第36話 三十秒
指示を飛ばしたペトラを見据え、ここまでに至るまでを振り返れば、全て彼女の手のひらの上だったと分かるだろう。
前衛の分断、行動の阻害、後衛への妨害。
自分たちから動いたはずが、いつの間にか、誘導されるがままに動いている。その結果、三体一にまで追い詰められた。
果たして、どこからどこまで手のひらの上だったのか。
決闘を申し込んだ時からか、レナードと共に考えなしに突っ込んだ時からか。
どちらにしても今更ではある。どうせ今から三十秒間、あの三人相手にフィルは耐えなければいけないのだ。
「――それじゃあ二人共、ここが山場ですからね。復帰する前に倒しますよ!三十秒もあればいけますよね!」
「おう!いくぞブルーム!」
「うむ」
事が上手く運んでいるからかミル達の雰囲気は明るい。
しかし、前衛の二人はフィルを挟み込むように遷移しながら距離を詰めてきて、油断は一切感じられない。
一つ深呼吸。絶望的な状況こそ、楽観的に。
どうせダメなのだから、と思えば気が楽だ。
「――いつものやつやるよ!二人とも、せーの!」
ミルの掛け声と共に、三人はほぼ同時に動いた。
フィルは短剣を構えながら首を最小限回転させ、常に後ろにいるブルームを視界に捉えながら三人の動きを思考に入れる。
最初の動きはミル。
大きく振りかぶって隙の多い攻撃。
しかし、これを好機とは捉えない。
一瞬後ろへと意識をやると、やはりブルームがすぐそこまで来ていた。
こちらも大剣を振るっている。
そして、数瞬遅れて左にペトラの魔法陣が展開される。
前にはミル、後ろにはブルーム、左には魔法陣。
――では、右に回避するべきか。
するべきではない、だ。ずっと搦手を使ってきている相手である。どうせ右に回避した後にいくつか手が用意されているのだろう。
ていうか、回避という選択自体がこの場合適切ではない。
三十秒もこんな搦手ばかりの選択肢を押し付けられては、出来が良くない俺の頭は爆発してしまう。
だからこそ、自らの武器とブルームの武器、そして魔法というものの特性を考慮して選択肢を減らさなければいけない。
フィルは短剣を構えて――ミルの方へと飛び込んでいく。短剣のリーチの短さを最大限利用して、思いっ切り肉薄する。
大剣は細かい動作が難しく、魔法は味方へ誤射の恐れがある。こうしてやれば、ペトラとブルームはそれほど気にしなくてよくなる。
「ちょ!こっち来んのかい!」
ミルは多少驚きを見せたが、冷静に剣を返してきた。そしてすぐに武器を弾き、距離を取ろうと後ろにステップ。
徹底して打ち返してこない辺り、そういう戦術なのだろう。
フィルは詰めようとするが、ほんの一瞬距離が空いてしまう。
「ッ!!」
「……クソ」
そこに、後ろからブルームが剣を振って割り込んでくるのが見えた。
大剣の攻撃を短剣なんかで受けれる訳がなくここは回避。
ブルームはさらに剣を振るおうとするが、しかし、もう一撃が来る前にフィルはミルへと距離を詰めた。
「ちょちょ!まだ来んの?!これやっぱ無理だ!作戦変更!」
フィルの動きは相手にとって都合が悪いらしい。ミルは焦った様子で剣を動かしながらそう叫んだ。
すると、
「は……?」
フィルを囲うように上下左右、魔法陣が展開される。数は十数個だ。
逡巡すら許されない状況で――フィルは大きく上にジャンプした。
そのすぐ後、ペトラが詠唱をしたかと思えばフィルのいた場所は燃やし尽くされていた。
「あ、あぶねぇぇ……」
刹那的に危機から脱したフィルは地上から約五メートルあたり。
地上を見下ろし、一コンマ前の選択を後悔する。
「よし、これならいける!構えろ!」
三人はフィルの落下予測地点に陣取り、ここで決めようと構えていたのだ。
二つの魔方陣と、着地するフィルを挟むように見上げているミルとブルーム。
少し離れたところにも魔方陣があるところを見ると、先ほどの攻撃を"飛んでで避ける"という行動には、いくつも戦術が考えられているようだ。
こうも練られている戦術に真っ向から立ち向かうのは避けたい。
しかし、空中にいる人が大地から引っ張られる力に逆らうことは不可能だ。どう身体を動かしたって左右に動くことは叶わない。
絶体絶命、今の現状にこれほど適している言葉はないだろう。
「――!!」
――しかし、フィルの頭はこの状況を打破する
思い付いたのではなく、思い出したのだ。
フィルは自分の少し下、数コンマ後には真横に来る位置に魔方陣を展開する。
「暴風!!」
短い詠唱。魔方陣から非常に強い風が吹き荒れる。
その風を真っ向から受けたフィルは、落下地点から大きく離れたところに着地することに成功した。
「「えぇ!?」」
驚いたような声が離れたところから聞こえる。
フィルはすぐに立ち上がって、すぐに短剣を構えた。
「咄嗟に、とか……ま、まじぃ……?」
ミルは信じられないといったような顔をし、フィルを見ていた。
風魔術で逃げる、という行動は予測されていなかったらしい。
そして状況はリセットされ、向き合う四人の間に沈黙が流れる。
きっかけが失われ、ミルたちも攻めあぐねているようだ。
――十秒。現在経過したであろう時間。
三人に動きはなく、今も時間は刻一刻と経過している。
それに気付いたペトラは少し焦りを見せて、
「……!仕方ない、こうしている時間が無駄です!こちらの優位は薄れましたけど、以前三体一です!少し強引に攻めましょう!」
「い、いける?それで……」
「いけなきゃ残り少ない優位性は消えます!いくしかないですよ!」
ペトラの言葉に押され、前衛の二人は走り始める。
残り約二十秒、決して短くない時間に向けてフィルはもう一度深呼吸をした。
「いくぞブルーム!」
ミルの掛け声とともに、ブルームが大剣を振りかぶる。
そこへ一撃を加える
良く練られた連携。分かりやすい隙には必ずカウンターが用意されている。
それはつまり、動き自体は誘いやすい。
「っ!!」
フィルは流れるように大きく後ろへステップ。
有利な立ち位置と時間の余裕が無くなったからか、冷静を欠いた三人は半ば決め打ったカウンターにより反応はできない。
ずっと用意されていたもう一手がない。
そして、またしても状況はリセットされる。
「ッ……止まるな!詰めるぞ!」
ブルームが怒鳴り、二人はもう一度距離を詰める。
今度は
しかし違和感。前方百八十度に魔方陣は見えない。
三人同時に攻撃し、飽和的な戦術を多用してきた彼女らなのにも関わらず。
こういう違和感は――不穏と呼ぶ。
「はぁ!?」
フィルは後ろへ
これは半分勘であり、賭けではあった。
しかし、フィルいた真後ろにはいやらしく魔方陣が佇んでいた。
賭けには勝って、勘は合っていたらしい。
「後ろに目でも付いてるのあれ……?――って止まってる場合じゃない、もう一回!」
「っ!おい!!」
ここでほつれが一つ。
焦ったミルが少し先走り、ブルームは遅れている。
ただ、ミルは攻撃を止めることができず木剣を振り下ろす。
フィルはそれを避けるのではなく弾き、少し生まれた隙――意図していない隙に攻撃をねじ込む。
「ぐぅッ!」
ミルは片手でそれを受け止め、痛みで顔を歪めながら後ずさる。
するとすぐに、
「っおら!」
ブルームが援護のため剣を振るう。
けれど咄嗟の攻撃であり、先ほどより洗練されたものではなかった。
大雑把な剣戟を最小限の動きで躱し、次はブルームへと飛び掛かる。
懐へ入り込み、その無防備な腹にとびきりの蹴りをかます。
「ぁがッ!」
ダメージは与えたが、着地したフィルは足をさすった。
「いっっったぁぁぁ……え何、鉄……?」
蹴った腹筋はあまりにも硬すぎた。冗談じゃない硬さをしていた。
そうやって痛みに耐えていると、ブルームやミルを守るように展開されるいくつかの魔方陣。
ここが引き時と判断したフィルは二人から距離を取る。すぐに魔方陣が炎や氷を吐き出した。
三度目、状況は元に戻る。
先ほどと違い、ミルとブルームが小さくないダメージを負って。
――二十秒。あまりにも、長い長い十秒。
「焦らないで!まだもう一回ぐらいは時間があります!本当に最後です!ここで――」
ペトラが叫ぶ。
それに呼応するようにミル達も気合を入れ直し、剣を握り直そうとした瞬間。
「――暴風」
そんな短い詠唱と共に、身体が浮いてしまうと思うほどの暴風が襲う。
そして、上空を通過する
「っ!!まだ二十秒ぐらいしか……!!」
「……大声で本当のこと言うわけないでしょ」
その
「ぁぁぁぁああああああ――おらぁぁぁあ!!」
その人――レナードはペトラの元へと辿り着くと、思いっ切り木剣叩きつけた。
「あ、がッ……!」
フルスイングをもろに受けたペトラは小さな悲鳴と共に倒れ込む。
レナードは倒れるペトラを優しく受け取め、その場に寝かせた。
「ペトラ!!……まじか」
ミルは叫ぶ。しかし、すぐにフィルへと向き直り、
「ブルーム。一瞬で、二人でアデルベルトを仕留めよう」
「……分かった」
剣を構える二人。
しかし――ペトラが倒れた時点で雌雄は決していた。
魔法の援護ありで押し切れない相手に、二人になって勝てる道理はない。
攻撃を始めて数秒後には、今まで魔法で埋めていた隙を突かれてブルームがダメージを受ける。
それに援護しようと動いたミルをフィルは受け流し、ブルームへと致命的な一撃を加えた。
いくら強靭でも人間である。
気絶し、倒れ、地面を揺らす。
最後にミルを――と目を向ければ、
「降参です、あたしの負けです。どうか痛いのだけは勘弁してください」
両手を挙げて、へらへらと降伏の意思を示していた。
数秒して観戦していた生徒たちから、大きな拍手。
後ろで大きく喜びをあらわすレナード。
そう。
――この瞬間、フィル達の勝利が確定したのである。
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