第37話 適材適所
決着がついてしばらくして、闘技場を去っていく生徒たち。
明らかに上級生と思われる生徒や、教室で見かけたことのある生徒が見える中、その数人の生徒にまるで有名人と接するかのように握手やサイン、尊敬してますなどと声を掛けられたフィル。
そんな対応をした経験なんかあるわけなく、なんとも複雑な気分で受け流したが、不思議と気分が高揚した。理由はなんであれ、敬われるというのは気持ちのいいものらしい。
そして、闘技場の観客もまばらになってきた頃――ミル達は膝を抱えて座り込んでいた。見るからにうなだれていて、覇気という覇気が完全に消え去っていた。
しかも、
「……ペトラ、なんであたしらなら勝てるって言ったんだよ……無理じゃん!あんだけ考えたやつ全部通用しなかったじゃん!全部言う通りに言ったのにさ!」
「本当にいけると思ったんですよぉ……ていうか、途中まで完璧だったじゃないですかー。問題は私たちというよりも、二十秒耐えたアデルベルトさんですよぉ……」
「あたし言ったじゃん!無理じゃないって!……もう嫌だ嫌だ!しかも願い事三つもあるし!どうせなら一人でやればよかった!」
「……一人じゃ百負けますよ」
「うるさい!一ぐらいあるし!」
「……お前ら負けて喧嘩すんなよ。あまりにも見苦しすぎるぞ」
負けてからしばらく、ずっとこんな感じなのである。ブルームの言う通り、あまりにも見苦しく言い合いを繰り広げていた。呆れた目で見るフィル達を気にせず、永遠とやっている。
「ていうか……ミルってば最後降参してたじゃん!負け方としては一番ダサいからそれ」
「一番初めにやられたペトラが何言ってんだよ!ブルームも倒れてさ、あたしはアデルベルトじゃないんだし三体一なんて勝てるわけないじゃん!つまりあっから受ける傷は全部無駄ってことであえて回避したあたしは頭がいいんだよ!」
「どこか頭いいんだし!この中で一番頭悪いのミルでしょ!作戦全部私に投げてさ、ミルが考えてくる戦術穴だらけだったから!どう考えたらあんなのが通用すると思うわけ!?」
がみがみと醜い言い合いは止まらない。
終わりの見えない闘いにレナードとアーツは飽きたのか、二人で雑談を始めてしまう始末。取り留めのない三人、その唯一の良心に見えたブルームを見ていると、彼はこの闘いに終止符を打とうとする。
「……ほんといい加減にしろって。ほら、相手さん方待ってんだよ?暇じゃないんだから、願い事だけでもとっとと聞いちまおうよ」
「「うるさい!!」」
「えぇ……これで俺キレられんの……?」
唯一の良心は圧倒的苦労ポジらしい。十割ブルームが正しいことを言っているはずが、女性二人にボコボコにされていた。見るからにげんなりしているが、ブルームの勇気ある行動はある程度の効果をあったらしい。
「はぁ……なんかブルームのせいで落ち着いたわ」
「私もです。けど、スッキリしましたね」
「感情を出すのは良いストレス発散法ってことよね」
献身的な一人の犠牲によって、彼女らの怒りは一応の終息を迎えた。
そして、まるで何事もなかったかのようにミルは立ち上がる。
「さて、あたしたちは負けたことですし、どうぞお好きな"願い事"を三つ言ってください。あたしたちは敗者ですからね」
「……んなこと言ってもな、ぶっちゃけ何も考えてないし。二人はなんかあるか?」
「あ、じゃあ俺一つ良いっすか?」
「ん、なんでもいいぞ」
レナードは元気よく手を挙げる。妙にやる気があったが、特に止める気もない。というか、どのような願い事を言うのか、言うべきなのか少し気にもなった。
「じゃあ、あなた達がフィルさんに決闘を挑んだ理由はなんなんです?誰かの命令、とかではなさそうですけど、裏があるなら話してください」
少し神妙な雰囲気を醸し出して、結構な圧力を出して問いかける。願い事というよりは尋問だ。
――しかし、こんな願い事を聞いてフィルは思ってしまう。こちらの文化に馴染めていないからこそ生まれてしまった疑問。そして、そんな疑問はフィルからポツリとこぼれる。
「……それ、
すると、その場にいた五人の視線がフィルへと集まり、
「「「「「嘘をつく…………?願い事に…………?」」」」」
まったく同じ言葉を、信じられないものを見た顔で呟くもので。
もし、この表情を分かりやすく言うのならば『俺、最近人殺したんだよね』と街中で叫んでいる人を遠めに向ける顔を想像してみてほしい。それだ。
――つまり、この世界における
「いやっ……せっかくの願い事なのに、そんなことでいいのかって意味で……ほら、なんか自分のために使った方がいいんじゃないって」
苦し紛れに言い訳をすれば、この言い訳が刺さったのかレナードは大きく目を見開いて声を荒げる。
「何言ってんですか!いかにも裏がありそうなこの人たちの目的を聞くのはフィルさんはもちろんのこと、俺のためでもあるんですよ!!俺、フィルさんを助けるためにここにいるんですよ!?」
「お、おう……分かった分かった。いや、すまんかった」
相も変わらず、謎の熱量で力説しその勢いに負ける。ふんす、と荒げた息をこぼすレナードは、ギラついた目を三人へと向けた。
「いや〜目的って言われても……誰かに命令されてとか、君が危惧してるみたいに裏があるわけでもなくって……」
ただ、全て吐け、という目を向けられたミルは気まずそうにしていて、
「あたしって実はあんまり成績が良くなくて……進級試験、二回ぐらい不合格でして……後一回不合格しちゃうと在学も危ぶまれる感じで」
「何かないかって俺が進級条件見返してたら『他武勇利用制度』とかいうものを見つけてな。どうやら大きな功績を立てた人や単純に武力のある人に戦いを挑んで勝てれば、人によっては進級試験を免除する制度らしく」
「けれどこの大学でそんな人は限られててまして。値する人は多分、クラウディア家かアデルベルト家ぐらいですかね〜。クラウディア家はどっちか一人だけならまだやり用はある気がしないでもないですけど、絶対兄妹プラスアルファでしょうし。そこでそのクラウディア家と何かあるらしいアデルベルトさんに私が目を付けたんですよ。……いゃ〜惜しかったですよね〜」
「「……」」
三人は一息にこの決闘の思惑を語った。フィルの考えていた思惑より随分と湿度が低く、また私的なものだ。それはレナードも同じだったらしく、珍しく目を丸くしている。
「そ、そんな理由で……」
「そんな理由とは言葉が悪いな!あたしにとっては一大事なんだが!?」
「そ、そっすね……すいません」
思わず零したレナードに怒鳴り散らした。
反射的に謝罪していたが、納得はしていないらしく頭にはハテナが浮かんでいる。
しかし、少々拍子抜けだった真相には変わりなく会話のペースは崩れた。ついでに追及するつもりだったレナードも調子を崩していて、辺りに沈黙が訪れる。
ただ、しばらくして
「……まあ物事、必ずしも複雑であるとは限らないし、それならそれでいいでしょ。ほら、さっさと願い事言って終わりにしようよ」
「それもそうだな……」
アーツがこの場を取り仕切る。短絡的に同意したフィルではあったが、肝心の願い事は思い付いていない。
とりあえず、アーツが願い事を言うのを待とうと構えていたところで、
「……って言っても、話してくれた理由に悪意が無かったから考えてた願い事潰れちゃった。だから、フィルさんに二つ言ってもらおうかな」
アーツがとんでもないことを言い出した。
すぐに否定しようと口を開こうとするが、そのような反論はお見通しだったらしい。その発言を制止して、
「本当にいいの。この人たちに言いたい願い事も特にないし。ほら、適当でもいいからさ」
「いや、俺も思い付いてないんだけど……んー……」
ポツンと言ってみてもアーツの反応は薄い。意志は固いらしく、ただでさえ決めかねている願い事の数が二つになってしまった。
改めて顎に手を当て願い事を考えてみるも、鈍い音が喉からこぼれるだけですぐに思い付くことはない。どのような願い事が相応しいのかを知らないのが効いていた。
できるだけ無難で突拍子のあるものを、と思考回路が焼き切れそうになっていたとき――思い付いた、たったひとつの冴えた願い事が。
「分かった。なら――『なんか困ったときに助けてくれ』ていうのはどうだ?」
そう、由緒正しき"問題の先送り"である。
具体的な内容は思い付かなくとも、抽象的であればなんでもありだ。
「えー……そんなこと願い事にするなんて珍しい人ですね〜」
しかし、名案だと思われたフィルの願い事は三人のぽかんとした表情と言葉で非凡であると分かる。こと決闘に関して、あまりにも常識を知らない。
無知は罪であると、改めて後悔する。もっと調べておくべきだったか。
「そんなにおかしいか……?け、決闘なんて初めてだったからどんなものが普通なのかも知らないんだけど……」
「まぁ、だいたいすぐ効果がある願い事するのが常套ですね〜。だって、結局対面しなきゃ言えないじゃないですか?私たちが何か用事を見つけてアデルベルトさんから逃げ出したら、その願い事は無意味になるわけで〜」
「たしかに?てか公正言っといてそれは許されてんだな……」
「そりゃそうです。”用事”があるんですから仕方ないってもんです」
思い付いた願い事は果たされることは少ない、と新たな常識を知ったフィル。しかし、それを知って願い事を変えようと
思うことはなく、どちらかと言えば、
「けど、それならそれでいいか。ほんとに思い浮かばないし、いつかでいいわ」
どちらかといえば好都合。
絶対に何か言わないといけない、と決まっているより楽である。
すると、何やら静かにしていたミルが心底嬉しそうにしていて、
「いや!ありがとうございますアデルベルトさん!この他武勇制度作戦の問題は、負けたときの願い事の厄介さで!けどけど!アデルベルトさんならこんぐらい寛容なもので済ましてくれるって信じてた面もあるんすよね!いやー!信じて良かったなぁ二人とも!」
「「……」」
なんとも調子良く、軽くて仕方ない言葉を連ねていく。
友人の二人も呆れた様子で眺めていて同意の言葉はない。こんな感じだから進級試験に不合格なのではないだろうか。
「……願い事がそれでいいなら今日はもう解散ですね。俺たち、次の決闘について話合わないとなんで」
「そうですね〜、私もミルの進級についてまた考えないと」
「そうだった……あたし、進級できるかなぁ」
「それはほら、頑張ればなんとかなるでしょ〜」
さりげなく慰めるペトラ。ぐちぐちと呟くミルを調子づかせようとしていた。
しかしミルは「え~……ほんとうー?」と怠い絡み方を始める。その流れは留まる雰囲気が見えず、
「えーと……それじゃあ今日はいい経験をありがとうございました」
そう言い残して、フィル達は消沈気味の三人から距離を取った。
――レナードの言った通り、この決闘から得た経験は大きい。
後衛の影響力。前衛の活かし方。ミクロな面は持ち前のものになってしまうが、マクロな面はもう少し練らなければいけない。
なにしろ――
「……次の決闘の後衛、エイラさんなんですよね……ユリウスさんもいるし……改めて思いましたけどこれ、実はちゃんとキツイんですね」
歩きながら、いつも明るいレナードがぼやいた。しかし、このボヤキには同意するしかない。
ただでさえペトラには翻弄されたが、今度のエイラはこれ以上かもしれないのである。
「……ほんとどうしようか。アーツの魔法の威力が凄いことは分かったけど、それで埋まる差か?」
「うーん……威力では自信あるけど、ぶっちゃけ展開数が勝負にならないと思う。多分、今日以上にレナー達には負担かけちゃうかも」
「だよなぁ……俺、魔法気にしながらユリウスと打ち合える気しねえよ」
「俺もっす……今日は何にもできなかったから次は頑張りたいですけどね……」
決闘には勝ったはずなのに、不穏な雰囲気が辺りを包んでいた。それもこれも、今回の決闘で足りないものが顕著に見えてしまったからだ。
能力や連携、足りないモノは多いが、今一番補いたいモノ。それは、
「なんか、こう。いい
「レナード、それずっと考えて辿り着いたのがアレなんだよ。私達にはそういうの向いてないんだって」
「アレって言うなよアレって。三秒で思い付いた自信作なんだぞ。それに、世の中には適材適所って言葉があって、だ……な」
フィルは言い淀みながら、歩いていた足を止める。
レナード達は振り返り、不思議そうな目を向けるが、フィルは気にも留めない。
――そう。思い付いたのだ、保留してい"願い事"が。
適材適所なら、適していそうな人がいたではないか。
顔を傾げる二人をよそに、フィルは話をしていたミル達の元へと走り出し、
着くや否や、
「――直近で困ったことあったの思い出した。頼む、知恵を貸してくれ」
呆然としていた三人へ頭を下げたのだった。
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