第39話 最後に立っていたのは

「――フィルさん!こっからどうしますか?!」

 

「……俺が前衛、隙を見てお前が後衛」


「そ、それだけっすか……?」


「なんだよ、なんか文句でもあるのかよ」


「……フィルさん、やっぱり俺らには戦略的なこと考えるのは無理みたいです」


「……うるさいな」


 小言を零しながら、フィル達はユリウスに肉薄する。

 二対一で攻撃を繰り返していくわけだが、息の合った連携なんてあるわけがなく。

 フィル達は力押しのみで後退させてはいるが、されど有効打は与えられずにいた。


 エイラやアーツから魔法の援護があるが、肉薄しているからか偶発的。

 脅威である飽和的同時展開も誤射を考慮してか数は抑えられていた。


 しかも、つい先日戦ったペトラより避けやすい。

 頻繁に横やりを入れられるが、致命打にはなりにくかった。


「ッ! 行かせるか!」


 二人でユリウスに剣戟を入れながら、隙を見てレナードが抜けようとする。

 しかし、ユリウスもそれは分かっているのか少しずつ後退し、なんとか前を張っていた。


 ただ、やはり苦し紛れ。

 キャパは限界で、フィルとレナードを相手にしながら抜かせないというのは綻びを生む。


「――オラ!!」


「ッぐぁ!」


 そんな綻びを突いて、無防備な腹に大きく剣を当てる。

 痛みに顔を歪め、そんな隙を見てレナードはユリウスの横を抜けていく。


「ま、待て!!――っち!邪魔をするな!」


「そんなこと言われても……」


 レナードを追いかけようとするのを止めて、立場は反転。

 今度はフィルがユリウスを引き止める役となった。


 普段の穏やかな表情には似合わない形相で剣を振るうが、既に格付けされているフィル相手では上手くいかない。


 どころか押し返される始末であり、顔はどんどん歪んでいく。


 フィルの調子は好調。

 では、エイラの方へと向かったレナードといえば――それを阻む大量の魔術を避けるので精一杯であった。


「ちょ!むりむり!!無理ですってこれ!この弾幕の中突っ込めって言うんですか!!?俺の身体ちぎれます!!!」


「うるせぇ!つべこべ言ってんじゃねぇ!!こっちにも流れ弾飛んできてんだ!早くしろ!!」


「そんなこと言ったってー!!」


 泣き言を言って泣きながら、レナードは飛んでくる炎や爆発を避け続ける。


 誤射を恐れる必要が無い、近づくために遮蔽物が何もない平地を走ろうとすればこうなってしまうのは当然の摂理ではある。


「――レナード!行くよ!!」


 後ろからアーツが叫ぶ声が聞こえた。

 すると、レナードとエイラの間に点々と魔方陣が展開され、


「大地!障害!」


 詠唱共に、何もなかった平地に大地が隆起して"障害物"が出来上がる。

 エイラから見れば見通しがとても悪くなり、レナードを見失って――


「――ッすべてを崩す爆発を!!」


 エイラの判断は早かった。

 見える限りの盛り上がった土に爆破魔法を展開、最低限の詠唱で土壁を破壊する。


 辺りを黒煙が包むが、さらに新たな魔方陣を多数展開し、


「風の恵みを!」


 風を巻き起こし、視界を埋めていた黒煙を吹き飛ばす。

 見晴らしはよくなり、すぐにレナードを視認しようと目を動かすが――


「ちょっと痛いだろうけど、すいません!!」


「――ッ!!」


 あの爆発をすり抜けて、レナードはあと五、六歩のところまで接近していたのだ。


 エイラは目を見開き、しかしすぐ後ろへステップ。

 ほんの少しだけ距離を開け、すぐさま間に魔方陣を展開した。


「いやいや、展開早すぎ!!」


「――土の手を」


 短い詠唱によって、レナードと同じサイズの手が――王城の庭で見たような土の手が出現する。

 それはレナードへと襲い掛かるが、


「おりゃあああぁぁあぁ!!」


 勇猛果敢にもレナードはその土の手に剣を振るう。

 すると、


「らぁあ!」


 その土の手はあまり魔素が込められていなかった。もろく、いとも簡単に瓦解する。


 所詮は時間稼ぎなのか、エイラもそれは理解しているのか。

 しかし、さらに数個の魔方陣を展開。同様の詠唱を繰り返す。


 その度に土の手は生えてきて、そしてレナードに破壊される。それの繰り返し。

 一見無意味に見えるこの行動は、けれど確実にレナードの足を止め、体力を使わせていた。

 

「アーツ!手伝え!!」


「うるさい!命令すんな!」


 痺れを切らしたレナードがアーツに叫ぶ。

 アーツも叫び返し、応えるように複数の魔方陣をエイラ目掛けて展開。



 それを見たレナードは笑みを浮かべ――そしてエイラも微笑んだ。


 

 意図の読めない微笑みにレナードは肝が冷える。

 嫌な予感がする、何かする前に倒さなければ、と第六感が訴えている。


 しかし、嫌な予感とは当たってしまうもので。


 

 この二人を囲うように数えきれないほどの魔方陣が展開され、


「魔術よ、私たちに勝利を――」


 そんな抽象的ですらない詠唱を呟く。

 もはや詠唱の艇をなしていない。


 しかし、全ての魔方陣が光りを発し、次の瞬間には、


「――きゃぁぁああ!!」

 

 アーツの悲鳴と、

 そして、ばたりと倒れるエイラ。


 形勢が、傾く音がした。


「……は?」


 倒れたエイラを見て困惑するレナードだが、アーツの方が気になり振り返れば――ボロボロになったアーツが倒れている。


「アーツ……!」


 目の前のエイラが倒れたのは魔素切れ。

 ただ倒れる前に、魔素を吐き切って戦線離脱されたのだ。


 しかも、きちんと刺し違えられた。ずっと傾いていた天秤を揺らされた。


「――おい!レナード手伝え!!ユリウスがやべぇ!」


 自らの力不足を恨み立ち尽くしていたレナードは、フィルの大声でハッと我に返る。


 すぐに声の方を向けば、数倍動きの良くなったユリウスに防戦一方のフィルが見えた。


「さっきの魔法でめっちゃ増強されやがった!!一撃重すぎる!!」


「……あ」


 そうだ。あのはっきりとしない詠唱。

 属性魔法ならばあれほど抽象的である必要はない。


 あれは属性魔法と強化魔法の二種類、毛色の違う二つの魔法を一度の詠唱で済ますためのものだったのだろう。

 アーツには敵わないが、あの詠唱で魔法が発動するのならばやはり相応の出力があるのだ。


 しかし、そんなことに思考を費やしている暇はない。

 レナードは容赦なく無防備に見える背中に斬りかかる。


「え!!」


 ただ、その一撃は余裕を持って躱され、

 しかも、


「あがっ!?」


 重すぎる反撃を喰らう。

 剣で受けたはずが勢いを殺しきれず身体に貫通した。

 

「まて!!」


 もう一撃、と構えたユリウスにフィルがカバーの攻撃。

 ただ、信じられないほどの身体能力で剣を合わせられる。


 多くの強化魔法がユリウスに向けられていたが、これほどとは思わなかった。


「……ほんとは、もっと余裕を持って勝てると思っていたんだよ、フィル君。しかも、これだけ強化をもらわないと打ち勝てないなんて。」


 愁いをおびた表情をしながら呟く。

 ただ、その内容は既に勝利を確信したようなもので――なんとも気に障る。


 たしかに身体能力は信じられないほど上がっていて厄介だが、けれど、

 

 今しがたユリウス自身で言ったように、単純な戦闘能力の才はフィルが上回っている。

 あれだけの強化魔法を受けて、やっと公平だと言ってもいいだろう。

 

 ならば――魔法の才で苦しんだ者同士。

 才能というものがどれだけ残酷か思い出させてやるのがすっきりする。


「……」

 

 フィルはユリウスを一つ睨んだ後、飛び込んで肉薄。

 二人は互いに剣をぶつけ合う。


 しかし、真っ正面から剣を交えれば剣が吹き飛ばされるのは自明。

 よってユリウスから放たれる一撃は受け流すようにして剣を合わせるしかない。


 ただ、その甲斐あってか戦闘の流れは五分以上と言ってもいいだろう。


「……っ」

 

 多くの強化を受けて尚、なかなか思うようにいかない戦闘で唇をかみしめる。

 しかも――


「おらぁ!!」


「ッ目障りだな……!」


 定期的にレナードが横やりを入れてくるのだ。

 すぐに剣をぶつけ、受け流すのがうまくできないレナードを何回も吹き飛ばしているが、タフが過ぎて何度も起き上がってくる。


 偶発的なそれに加え、段々とフィルに押され始めて集中力はどんどん削れていき、ユリウスの額には嫌な汗。


 いつの間にか、後手後手になっていた。


「な、なんでこんなに……?――ッ鬱陶しい!!」


「ぐッ、ぎゃあああぁぁぁあ!!」


 もう何度目か分からないレナードの横やりを寸前で回避、そして吹き飛ばす。

 けれどこの一撃も甘い、致命打には至っていない。


 うまくいかないそれに表情を歪ませ――


「――ッ!!」


 一瞬、肉薄するフィルに反応が遅れる。

 

 隙というにはあまりにも短いそれを的確に突いたフィルは、容赦なく剣を振りぬく。


「がッ……!」


 その衝撃によろめくユリウス。

 痛みに目の前がチカチカとして、ふらふらと後ずさるが、


「おらっ!!」


 フィルはそこにもう一撃。

 強烈な飛び蹴りをかます。


 ユリウスはさらに後退、体制を崩さなかったのは流石の根性だ。

 キッとフィルを睨み次の行動を警戒するが、

 そこで、


「ここッ!」


 ――横からレナードが飛び込んでくる。

 最悪のタイミング。レナードのことが一番頭から抜けていたところだ。


 ユリウスの反応は遅れ、面前に迫る木剣が目に入る。


 それほどにユリウスの反応は遅く、しかも剣が狙うのは顔面。

 これで決まると、レナードは思う。


「あッ……がっ……」




 レナードの剣がユリウスの顔面を叩き、ユリウスは膝をつく。

 勝負は決まったのだと、その場にいる誰もが思ったことだろう。

 もろに入った一撃、意識を保つのだってギリギリのはずだ。


「ユリウスさん、降参でいいですか?」


「……」


 負けず劣らずボロボロのレナードが声を掛ける。

 しばしの沈黙、そして、


「……降参、降参、か。……いや、そんなのあり得ない。私が降参するのは……あり得てはいけないんだよ。どんな手段でも、状況でもいい、私が上回っているという事実がないと――」


 最期の方は聞こえなかった。けれど――ユリウスは立ち上がるのだ。



「私が勝てなければ……いけないんだ」


 

 その言葉を継戦の意思表示だと判断したレナードは、ユリウスへ止めを刺しにいく。

 焦点の定まらない目をしたユリウスへ走り、剣を振り上げ――


「ッ!!」



 ――いつの間にか、決意のみなぎった目をしていたユリウスに剣を弾かれる。



「っまず――」


 自らの状態を悟るより前にユリウスのもう一撃は放たれて、

 それは無防備な胴体へ直撃。


「ッが」


 レナードは痛々しい声を漏らして闘技場の端まで吹き飛ばされる。

 それは誰が見ても致命打で、あのタフなレナードでも起き上がるのは不可能だ。


「――フィル君、私は……君に勝てないといけないんだ」


「……」


 初めからここまで、限りなく優勢のままだったのに、気付けば一対一。

 しかもユリウスの目には計り知れないほどの覚悟を感じる。


 何が琴線に触れたのか知らないが、気を引き締め直さないといけないらしい。



 数秒して、ユリウスが飛び込んでくる。

 強化魔法はまだ健在らしく、その速度は凄まじい。


 その強靭な肉体から放たれる一撃一撃を丁寧に処理しながら、なんとか打ち合っていく。

 避けながら受け流しながら、なんとか互角に進めていく。


「……っ……!」


 互いに息を吐く音が響く。

 少しでも気を抜いたら負ける、フィルは一撃必殺の馬鹿威力を見ながらそう感じる。


 集中を切らさないよう剣を注視する。

 動きが変わったユリウスに対し、活路はまだ見えない。

 時間を稼ぎ、その時が来るまで現状維持をするしか見えない。


 ――すると、転機はふと訪れる。


 フィルにとって、良くない方に。


「――ッ!!」


 一撃が重い剣の動きを注視するあまり、足元が不用意だったのだ。

 大袈裟な剣の振りに翻弄された後、咄嗟に放たれる蹴り。


 少し不慣れに見えたが、強化を受けた蹴りが強くないわけない。

 反応が遅れたその足蹴りをもろに喰らい、軽く吹き飛ぶ。


「……ぐぁ!」


 二、三回の後転ののち、なんとか受け身をとって体制を元に戻す。

 すぐにユリウスを視界に入れるが――その距離は眼前と言って過言でなかった。


 吹き飛んだのを、そのまま追撃したのだろう。

 剣を地面に這わせたまま、フィルに振り上げようとしている。


「……!」

 

 焼け石に水だが、なんとか剣を目の前に構える。

 しかし、構えは中途半端なものだから――ユリウスの剣とぶつかった瞬間に力負けし、剣は空中へと打ち上がる。


 けれど、その一瞬は剣が身体に当たらないようにするには十分である。

 武器一つの代償には少し見合わないが、致命打を防げたからチャラでもある。


 しかも――


 ただ、武器がないのを好機と見て、ユリウスはさらに連撃。

 懐に刀身の短い木剣があるとはいえ、取り出すよりいい方法がある。

 防戦一方、というか場所を変えながら回避に専念。


 それを煩わしく思ったのか、間合いを詰めてくるユリウス。

 そして、


「これで……!!」



 ――なんとも剣を横で振ってくる。


 フィルはそれをジャンプで回避。

 空中という無防備な場所へ自ら飛び込んだ。


 そのことにユリウスも勝利が近づいたと表情を緩めるが――



「ッな!!」


 空中に見えたフィルはを持っていたのだ。


 その剣の矛先が自分に向いていることから、ユリウスは咄嗟に剣を振り上げる。

 それを見たフィルは、持っている剣を器用にユリウスの剣に当てて、


「――ッ!」


 その衝撃を使って、なんとも軽やかに空中で一回転。

 誰もがその身のこなしに目を見開く中、ユリウスさえもその動きに釘付けだった。


 回避なんてできるはずもなく、向かってくる剣を見ることしかできない。




「――……俺の勝ち、です。ユリウスさん」

 



 ユリウスの首元に木剣を添えながら、フィルは宣言する。

 まだ反抗の意思があるようならばその剣を振るっていたかもしれないが、項垂れるユリウスにその意思は感じられない。


 

  ――そしてその通り、ゆっくりと頷くその頭をもって、ここに決闘の勝者が誕生した。

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