第35話 踊れや踊れ

 嵐のような一日を過ごした翌日。しかし、残念ながら嵐は続いていた。決闘があるのは講義が終わった後、つまり憂鬱な気分で今日の講義を受けたフィルたちは馴染みつつある闘技場へと足を運ぶことになる。そこには――


「……なあ、なんか人多くないか」


「まあ、そうですね……フィルさん、有名人ですから。決闘するってなったら……そりゃ気になりますよ。当事者じゃなきゃ、俺もあっちにいるでしょうしね」


 不良三人以外にも"沢山の生徒"が場を取り囲んでいたのだ。全員が扉を開けたフィル達を注目していて落ち着ける雰囲気ではない。そうやって呆然と囲んでいる生徒を眺めていると、先に到着していたミルたちが口を開く。


「待ってましたよー。準備は万全ですよね、なんか緊張してそうですけど。……あっ、まさかこの群衆に飲まれて?まったく、一年生にはちょいと刺激が強かったかですかね」


「……」


 開口一番、またしても気分が悪くなる言葉を羅列してくる。危うく乗せられてしまうところだったが、ミルの様子が目に入って目が細くなる。

 そう、ミルは、


「ま、まあ?あたしらは伊達に修羅場を乗り越えてないですから。こんなの慣れっこなんですけどね、へへっ」


 そんな"虚勢"を張りながら足を震えさせ、さらに尋常ではないほどの汗で顔を濡らしていた。見ていて心配になるほど緊張しているのは明らかであり、言い返す気すら起きない。ただ、優しいレナードは違うようで、


「だ、大丈夫っすか?顔色があまりよろしくなさそうですけど……」


 レナードらしい気遣い、しかしそれを聞いたミルはいきなり顔を真っ赤にさせる。


「う、うっさい!緊張なんかしてないから!……なあペトラ。あたし、別に緊張してないよな!」


「そうですね~」


 気遣いを煽りとでも受け取ったのか、ミルは後ろにいたペトラと呼んだ女生徒に泣きつく。昨日から積み上げていた謎の不敵なキャラが崩れた瞬間であった。彼女はずっと虚勢を張り続けていたのだろうか。

 大きく深呼吸をすると、またしても不敵を騙る。


「ふぅ、人に向ける言葉には気を付けてくださいよ。まったく。……それで、準備はいいんですか?」

 

「……ちょっとだけ時間くれ、最後に軽く確認する」


「いいですよ。けど、早くしてください。観客もこれだけいることですし……うう」


 "観客"と口にしたことで周りの人を意識したのか、分かりやすく顔を歪めた。緊張しいなのか、後ろにいる二人と会話し慰めてもらっているようだ。

 

「あの……フィルさん、確認って……あの"中身が恐ろしいぐらい抽象的な作戦"のことですか?」


 レナードは最終確認とでも言うように聞いてきた。

 中身が恐ろしいぐらい抽象的な作戦、その内容とは『前衛のフィルとレナードが飛び出して強く当たり、後衛のアーツをフリーにする。そして後は雰囲気で各々最適な判断をする』である。思考を放棄した完璧な放任主義、作戦と呼ぶに値しない行き当たりばったりだ。


「そうだ、もし代案がないなら、あの作戦でいく。……本当にいいのか?」


 これはフィルからの最後通牒でもあった。代案がないのなら本当にこれでいってしまうぞ、という。フィル自身も半ば投げやりに言ったことだったのだ。しかし、


「まあ、俺はこういうの詳しくないですし、これでも」

「私も。最高ではないけど、最低でもないし……別にいいかな」


「えぇ……」


 まさかの了承。この急造チームに作戦なんて高等なもの存在しないらしい。

 そして、あっという間に訪れた話の区切りを器用にも感じ取ったのか、ミルが声を掛けてくる。


「ん? 話し合いは終わりました?」


「……ああ、もう大丈夫だ」


「あれ早い。なら、さっそく……」


 ミルは既に準備していたらしい木剣を数本取り出す。その中から剣を二本と短剣をフィル達へと投げつけ、ミルは剣、ブルームと思われる大柄の男子学生は大剣を持って構えた。どうやら、ミルとブルームが前衛、後ろにいるペトラが後衛のようだ。

 それを見てフィルも投げられた短剣を腰に据えて、剣を構える。


「武器に文句はないですよね、それじゃ――



「「「"公正な決闘を"」」」



 ――フィル以外の五人がそう呟く。


 その言葉を皮切りに、レナードはブルームの方へと飛び出していった。

 そして、今の言葉が開戦の合図だと悟ったフィルも、数瞬遅れてミルの方へと走り出した。


 フィルがミル、レナードがブルームと、相手の前衛に対して一人ずつ当たる、いわゆる初歩的な一打。様子見も兼ねたジャブは――あっという間に瓦解する。


「「!?!」」


 ミルとブルームへ飛び込む直線上、その道中に突然とが現れたのだ。そして、


「――燃やし尽くせ、荒ぶれる炎よ!」

 

 と、聞こえた次の瞬間、その魔法陣は淡く光を放つ。

 脳が理解するよりも前に身体は反応し回避行動を取る。

 咄嗟に真横に飛び込み、そうして一瞬見えたレナードも同じような状況だった。

 しかし、


「ですよね〜、さらに荒ぶれる炎よ!」

 

 同じようなが聞こえたと思えば、飛び込んだ先からを感じた。

 顔を向ける暇もなく視界には捉えられなかったが、第六感がこれでもかと叫んでいる。


 このままでは危ない、と。


 フィルは全身に無理を言わせてさらに方向転換。飛び込む、というより転がってみせる。


 すると、


「――!!」


 回避行動を取った先、つまりをいつの間にあったのか分からない魔法陣から出る炎が燃やしていた。

 

 目の前に魔法陣が現れた瞬間、確かにこんな魔法陣はなかった。――いや、視界に入っていなかった。

 最初から死角に仕込まれていたのか、回避後的確に死角に展開したのか。どちらかは分からないが、ペトラとかいう後衛の印象は最悪だ。


 ただ、長々と考えている時間がこの場にあるわけがない。すぐにミルとブルームへと体を向け――

 

「ッ!」


 ――ミルが目の前まで迫ってきていた。

 視界に映る彼女は既に木剣を振りかぶっていて、フィルもすぐに剣を持ち上げ、

 

「ぐっ……!」


「うそぉ……あのコンボ喰らって反応できるん?」


 ギリギリ剣を合わせる。

 ミルは心底驚いていたが、真正面の打ち合いは避けたいのかすぐに距離を取っていった。フィルとミルの間に空間ができる。

 すると、その空間を埋めるように二つの魔法陣が向かい合うように展開される。


 一つは先程と同じ色で魔法陣でペトラのものだろう。つまりもう一つはアーツのものであり、どちらも味方を庇うように展開されていた。


 しかし――これは魔法陣が焼き付いているフィルだから分かることだが、ペトラの魔法陣が上級なのに対しアーツは中級だ。


 そして、


「――その全てを潤せ、恵みの水よ!」

「――火炎」


 ペトラ、アーツは同時に詠唱する。

 詠唱からしてアーツがなのに対しペトラは、中級と上級、詠唱の長さ、全てがアーツの不利を表していて、貫通してくる水魔法の回避行動が選択肢に浮かぶ。


 ただ、その必要はなく――アーツの魔法陣からは中級の魔法陣と詠唱の短さからは考えられない、先程見た炎のは勢いがある炎が吹き出した。


「ちょちょッ!!」


 その炎はペトラから放たれた水を蒸発させ、そして、後ろにいるミルにも回避をさせた。


 そこで出来た空白の時間、アーツの出力には驚きつつも状況の把握に努める。

 レナードの方を見れば、同じくアーツの援護により肉薄されていたブルームが剥がされていて、一先ずといったところ。距離はだいぶ離れていて、皮肉にも当初の作戦通り各々最適な判断が必要な位置にいた。


 ならば、と。

 フィルは距離を取ったミルの方へと向く。自らの最適な行動とは、目の前のミルをなるべく早く下し、ペトラに攻撃もしくはレナードへ援護することだ。


 レナードも同じような結論に至ったのか、フィルよりも早くブルームへと切り込んでいった。それを援護するようにアーツも魔法陣を展開して、

 次の瞬間――


「あ」


 、レナードの視界の端には"ペトラの魔法陣"が浮かぶ。


 そして、それに気を取られたのかレナードの動きはぎこちなくなり、飛び込んでくるブルームに反応が遅れ、振られる大剣に、



 吹き飛ばされた。



 ギリギリ剣はぶつけていたが、ブルームの体格から繰り出される威力を殺し切ることはできず、衝撃は貫通した。容赦がない一撃により、レナードは闘技場に転がることになる。


 アーツは、ペトラのものだろう初級の魔法陣に踊らされたらしく、チョロチョロと出る水を攻撃的な目線で睨みながらレナードの方へと駆け寄っていく。

 しかしそれをペトラが見逃すはずがなく、倒れるレナードと走るアーツに向けて手を伸ばして――


「らぁ!!」


 ただ、それをフィルが見逃すはずがない。持っていた木剣をペトラの眼前に向けて投げる。


「ペトラ危ない!」


 ミルが声を掛けると、ペトラは向かってくる木剣を目に入れ、尻餅をついて避けた。

 そしてすぐに、フィルはレナードとアーツの前に手を伸ばして魔法陣を展開する。


「巨大な土壁よ、たちはだかれ」


 適当に詠唱し、レナードとアーツを守るように土壁を作る。

 一時的にしか過ぎない守りだったが、壁の向こうからアーツが叫んだ。


「フィルさん、こいつを戦線復帰させます。治癒魔法が得意じゃなくて援護ができなくなるんだけど四十……いや三十秒だけ耐えれる?」


「……余裕だわ。……けど、なるべく早くお願いしますねほんとに」


 あまりにも弱気な余裕。

 しかし、彼女にとって三十秒フィルが耐えることが最善なのだ。他に選択肢がない。


 ため息を一つこぼし、相手の位置を確認する。

 ブルームは土壁の方へと視線をやっていて、今にも飛び掛かりにいきそうだったが、


「ブルームさん、貰った三十秒でありがたく三体一をしましょう。大将から討ち取ります」


「……分かったよ」


 そう言って、ブルーム、ミル、ペトラの三人はフィルへと向いた。

 アーツの作戦通りではあるが、これから始まるのは三体一。

 きっと、これまでで最も過酷な三体一。


 そんな地獄の三十秒が訪れようとしていた。

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