第38話 あぁ~お客様、飛び入りはやめてください
時間は過ぎて決闘の日。決闘の用さえなければ晴れやかな気分で迎えられたはずの休日だ。
自らの意思で出かけるフィルは珍しく、両親のフィリッツたちは奇怪なものを見る目を向けられたが適当なことを言って誤魔化した。誤魔化せたかどうかは不明だが、本当のことを言わずに出たから誤魔化せた判定である。
道中、デジャブを感じるような足取りの重さ。けれど、行かずに不戦敗というわけにはいかない。無理やり足を動かして、ユリウスの指定した闘技場へと向かった。
止まらない時間を恨みながら会場の扉を開ければ、
「……なにこれ、どんなコロッセオ?」
呆然と呟く。
――見慣れた闘技場は、観客と化した生徒で埋まっていた。
前の決闘よりも生徒の数は多く、フィルが見えた瞬間、闘技場のざわつきは大きくなった。
ただでさえ人目に慣れていないのに、前の人数でも緊張はあったというのに、野次馬が人の感情など考慮してくれるわけもなくさらに集まったらしい。
「――あ、フィルさーん!」
先に着いていたらしいレナードの声が聞こえる。もう聞きなれてきた叫び声に招かれるように足は動き、そこにはアーツ、エイラ、ユリウス、そして
少し動揺したが、しつこく手を振るレナードが視界に入って我に戻る。
改めて二人の方へと足を動かすが、フードの男へ目が釘付けになってしまっていた。
「フィルさんフィルさん。あのフードの人のこと何か知ってんすか?たしか、授業の時何か話してましたよね?」
「いや……フードの方に見覚えがあっただけで中身は全く知らん。なんなら大学にいるやつなら二人の方が知ってそうなもんだけど」
そう言い返しても二人の反応は鈍い。首を横に振ったレナードを見るに、フードの男は有名な生徒ではないらしい。
「……まあまあ、二人が知ってるぐらい有名な生徒が来なくてよかったと考えるか。それに……」
フィルは前の決闘が終わった後の出来事を振り返る。頭の中には、彼女が考えてくれた
「"あれ"が通用しなくなるような相手でもないだろうし……まあ大丈夫だろ」
「そうっすね。……ほんと、ペトラさんには感謝しかないですね」
ペトラの言ったことを思い返しているのかしみじみと呟く。そうだ、彼女が思考に使った時間は三秒だったが、質はフィル達の考えたものよりも具体的で有効だと思えた。適材適所とは、やはりその通りであった。
「――フィル君、それと二人とも。随分と呑気に話しているようだけど準備はいいのかい?私たちの方は既に準備万端だけどね」
対面に構えるユリウスは、つい前日聞いたことのあるようなセリフをオブラートで包んだもので言った。なんなのだろう、決闘前はあの口上が決まりなのだろうか。
「……準備っていってもな、何かあるか?」
「んー、特に……?」
「私も」
二人とぼそぼそと会話して、レナードが答える。
「こっちも準備はいい……らしいです。そっちのメンバーはその三人でいいんですか?」
「あぁ。ぜひよろしく頼むよ」
そう言うと、ユリウスの後ろから複数の生徒が木製の武器を持って出てきた。
それをユリウスとフードの男、フィルとレナードへ手渡すと仕事を終えたようで周りの観客へと混ざっていく。ユリウスぐらいになると付き人の一人や二人、平然といるものなのだろうか。
「さあ構えてくれ。一応言っておくが……これだけの声援だ。下手なものは見せないでくれよ」
「……それはちょっと」
「待ってくれ、何がちょっとなんだ……?!」
ちょっとも何も、用意してきた作戦の性質上、成否にかかわらずしょっぱい結果が待っているのが決まっている。
謝るとは違うが、求められている期待に応えられないような気がしてどこか気まずい気持ちになる。
「……まあ別になんでもいい――」
なんて気落ちしている時間もなくユリウスが一言。
隣にいるレナードは武器を構え、アーツも腰を据える。対面も同じ様子で。
いつの間にか闘技場も静けさが包み、
そして、
「「「――公正な決闘を」」」
開戦の言葉が六人の口から放たれた。
前回の決闘と違いフィル達は様子見。
少し距離のある三人を見据えながら、彼女に考えてもらった作戦を想起する
『そうですねぇ~。相手にエイラさんがいるから長期戦はダメ、狙うは短期戦ですよね。つまりどうにかしてエイラさんから落とさないとジリ貧ってやつで~――』
悲しくも圧倒的な後衛差があるのは事実。
この作戦の肝はどうやってエイラを落とすのかにある。
当然、ユリウス達もエイラを意識している。
絶対にエイラをフリーにしないという意思を感じる。
相手前衛が動く、から組み立てられた最も単純に進むプランでは無理そうだ。
『けどぉ、相手もそれを警戒はしてるとは思うんですよね。そうなったら相手が動くのを期待して時間を使うのは愚策ですね~。後衛の力量さで負けですし。だから、こちら側から動くしかないんですけど……そこでです、私が考えた作戦はですね~』
レナードと顔を見合わせ、一つ頷く。
そうして、ユリウスの方へと走り出した。
その行動に合わせるように、アーツの魔方陣がフィル達の
しかし、ユリウスとフードの男は武器を構え直すだけ。
中々用意したレールには乗ってくれない。
仕方がない、とフィル達は次の工程に入る。
「ッやば!!」
――目の前に、三十数個の魔方陣が展開された。
そのどれもが上級以上で、種類も様々である。
これがエイラの――魔法使いとしての才覚を持った人の力。
一体どんな頭の作りをしていたらこれだけの数を一度に展開できるのだろうか。
「……すいません」
遠くから、エイラの申し訳なさそうな声が聞こえた。
そして、次に聞こえるのは――二つの詠唱。
「彼らに自然の怒りを、あらゆる現象を」「大地、壁となれ」
エイラの抽象的な詠唱とアーツの簡潔な詠唱。
それらの詠唱によって、目の前に展開されたすべての魔方陣が淡く光り出し――
――かと思えば、地面から土が隆起する。
あらゆる魔法に晒されていたフィル達を守るように大地は壁となったのだ。
その土壁は三十数個から繰り出される魔法を一心に受け、ひびが入り、その度に補強されていく。
エイラは土壁を破壊しようと、アーツはさせまいと一進一退の攻防が繰り広げられる。
並みの土魔術ならばこの攻勢に耐えられるはずがなく、とっくのとうに瓦解していただろう。
そも、この攻防が成り立っているのはアーツの出力があるからこそなのだ。
『もちろん、自分たちから動いたってエイラさんによる質量の暴力を避けられるわけじゃないですよぉ。近づこうとすれば、エイラさんによる一斉攻撃が来ますからまずはここをある程度耐えなければいけないんですけど~……まあ、がんばってください、アーツさん』
「――大地よ!」
さらに詠唱、土壁を破らんとする攻撃に対抗して壁の層を増やしていく。
しかし、エイラの展開する質量は上回っているようで、目の前の土壁から伝わる熱や衝撃が強くなってくる。
彼らが動かないと分かった時点で訪れると決まっていたこの瞬間。
こればっかりは後ろで魔法を操る彼女頼りだ。願うようにして、目の前の壁を見るしかない。
そうして――
「――ッフィルさん!!」
フィル達を守っていた土壁は――攻撃に耐え切れずとうとうその形状を保てなかったのだった。
そして貫通してくるひとつの属性魔法。それはフィルの方へと向かっていた。
そこに叫びながら飛び込んでくるレナード。
間に割り込み、その魔法を代わりに喰らう。
「ッぁあ!!」
レナードは魔法が直撃し吹き飛び、魔法の雨も止む。
土壁は瓦解し、ユリウスたちも見える。
そして、初撃でレナードを吹き飛ばしたユリウスはエイラへ何か言ったかと思えば、フードの男と共に前へ出た。
数的有利を得た彼らは、その優位をもとに動き出したのだ。
――エイラを守るようにしていた彼らが、やっと動き出したのである。
フィルはその場で軽く飛び上がり、体制を地面に対して仰向けになるように遷移させ――
「荒ぶる暴風、吹き飛ばせ」
背後から聞こえる簡素な詠唱。
瞬間、つま先から身体を貫くような衝撃が襲う。
「――!!」
フィルはその衝撃に押され、まるで銃から放たれた弾丸のようにフィルは射出される。
どこかの庭で感じたような浮遊感。しかし、それよりもはるかに速度があった。
そんな飛翔するフィルに驚いて、ユリウスとフードの男は立ち止まる。
「――ッまずい!」
数舜後にはその飛翔体が自分たちを飛び越え、エイラへと襲い掛かかっている未来が見えたのか、ユリウスが叫んだ。
そして――ここまで全て、ペトラの手のひらの上。
土壁からレナードの倒れた"フリ"、見せかけの優位に相手の前衛を動かし、エイラに対する意識が薄れたところを狙って後衛を急襲。
――目にも止まらない勢いと体制のまま、フィルはエイラへと飛んでいく。
そうして、ユリウスのちょうど頭上。
ユリウスは咄嗟に剣を伸ばすが、届かない。
唯一突いた虚。どれだけ反射神経が良くたって反応できるはずがないのだ。
このままエイラを打ち倒し、形成が完全に傾く――それは想像に容易い未来だった。
しかし、
「――ッぁあ!?」
ユリウスを通り越そうとしたとき
誰にも反応できないはずだったのに
隣にいた
――そして、ここからは一瞬の出来事。
飛び込んできたフードの男は目の前に現れるとともに、その剣を振るう。
しかし、苦しい体制から放たれたそれは苦し紛れの攻撃であり、芯がない。
フィルは勢いのままに、剣もろともフードの男を退ける。
その反撃に男は空中でのけぞるが、フィルは魔法で得た推進力の大半を失う。
もはやエイラへ到達できるほどの速度はなかった。
しかも、しぶといことに目の前の男はフィルを睨みながら、懐から武器を取り出したのだ。
相対速度でいえばまだフィルの方が早い。
少しずつ近づくフィルに対して、まだ攻撃の意思が見えた。
――それを見て、フィルは刹那的な判断を下す。
剣を握り直し、フードの男を見る。
落ち着いて、我武者羅に振るってきた剣を弾き、
そして、もう一度無防備になったその胸に、容赦なく剣を当てる。
「「――ッぁが!!」」
しかし、ただの一方的な攻撃のはずが、痛みを漏らす声は二つ。
体制が崩れ、不利な形成で尚、致命打が入る直前にその足をフィルの腹に喰らわしたのだ。
――そうして二人は、まるで磁石が反発するように弾け飛んだ。
互いにダメージを与えたわけだが、やはりフィルの一撃の方が重かった。
フィルは少し離れていたアーツの位置ほどで止まることができたが、フードの男は闘技場の壁に激突する。
フィルは腹を抑えながら立ち上がり、しかしフードの男は沈黙。
何人かの観客が近寄り、様子を見ても起き上がる様子がないことから気絶したらしい。ノックアウトである。
「ア、アイツ……何をやってるんだ……!話が違うぞ……?」
ユリウスが憎らしそうに呟くが、判断は早いようですぐに動き出した。どうやら、のそのそと起き上がったレナードがターゲットに選ばれたらしい。
対岸で痛む腹を抑えるフィルだが、心配したアーツが駆け寄ってくる。
「フィルさん、大丈夫……?ていうか、これからどうする?エイラさん残っちゃったけど」
「……実は問題ない、というか。問題が発覚する前に解決できたまである」
エイラから落とす、という計画は成されなかったが、
エイラは依然健在だが、フードの男が残るよりマシだったかもしれない。あの一瞬のやり取りで感じた、フィルの直感だ。
「そうなの……?」
「まあ、そういうことにしておこう。それにほら」
フィルはレナードを指さす。そこには、
「――フィルさん!!大丈夫なら早くこっち来てくれませんか!!?俺、もう限界なんですけど!!」
エイラの魔法とユリウスの攻撃から逃げるレナードがいた。
どうやら、フードの男がやられたと分かった瞬間、ユリウスもレナードを落とすと判断したらしい。
一心不乱に逃げ惑うレナードを、二人はやっきになって狙っていた。
「今にも死にそうなあいつを助けないと」
「そ、そうだね……」
そう言うとフィルはレナードの元へ走り出し、アーツはレナードに当てないよう慎重に、ユリウスに対して強烈な属性魔法を詠唱していく。
相変わらず規格外な威力に怯み、加えてレナードと並んだフィルを見て苦虫を噛み潰すユリウスだった。
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