータスを見て、ノアは声を上げる。

 そこには、想定外のステータスが表示されていた。


 ◆――――――――――――――――――◆

【名 前】ノア・アーク

【年 齢】15    【レベル】‌1

【スキル】リセット 【ジョブ】なし

     付与

【STR】体力:6(1+5)  魔力:1

     攻撃:1    防御:1

     知力:1    運命:1

 ◆――――――――――――――――――◆


 レベルのみ初期化されると思っていたのに、すべてのステータスが1になっていたのだ。


「一体なんでっ……あっ!」


 初めてステータスを『リセット』した時、すべてのステータスが1になっていたことを思い出したノアはハッとした表情を浮かべる。


(あの時はステータスが初期化されたことに動転して気が付かなかったけど、これなら……)


 ノアは、『リセット』そして『付与』の固有スキルに視線を向ける。

 気付けば、ステータス画面にある『付与』に指を当てていた。

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