第42話 最後の虎の子
――場面は変わって、ユリウスと戦っていたレナード。
レナードは速すぎて全く見えない剣を、腕の動きを見ることで予測し、間一髪防ぎ続けることで凌いでいた。
「……ッく!」
しかし、レナードは自分が"既に数十回は殺されている"と自覚している。
弄んでいるのか手加減しているのか、反応すらできなかった攻撃はすべて拳や足による殴打だ。
「――レナード君、だったか。私が殺したいのはフィル君だけで、君ではない。君とあの女生徒が背中を向けて逃げようとも興味はない。私には敵わないと、君も十分に理解しただろう?これが最後の警告だ、早急に立ち去るんだ」
氷点下まで冷めた目で、ユリウスは忠告してくる。
この警告を蹴ってしまえば、手加減はしないと伝えてくる。
――しかし、レナードの決意は固い。
「嫌ですね!妬みかなんだか知りませんけど、人を殺すとか言ってる人を放っておくわけないでしょ!」
そう言い放った。
すると、ユリウスは瞬きのあと、
と、次の瞬間、
「――ッが!??」
構えていた剣が吹き飛ばされた。
剣を振る腕すら見えなかった。
体勢は崩れ、次の攻撃に対して防御ができない。
そんな、いとも簡単に訪れた絶体絶命を――間に入ってきたフィルによって救われる。
「――……フィルさんッ!」
傷は完全に塞がり、剣をぶつけてもギリギリ張り合える。
さすがは超級の魔法である。
しかも、
「激雷」
背後からアーツの詠唱。
目の前に出現した数個の魔方陣から電撃が走り、ユリウスは後退しながらそれらを躱していく。
「……レナード。今ので分かったか、今のユリウスは正気じゃない。お前でも殺される。今すぐ、後ろのアーツと一緒にここから逃げろ」
「それでも……ほっとけないです。あれとタイマンとか、フィルさんが死んじゃいますよ」
フィルの最後の願いは、確固たる決意によって一蹴された。
けれど、この返答は分かっていたことでもある。
アーツも言っていた。レナードは頑固なのだ。
「分かった……なら、絶対に俺に合わせて一撃離脱だ。ユリウスと一撃以上剣を交えるな」
「……!はい、頑張ります!」
返事を聞いて、フィルは魔法を避けていたユリウスへ距離を詰めていく。
少し遅れて後ろからレナードが着いてきているのが分かった。
ユリウスは魔法を避けるのに専念しているものの、視線は八割こちらに向いている。
隙らしい隙はない。
けれど、今更そんなものに期待もしていなかった。
フィルは魔法の切り目を狙って、
「――……ぉら!」
一撃。ただ、それは防がれる。
すぐに反撃もくるが、強化のおかげで張り合える。
数分前よりも鋭い剣の音を数十回と響かせて、
「ここっす!!」
横からレナードが一撃。
ただ、いとも簡単に防がれる。
ユリウスはレナードに剣を振るうが、それをさせまいとフィルが追撃。
決闘の時と状況は似ているが、レナードも本物の剣に切られればどうしようもない。
その全てが致命性を有していて、食らった時点でどこかが欠損する。
レナードたちはあくまでもサポートで、決めなければいけないのはフィルなのだ。
フィルが剣を振り、レナードが横やりを入れ、少し間合いを取ればアーツの魔法。
禁忌の力は想像以上で、少し鬱陶しそうにしているもののまだ無傷。
常人ならば数十秒でキャパオーバーのはずである。
そして、それを一分と繰り返しても、やはりユリウスは無傷だった。
逆に、中々決まらないことに焦るのが――レナードだ。
「……ッく!」
「――おいバカ!」
二桁目の一撃が防がれ、レナードは焦った。
真正面にいるユリウスに向かってもう一度剣を振ろうとする。
しかし、それよりも先にユリウスの一撃が早い。
レナードも防御ができず、ユリウスの剣が――
「ッがぁ!」
――しかし、その一撃は剣ではなく、蹴りであった、
遠くに転がるレナードはうずくまり痛みに悶えている。
骨は何本か折れただろうが、致命傷ではない。
そして、その動きを見ていたフィルは気付いた。
剣を振るえば必ず当たっていた今の場面。
ユリウスはそれを躊躇い、あえて
どうやら、フィル以外の人物に斬りかかれるまでの"覚悟"はないらしい。
ただ、転がるレナードには目もくれず、ユリウスはフィルに向かってくる。
レナードの無事に安堵する暇もなかった。
「――……ッ!」
アーツへ魔法を打つ隙を与えないように、ユリウスは常に距離を詰めてくる。
ゼロ距離から繰り出される乱撃は猛攻。
フィルは耐えて耐えて、耐え忍んで――
「俺のこと……忘れんなぁ!!」
痛みを堪えて、レナードが背後から斬りかかった。
流石に不意の一撃だったのか、反応は遅れた。
若干、体勢を崩しながらの防御。
そこをフィルが追撃。
レナードの剣を弾いたユリウスはすぐに剣を構えるが万全ではない。
フィルはその剣を跳ね返して――顔面に回し蹴りを喰らわした。
「あがッ!」
非常に重い一打。ユリウスはその場でのけぞる。
そこに今度は顎を狙っての殴り。
それは、的確に顎を打ち抜いた。
さらに畳み掛けようとして、しかし、
「――ッ!」
軽くないダメージの中、ユリウスは剣を振るって反撃してきた。
フィルは後ろへステップすることで距離を取り回避。
もう一撃を警戒して剣を構えるが、
「……?」
そこには――膝をついて額に手を当てるユリウスの姿があった。
明らかに好機だとも思ったが、どうも
ユリウスから聞こえるのは痛みを表すものではなくて――抑えきれない笑い声だったのだ。
「フ、フフッ。分かった。分かったぞ」
「……なにがだよ」
不審以外の何でもない。
警戒心は高まっていき、比例するようにユリウスの笑い声も大きくなっていく。
「アハハハハ!!とぼけるないでくれ!さっきから邪魔くさいレナードとかいう男も!そこの女も!!お前が洗脳した可哀想な人なんだろ!?あぁ、なんでもっと早く気付かなかったんだろう。そうだよ、そこまで必死になるなんて、それ以外ないじゃないか!」
フフフ、と不気味な笑い声を漏らしていて、明らかにまともじゃない。
隣にいるレナードも、唐突な支離滅裂な発言に顔を顰めていた。
そうだ、これは――禁忌の効力が増しているのだ。
ユリウスの中にあった"理性"が、確実に失われている。
「……っ!レナードもういい!後は俺一人でやるからアーツと一緒に逃げろ!」
嫌な予感がした。
少なからずあった彼の理性が、突飛な論理を展開するほどまでに失われたことで。
とても、嫌な予感がした。
――そして、予感は当たってしまう。
「そうだなぁ、まずは……鬱陶しいお前だな」
そう言って、
フィルは咄嗟に間に入るが、
「――……ッ!」
剣は弾かれ、体勢を大きく崩された。
そして、その瞬間無防備なフィル――を横切って、レナードの方へ肉薄した。
レナードは剣を構えることすらできていない。
さっきまでは斬ることを躊躇っていたが、今、その枷は消えた。
阻むように魔方陣が展開されるが、詠唱まで間に合わず、
「――あ"ぁ"ッ!!?」
レナードの右腕、肘から先が切り落とされた。
そして、ついでと言わんばかりに胸を斬られて、
「レナード!!」
ユリウスがさらに剣を振ろうとするのをフィルが止めて、庇うようにして間に立つ。
後ろには自分の腕を抑え、痛みに悶えるレナード。もう意識もハッキリとはないだろう。
さらにいえば出血もひどい、一刻も早く止血をしたい。
けれも、吹っ切れてしまったユリウス相手にその時間があるとは思えない。
「――レナード!!大丈夫!?!」
「……ッバカッ!こっち来んな!!」
あろうことか、大きな傷を負ったレナードの元に、アーツが来てしまった。
きっと、考える前に体が動いてしまったのだろう。
気持ちは分からなくもない。
しかし、言葉を選ばずに言ってしまえば、フィルを縛る足枷でしかない。
「ハッ、ハハハ!これは好都合!離れたお前のところに、フィルを躱して辿り着くのは少々手間だったんだよ!やはり、神は正義に報いてくれるらしい!」
ユリウスは狂気的に笑った。
そして、血濡れた剣を構え、二人を庇うフィルに肉薄した。
「クソッ……!」
フィルにとって。
何かを守りながら戦うのは、人を殺すより難しい。
それはシャルロットを助けた時に痛感した。
隙あらば奥へ抜けようとするユリウスを必死に抑えるが、
「ほらほらぁ!フィル君、邪魔だよ!」
「……やばッ!」
焦りからか剣を弾かれ、ユリウスは横を通り過ぎようとする。
さっきと同じような状況で、フィルは強引に身体を入れて防ぎにいく。
が、それは咄嗟に取った行動で、短絡的な選択だった。
だから、
「……ハハっ!なんてな!」
――そんな行動は読まれ、簡単に右手を切り落とされた。
「……がッ!?」
都合の悪いことに剣を持っていた手が切り落とされた。
痛みに顔を歪ませるが、ユリウスは続けて回し蹴り。
反応はできても、身体を逸らすことは叶わない。
何本か骨が折れるのを感じて、フィルは壁まで吹き飛んだ。
「……っ」
意識が飛びそうになるのを耐えて、ボヤける視界でユリウスを確認する。
ユリウスは壁に寄りかかるフィルを無視して、倒れる二人の方を向いていた。
「……!ま、待てッ……!」
レナードに肩を貸しているアーツが。
恐怖に支配され、足を震わせているアーツが。
ユリウスに向け魔法を放とうとして、
――フィルの剣を投げつけられ、胸に深く突き刺さる。
「あっ……う、そ……」
アーツはその場に倒れ、支えを失ったレナードもその場に伏す。
「……ッ」
フィルは自らの傷を治そうと魔方陣を思い浮かべようと試みるも、身体の節々からくる激痛から、
まだ短剣はあるが利き手がない。
もし戦えたとして、動くたびに襲う激痛に耐えながら張り合えるかも分からない。
あっという間に、こんな絶望的な状況。
そして、
「……可哀想に。洗脳までされてさ。大丈夫。すぐ楽にしてあげるよ」
そう言いながら、ユリウスは倒れる二人に近づいていく。
態度を一変させて、一丁前に憂いを帯びている。
自我はだいぶ蝕まれているようで、情緒が異常だ。
あのユリウスはきっと、躊躇いなく二人を殺す。
――そうだ、殺せてしまう。殺されてしまう。
「――……」
逡巡の後。
フィルは倒れる二人に向けて、手を向けた。
そして――なんとも"単純な魔方陣"を二つ展開する。
「ッ!」
ユリウスは予想外だった魔法に少し後ずさり。
振り返り、フィルを見るが、距離なだけに詠唱は止められない。
「――転移」
そして、簡潔な詠唱。
すぐに魔方陣――虎の子の
瞬間――二人を跡形もなく消し去る。
転送先は家。徒歩で帰るのがだるい時に使っていたものがまさか人を助けることになろうとは思わなかった。
この時間ならばティルザもいるだろうし、あの二人はもう安全だ。
しかし、逃がせた安堵と共に、身体を凄まじい喪失感が襲う。
魔素容量が膨大というのが取り柄とはいえ、二人を大学から家まで転送させるのは中々キツイ。
感覚的にだが、中級の魔法ですら使えそうにない。
「……お前、今の、まさか転送魔法か」
「さあ、知らね」
投げやりに、適当に返答。
正気を失ってるやつとまともに話す気なんておきない。
「まあ……あとで殺せばいい。ほら、瀕死のお前を殺した後にな。フッ、アハハハッ!」
近づいてくるユリウスに、フィルは抵抗の意思が尽きている。
右手はないし魔素は切れたし身体は痛いし。
『神様、だれか助けてください』と消極的に他力本願の構えだった。
ともすれば、
「――お、お兄……様?それと……っ!! フィルさん!?その傷……?!」
あまりにもふらっと、その他力が表れてしまったのだ。
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