第40話 ただの閑話
苦しんだ決闘を終えてから三日。
あの後、全員がボロボロだったこともあり即解散。願い事などの後処理は別日に持ち越された。
結果だけ見れば接戦であり、特に最後の一対一は印象に残っている。我ながらうまくできた方だと自画自賛もしたくなる咄嗟の判断だった。
もちろんそれは傍から見ていても同様で、ここ三日はすれ違う生徒にコソコソと話されるのが当たり前の景色となった。
近寄りがたいみたいな反応は元々少なくなかったが、決闘以降顕著に増えたように気がする。
ガヤガヤと集まられるよりはマシなような気がするが、これからの大学生活がよりやりにくくなったのは間違いないだろう。
「……あの、フィルさん」
「ん?」
授業がない空き時間、廊下を歩いていると後ろから声を掛けられる。
聞き覚えがあり、その声は気まずそうに震えていた。
「……あぁ、クラウディア。あれから大丈夫だったか。魔素切れとか体験したことないし、どんなものか知らないんだけど」
「え、はい。疲れ果てて寝てしまうようなもので、無傷だった私はただ倒れただけで……すぐに起きてフィルさんとお兄様の一騎打ちだって見れました」
「それならよかった……のか?」
話しにくそうにしていたので自分から話を展開してみたが、次の話題が出てこずに会話は止まる。
コミュニケーション弱者がゆえ許してほしい、と気まずい沈黙に耐える。すると、
「あ、あの。お兄様が……見たことないほど、その、執着していて……。もっと、何かお兄様らしい目的のために決闘をすると思っていたんですが……あんな私的な執着なんて、初めてで……」
言葉は途切れ途切れ、謝罪とは違うような気持の吐露。
フィルは黙って耳を澄ませる。
「フィルさんに言っていた願い事についても、"エイラの為"以上のことは、教えてくれませんでしたし……。私は、フィルさんがお兄様に勝ってよかったと、今更ですけど思います。私の知らないどのような話し合いがあったとしても、それにフィルさんが巻き込まれなくて、その、よかったです……」
身内のごちゃごちゃに責任でも感じているのだろうか。しかし、それほど気負うものではないのも事実。
こういう時どのような言葉を掛ければいいのだろう、とフィルは首を傾げて考え、そして、
「そんな気にするな、大丈夫だ。こっちにも落ち度がないわけじゃないしな。……どちらかといえば、ギリギリこっちの過失のが多いまであるし、なんならクラウディアの言う通り勝ててるし。結果よければなんちゃらだ」
「そ、そうでしょうか……?」
「そうだよ、クラウディアが全力出してあの接戦だし、クラウディアのお兄さんも文句はないだろ。あとは俺が丸く収めるような願い事とか、元々されてた頼みについて色々話し合う。その内、元のお兄さんに戻るだろ」
「……フィルさん」
フィルの言葉に少しばかり肩の荷が下りたのか、ホッとしたような表情。
投げやりな言葉に聞こえるが、これがフィルの最大限だ。泣かせた過去を考えると、よくできた方だ。
――と言ってみても、元々されていた頼み事の厄介さは憂鬱にさせる。
エイラのこの圧倒的信頼からして悪い人ではなさそうではあるが、とてつもない影響力を持つあれらの兵器である。やはり、協力をする振りして完成を遅らせた方がいいのだろうか。
正解の見えない問いに悩んでいると、エイラが再び俯き始める。
まだ何か後ろめたいことでもあるのかと伺っていると、
「……その、フィルさん」
「どうした?まだなんかあるか?」
「いえ、その……えっと……」
おずおずともじもじ。先ほどの様子とはどこか別ベクトル。
読み取れないフィルは顔を顰めるが、
「クラウディア……というのは、その長いと思いまして……。お兄様を呼ぶときも、クラウディアのお兄さん、と大変ですよね……?だから、その、"エイラ"と呼んで……えと……」
消え去る語尾と共に、その存在感も消えようとしている。
けれど意図は伝わったようで、フィルも不思議な感覚に襲われる。
たかが呼び名だが改めて言われる、というかこうも顔を赤らめながら言われると調子が狂う。
「……分かった、今度からエイラって呼ぶようにする。……長いしな、クラウディアって」
「っ! そうですよね!」
嬉しそうにするエイラを見て、気付かぬうちに荒れていた心や頭の中が少しだけスッキリするような感覚。癒される、とはこんな感じなのだろう。
口角が下がらぬうちに、エイラは口を開いて、
「フィルさん、ならさっそく――「フィル、お疲れ」」
――ところで後ろから背中を叩かれた。
振り向けばロゼの姿。これまた凄いタイミングに現れた。
「……シズレリアさん。今、私が話しているので、後ではいけませんか?」
エイラは先ほどの笑顔はどこへやら、不機嫌を隠そうともしていない。
「人との会話に、優先順位とかないでしょ。好きに話させてよ」
「ですが、タイミングというものがあるのも事実です。自重や遠慮というのはないのでしょうか?」
「ごめん、どっちも知らない。ていうか、そんなこと気にしてる暇があるなら、もう少し
「お、おい……?二人とも……?」
険悪、というかほぼ喧嘩。
言葉の節々から隠し切れていないトゲが肌をチクチクと刺激する。
そして、舌戦はさらにエスカレートしていき、
「……人には人のペースがあるんですよ。シズレリアさんに言われることではないです」
「確かに。……けど、いいの?そのままだったら、手が届かなくなっちゃうかも」
「だからといって無理やり引き寄せるのは感心しませんね。自分勝手に、相手の事情などを無視して」
「大丈夫、優しいし」
「まだ短いでしょう、それで何が分かるのですか?」
「月日なんて同じでしょ。逆に、エイラに何が分かるの」
「いいえ、幼いときにちょっと。どうやらスタートラインが同じとは限らないようですね」
「ッ……。あ、っそう」
そこでロゼは背を向けた。
最後の言葉の刺さりどころが悪かったのか、無表情のロゼには珍しく顔を顰めていたような気がする。しかし、すぐに顔は見えなくなってしまって、見間違いだったと思えばそうとも思える。
それほど、些細な変化だった。
「フィル、この後の授業……いつもの席で待ってるから」
「……あ、あぁ分かった」
「それじゃ」
そう言い残して、足早に廊下を進む。
残されたエイラの表情も暗く、自らの物言いに後悔しているのだろう。
「……なぜ、ああなってしまうんですかね」
「入学試験の日から変わらないんだな……別に仲良くしろとも言わないけど、ほら――廊下ではちょっとやめてもらえると嬉しいんだが……」
「あっ……すいません、フィルさんの目の前で……」
廊下のど真ん中で言い合って目立たないはずがなく、通り過ぎていく生徒の注目を一斉に浴びていた。
嫌な目立ち方の典型。この二人は接触させない方がいいのだろうか。
「本当にすいませんでした……あっ、もう次の講義の準備とかありますよね。予想以上に長い時間話してしまって……」
「別にいいって。あ、あと、お兄さんが来るとき教えてもらっていいか。ちゃんと話し合う」
「分かりました、お願いします……それじゃあ、また」
「ああ、またな」
軽い会釈の後、エイラも廊下を進んでいった。
近いうちにあるだろうユリウスとの会話に胃がキリキリと鳴り始めたような気がした。
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